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「異世界って言ったよな? それっていうのはもちろんワクワクするんだろう?」
バカンスだというのだ、それくらい当たり前だと思っている。
「それはもう楽しいと思うよ。いや、まぁ充実できるかどうかは別だとは思うけど、とにかく新鮮で楽しいことがたくさん待ってるということだけは保証するよ」
「なんだそれ、なんか含んだ言い方だな。そんなことを言って、蓋を開けてみれば割りと過酷な試練がたくさん待っていて、その試練を乗り越えていくことを楽しいとか表現してるんじゃないだろうな?」
「きみの懸念はわかるよ。でも大丈夫、そんな言葉騙しみたいなことはしてないと誓うよ。そうだな、具体的に言ったほうがわかりやすいかな」
神と名乗る男は一捻り考えているようだった。
「そうだね、うん、例えば君にはもちろんすごい力を持って転生してもらうんだけど、仮に君の強さを数値化したものが百だとしよう。すると大抵の庶民の強さというのは一にも満たないことになる。国が総力を上げて戦わないといけないような大犯罪者がいいとこ三十くらいだ。どう? これですごさがわかったかな」
「なんだよそれ、めちゃくちゃわかりやすすぎるよ。とにかくもう俺は最強になれるということなんだな。なるほど、たしかにそれは楽しめそうだ」
「わかってくれたかな。それじゃあ改めてだけど、地球に潜伏するおばあちゃんを討伐してくれたお礼に、異世界に転生してあげるとする」
「ありがとう! 神様! マジで神様だったんだな!」
「そして肝心の能力だけど……これも特別にきみに選ばせてあげるよ。神様なんて久しぶりに言われた気がして、少し気分がいいからね」
「なんだよ、神様もちょろいな! そうだなぁ能力っていっても何があるのかわからねぇぞ」
「難しく考えなくていいよ。ある程度の方向性だけでも決めて貰えれば、その方向性で自動的に限界値まで力を高めておくから」
なんだよ、至れり尽くせりだな! ガチで考えてみようかな。えーっと能力だろ? まぁどうせなんだからお金持ちになりたいよな? お金をいっぱい出せる能力とかどうだ? それだと戦えないか。せっかく強くなれるんだ。やっぱり男なら強さを求めた方がいいよな。そうなると……
俺は考えたすごくすごく考えた。もうそれは本当に考えていた。そして一つ能力が決まった。
「よーし、それじゃあ空を飛べる能力にしてくれ!」
「え? そんなものでいいの?」
「ああ、俺マジで一回は空を飛んでみたかったんだよ! もう強さとかどうでもいい! とにかく空を飛んでみたいんだ!」
「う、うーん、思ったよりもふつうなんだね……」
なんだよ、俺の夢にケチをつけるのかよ。ガチでこいつ終わってんな。マジで神様かよ。もう完全に俺の中で虫けらくらいまで格が下がったわ。マジでざまぁないわ。
「わかったよ、でもそれだけだとあまりにアレだから、飛行に一点特化した最強の能力にしておくね。それと異世界は地球と違って過酷だから、死なないように最低限の身体能力はつけといてあげるよ」
「くそが! そんなんで今更俺のご機嫌を取れると思っているのか! もう俺の中でお前の評価はものすごいことになってるからな! ガチでクソ神様が! もう俺の前に現れるなよ! もう俺はガチで怒っているんだぞ! がおおお!」
「えぇ、なんだか急に人が変わった……?」
神様は心配そうな顔をしていた。
かか、マジでその顔ウケルわ。本当に半端ないわ。写真に撮って額縁に飾りたいくらいだわ。
「もう良いからとっとと転生させろよ。俺はもう早く空を飛びたいんだよ」
「うーん、わかったよ。でもきみに感謝していることは本当だから。異世界をすごく楽しんできてほしいな」
そんな言葉を最後に俺の体は光に包まれていった。
俺は意識が消える間際まで神様に暴言を吐き続け、中指を立て続けていた。
け、もうこんなやつの顔マジでみたくないぜ。
気持ち悪い陰キャみたいな顔しやがって。あれ? でも人の顔を笑えるほど俺の顔はいい顔か?
いや、そんなことはない。中学のころは鏡を見ては自分のイケてなさに落胆してたっけ。
ああ、俺と言う人間はなんという人間だ……ごめんなさい神様ごめんなさい、僕は心の中でなんという暴言を吐いてしまったのか。人として絶対にやってはならないことをしてしまった。
もう死のう、俺は異世界で死のう。
俺はそう心に決めた。
だが心のどこか冷静な部分で、やっぱり死にたくはないなと考えてしまっていた。
「うぅ……あれ?」
俺は気づけば野原で寝ていた。
照りつける太陽が眩しい。
えーっと、ここはどこですか? 俺は何をしていた?
「ああ、思い出したぞ!」
深呼吸とストレッチを繰り返しているうちに、俺は転生したんだと思い至る。
そうだ、俺は神様のせいで転生させられたんだった!
ぜんぜんワクワクしない異世界転生。こんなのマジでやばすぎるだろ。
「あれ、てことは空は飛べるってことなのか!?」
前言撤回。俺は空を飛ぶことができるようになっているらしかった。そうだ、それを試そう。まずは空を飛んで、それから頭をぐるぐるさせてみよう。