第五話 門番の話
△□□△
門番
▲▲▲▲
何が起きたのかわからないまま、しばし呆然と立ち尽くしてしまったけど、気を取り直して家に帰ろうと思った。
ここは人が多すぎて、寂しくなる。はやく御鹿様のところに戻ろう。
しかし、門は閉まっているし、門の横の大きな男の人は開けてくれる気配がない。
木で作られた門の間の扉は重たく、僕の力じゃ開けられそうにない。
「中へ入れてください。御鹿様のところに帰らなくてはいけないのです」
「なに、御師様とはぐれたのか?」
いかつい顔の人だったけれど、ちゃんと話を聞いてくれた。でも残念なことに僕が男と出てきたところは見ていなかったらしい。人が多いから仕方ない。
「そうです。お家に帰らないときっと怒られます」
「この中には家はないぞ」
門の横にはもう一人、目の前の男の人と同じくらい大きな男の人がいて、おかしそうに笑ってそう言う。
「いえ、あるのです」
「中の休憩所のことか?」
「ああ、六合目の。中に滞在している者もいるからな。調べればわかるか?」
僕が真剣に訴えたのが効いたのか、二人は相談を始めた。そして二人は僕のことを覗き込むようにする。
「どこら辺の小屋だ。どこではぐれた?」
「山の頂上です」
僕の回答に目を丸くして二人は顔を突き合わせた。
「山頂付近に小屋なんてあるか?」
「山の八合目に小さな雨避け場があったぞ」
「ああ、あそこか。子供には小屋に見えなくもないか?」
全然見当違いのことを言い始めるので、ちゃんと教えてあげなくては。
「いえ、山のてっぺんです」
「坊主。山のてっぺんにはな、家はない」
呆れた様子で諭すように言われたけれど、あるものはあるのだ。
ただ出てきたところから入れてくれればいいだけの話ではないかと思う。
「早く帰らないと御鹿様に怒られます!」
御鹿様は怒鳴ったりすることなどないけれど、僕が悪いことをするとじっと鹿の目で見つめてくる。
今回は仕方のないことだけれど、うまく理由を話せるかわからないから、やっぱり怒られちゃうかもしれない。
そのあとも門番は親身になってくれたけれど、結局わからないみたい。よくわからない押し問答が続いた。
「どこの塾のものだ?」
「じゅく? ではありません」
「独学か。登録はあるのか? どこから登った?」
「登っていません。はじめからてっぺんに住んでおります」
「何を言っている……」
門番二人は困った顔をしているけれど、僕も困る。
「とりあえず、お師匠を探しておくから。しかし、可哀そうでも入山許可がない者は登ることができない。一度中にいたとはいえ、名前がわからないのなら入れるわけにはいかないのだ。一度お家に帰りなさい」
「お家がおやまなのです……」
なんと言っても無駄だとだんだんわかってきた。
話すと涙がぽろぽろ零れちゃう。仰ぎ見る御山も霞んでる。
◇
オグ国中央に聳える御山。その中腹までは誰でも上ることができる。中腹には広場が設けられており、検問所があり、許可を得た者だけ入山門から御山を登ることが許された。
その入山門の前に座るのは小さな子供。
今は泣いてはいないが、丸い頬には泣きじゃくったであろう涙の跡が残っており、元気のない表情で山の頂を見上げている。
年少者も広場には居るが、みな師匠に随伴する稚児であり、一人でいる者はまずいない。
それ故に御山登頂を目的に来た者たちや門番などが、坊主の様子を心配そうにチラチラと見ていた。
幼き坊主は山を見上げて涙ぐみながら何かを待ち続けている。
『おそらく師匠とはぐれたのだろう』誰となくつぶやく。
基本この場にいるものは信仰心に篤く、優しい。
幼い子供が一人なのだ、それぞれにできる配慮をするが、自らの使命もあるため、深入りする時間の余裕はない。
特に長時間そばにいる門番たちはずっと気にかけていた。時間で交代するも、きちんと引き継ぎをし、気を配るように伝えあう。
「下山口が異なる可能性も高いので、各箇所の門番に知らせを出しておこう」
「夕方は冷える。毛布をやろう。宿直室にも入れてやっていいのではいか」
門番たちは口々にそう言って気にかけた。
稚児は大切だ。おそらく師匠も必死で探していることだろう。しかし、ただ登るだけでさえも危険度の高いお山だ。満足に探せないでさぞかし憔悴していることだろう。そう考えた。
門番をはじめ、登山者たちが、泣きべそをかく坊主にたまに食べ物をくれてやるので、空腹ではなさそうなのが救いだ。
山の麓で売られている名物土産の神様だんごも食べている。
「あの形の団子は見たことがない。入山口がやはり違うのだろうか」
「あれを調べればもしかしたら登録者名がわかるやもしれない」
坊主は貰った食べ物の他に、お弁当として持ち歩いていた神様だんごをちびちびと食べていた。
門番たちはその神様だんごをまさか本物だとは思わず、そう相談したのである。
用語紹介
墨教の信者や信仰心のある者は御山とよび、地元の人は親しみを込めて御山と呼ぶ。