寡黙な夫は数字で思い出を残していた
1122
(11月22日、いい夫婦の日。車のナンバーをこれか私の誕生日にしたいって言われて嬉しかったけど、結局おまかせにしたと聞いた時は大喧嘩になったわね)
3776
(これは……富士山の標高? ああ、初日の出を見て感動したと言ってたっけ。人生で一度は登った方がいいって何度も誘われたけど結局登らなかったわ)
0529
(5月29日、私たちの結婚記念日ね。なあに、これが忘れられない数字なの? いつも私に指摘されてそうだったっけ?なんて言ってたくせに)
0820
(8月20日、娘の誕生日。これは私も同じ。どれだけ時が過ぎてもこの日のことは忘れないわ)
1109
(11月9日、娘の結婚式。式では私しか泣かなかったけど、帰ってからお風呂で泣いてたわね。その下の数字は孫の誕生日だけど……マーカーの色が違うのは喜んでいるからかしら)
――全く。こんな小さな手帳にわざわざ蛍光ペンをつかって。忘れられない数字、なんて表紙にあるからなにかと思ったら。良かった。あなたも私と同じ気持ちで生きていたのね。
夫が亡くなって遺品整理をしていたら、箪笥の奥からでてきた小さな手帳には、夫が忘れられないという数字が書かれていた。数字の部分はピンク色のマーカーで線が引かれている。数字はまだいくつかあるけれど、全てを見られるのはイヤだろうからやめた。
なんとなく最後のページをひらけば、震えた文字でありがとうと書かれていた。
――仕事人間で家に帰ってきても食べて寝るだけ。休みの日も一人で山に登りに行ってしまう人だったけど。それでもいなくなったら寂しいのよ。
「まったく、なにがありがとうよ。ごめんなさいでしょう」
「え? お母さんなにか言った?」
「言った。これは言わずにはいられないもの」
――後出しの感謝は意味がないってあれほど言ったのに、最後まで人の言うことを聞かないんだから。あっちに行ったら覚えてなさいよ!
「悪口でも書いてあった?」
娘の莉乃に手帳を覗かれそうになったので私は手帳を閉じてポケットにしまう。
「相変わらず身勝手な人だっただけ」
私は手帳に今日の日付を書き足そうと思ったけれどやめた。これは彼の人生のものだ。でも私の棺にはいれてもらおう。会ったら言いたいことが山ほどあるから。
今年もよろしくお願いします。