第十話 坊主と御鹿様
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坊主と御鹿様
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スズはアクラとともに控えの間でおとなしく沙汰が来るのを待っていた。御山に登り手に入れた神様だんごを振る舞い団子として国王に献上しに来たのだ。
「塾にも食べるに値する人がいるのに……」
しかしスズはアクラの行動に納得ができず、お団子が権力者の手に渡ることを口惜しく感じていた。
「むやみなことを口に出すな。スズ」
アクラはスズの不注意をとがめる。
「でもアク……お師匠様、あのお団子は仮面のお稚児様が頑張って作ったものなのです。ふさわしい者に食べて欲しい」
「ああ。それには同意する。さらに今の御山は荒れていると聞いた。当分参拝はできないだろう」
「荒れてる……それは心配です。お稚児様、今頃何をしているかな……」
アクラとスズがそうして心配している頃、寺の坊主は今まさにスズのいる屋敷の屋根から御前に転がり落ちていた。
スズとアクラがいると聞かされた場所からスズの匂いを辿り、屋敷に着いたものの門が開かない。小塾にて待っていろと言われていたのをすっかり忘れて勝手に出てきたのだから、当然ではあった。
他家の敷居を勝手に跨いではいけないと昔教えられていたので、敷居は跨がず屋根に登り、一休みした。
そこで人が集まっているのを見つけ、おやつのお団子を食べながらスズを探そうと下を覗いたところ、落っこちたのである。
――屋根から童子が落ちてきた。
屋内にいたオグの王と違い、白砂の庭にて王と対面していたオグ王の弟は、すぐさま立ち上がり落ちてくる童子を抱き止めた。
「む……お主、稚児か?」
王弟は落ちてきた童の格好を見てそう判断する。
「誰の稚児だ。稚児といえどここは御前だ。まろびいでてしまったのだとしても、御前に無断で現れるなど不敬と心得よ」
そう言いながら稚児を連れてきたであろう師匠格にあたりそうな者を探すが、該当しそうな者は一向に名乗り出ない。
「のう、稚児。お前のお師匠はなんと言う名だ?」
未だ手の中にある、ぽかんとした顔の稚児に王弟は問う。
「名前……? わからないな〜。僕の御鹿様はお鹿だから、名前なんてないと思うよ」
実は名はあるのだが、人の声では発音できない。
「お鹿……?どこに住まわれてる」
「御山の、頂上!」
そう言う稚児を両手で中に抱えたまま、王弟は押し黙る。
神玉に似た団子とともに落ちてきた稚児だ。皆いたずらの可能性を考えつつもその謎を前に言葉を控え、様子を見守っている。
「御山の御鹿の、稚児……? まさかお前はあの御鹿神様の稚児だというのか?」
「え、おじさんすごいね! みんな何回言ってもわからないのに」
「お、おじ……?」
王弟はまだ二十代前半だ。妙なところで衝撃を受けたものの、物事を見抜く目は持っている。しっかりとした人物ではある。
また、神玉と同じ形容の団子と共に屋根から降ってきたのだ。普通の童子ではないことも状況からわかりやすかった。
まさか今争いの種となっている神玉ーー神様だんごとともに稚児が現れるなどとは思っていなかったため、王弟は稚児の脇の下に手を入れて抱え上げながら、しばし固まっていた。周りも状況が理解できずに固まっていた。
そんな状況は坊主にとって退屈極まりなく、そして坊主にとっても大切なおやつである団子の行方が気になり、もぞもぞと王弟の手から逃れ出でる。
ちなみに稚児と呼ばれるものの、それは墨教における呼び名であり、彼自身は自分が寺の坊主であると認識している。
稚児は団子に駆け寄り、拾い集め始めた。台座のそばに落ちているのはおそらくここの王と呼ばれる人間のおやつ。その周りに落ちているのが、自分の。そう判断しながら拾ってゆく。
集めたあとでかばんから出したのは細長い葉っぱでつくった弁当箱。そこには、神様だんごがいくつも並ぶ。
稚児ーー寺の坊主が屋根から落ちてきて団子を拾うという一連の流れを理解できなかった王だったが、大量の神様だんごを目にして思わず声を漏らす
「童! もしやそれはすべて神玉か!?」
「しんぎょく? わかんない。けど、御鹿様の作ってくれたお団子だよ! 食べると元気になるよ!」
そう言ってあどけなく笑う。
「あ、でもこれは、僕が作ったやつ」
団子の中にはいくつか歪なものがある。坊主が作ったものだ。
実は神玉の神秘は鹿の手にあるのではない。その土地の神力を蓄えた米で作られたことが大切だ。なので、歪な坊主の団子もまごうことなき『神玉』なのである。
そんな事とは露とも知らない王の目は、出来のいい団子に釘付けだ。
「……童よ。好きなものは何でもやろう。その神玉を余に渡してはくれないか?」
王は必要以上に丁寧に尋ねた。
相手は幼子であるからして、下手に出ずとも奪い取ればよさそうなものだが、王はじめこの地の者にとっては御鹿様は御鹿神様。そしてその稚児は神の御使いにも等しい存在。
慣れない様子で稚児の機嫌をとるも、
「え〜……」
王は坊主にとって特に恩もない相手である。しかも今は御鹿と離れて寂しいのをお団子で我慢している状況下。坊主にとってもお団子はとても大事であった。
「おじさんたちは何でお団子ほしいの?」
坊主にとって確かに大切な団子ではある。食事よりも大事だ。欲しがるのもわかるが、しかしこの場の大人たちはもっといいものを食べていそう。
「余はだんごを二つたべた。三つ食べれば護国を統べることができる。我が弟は一つ食べた。もう一つ食べれば王になれる」
何も王は王弟を排除したいわけではない。二つあるのなら一つずつ食べようという心持ちはあった。
国の今後を決める大切な話だ。慎重に言葉を選んで進めた。
その話を聞いて、稚児は、声を出して笑った。無邪気に。
「三個食べたら五個の国の王様になるの? それなら僕は世界の王様になっちゃう」と。
この発言に居並ぶ者たちはざわめく。
「……御稚児様は何個食べられたのだ?」
「えっとね〜〜。一日一個お供えの食べるでしょ、作ってるときにも失敗したの二個とか三個食べるでしょ。御鹿様は僕が御山に来てから一年経ったって言ってたから、えっと、えっと……七十個!」
その発言に戦慄している。稚児は計算ができないようだが、その数の異常さはあきらかだ。
「……千個。少なくとも、千個は食べたのだな」
王弟は状況を正確に判断して呻く。
「欲しいものはなんだ? 玉座か? 玉座ならくれてやるぞ」
王は的確に目的を果たすために動く。王の地位より更に高みを目指すため。
「御鹿様に会いたい」
先程までのニコニコ顔が途端にしょぼくれた顔になる。
「会いたい? はぐれたのか。そもそもなぜここに?」
「御山から出ちゃったら入れなくなったの。それでね、スズをね、見つけたから追っかけてきたの!」
先程までのしょぼくれた顔がまたニコニコ顔になる。幼児特有のわかりづらい言葉を飲み込もうと、王弟はじめ場の人間はしばし考え込んだ。
「スズ、スズ……何処かで聞いた気が」
「王弟殿下。神玉の献上者アクラの稚児の名では?」
王弟の従者のうち聡い者がそう進言しする。冷や汗をかきながら見守るだけだった王の従者はそれを聞いて即座にアクラたちを呼びにいった。
スズと無事再会した坊主は、我慢していた感情が決壊したかのように大泣きをしながらスズに抱きつき、しばらく離れないので周りの大人たちにすこし呆れたように笑われた。
アクラはじめ墨教の者たちにとって御鹿神様にまつわることよりも先んじるものなどない。
『兎にも角にも仮面稚児様を御鹿神様にお届けするのだ』というアクラの指示のもと、塾総出で御山に坊主を連れていく。
坊主の神玉を欲した王も、ここでごねるより御鹿神様との繋がりを作ることの方が得策と考え直し、素直に坊主を見送る。
道中初めて駕籠に乗った坊主は大はしゃぎで三度落ちそうになったという。
入山門に鎮座していた御鹿は坊主の匂いを嗅ぎ分けるなりすわと駆け出し、坊主の方もそれに気がつき駕籠からまろびいで、感動の再会を果たした。
その場に居合わせた者たちは奇跡の瞬間を目の当たりにするものの、御鹿の神力が暴走し、それに当てられ立っていられたものは皆無であった。
坊主は御鹿に肩車されながら御山の頂上に帰っていく。
『外で何をしていたのだ』
御鹿にそう尋ねられ、坊主は嬉しそうに答える。
「えっとね、お友だちに会ってね、お団子食べてね、あと王様も見たよ。暇そうだった」
『そうか』御鹿は坊主を肩車しながら、何事か考えている。
『外で、暮らしたいか?』
しばらくの沈黙のあと、御鹿は坊主にたずねる。
「え〜。お外、たまにならいいけど。僕は玉座なんかより御鹿様の肩車のほうが好き!」
そのような会話をしながら楽しそうに登っていく御鹿と坊主を、入山門広場に居た者たちは拝みながらも微笑ましく思い、暖かく見送った。
こうして御鹿様の寺の坊主の小さな冒険はひとまずは無事に終わったのだった。
ーー御鹿様の寺の見習い坊主、知らず神食を毎日食し、知らず国一番の神力を得るも、御山に帰り山の主となる。
最後までお読みいただきありがとうございました。
寺の坊主の冒険はいかがだったでしょうか?
お話は一旦ここで完結しますが、おまけをいくつか投稿予定です。
このお話が気に入った方は、『竜の子』をおすすめします。小さな子が頑張るお話です。




