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アタラシイカイシャ_4


 綺麗な顔の三律のその小さな口から、エロと言う単語が飛び出したことに、改はまず驚いた。――そこから考えてみる。もしかして、ゲームのデバッグ作業でもするのだろうか。バグを取り除くためには、同じイベントでも何度も違うルートから見なければならないかもしれない。あとは、難易度調整。あまりにも死に過ぎてしまっては、ゲームオーバーになり過ぎてしまっては、みんながゲームを放り出してしまうだろう。そして、恐怖度やエログロ度。怖さやエロさグロさを謳っていても、煽り文句から乖離するほどに内容が弱くては、きっとバッシングの嵐、低評価の嵐になってしまう。逆に高すぎても、これまたクリアできずに投げ出す人が続出するだろう。コアなファンは残るかもしれないが、続編を作ろうとしたら採算が取れなくてポシャるかもしれない。それに、エロゲーでエロが少なかったら、ガッカリ感も半端ないだろう。


「大丈夫です。問題ありません」

「そうか、それなら良かった」

「あ、あの、質問よろしいでしょうか?」

「もちろんだ。遠慮なく聞いてくれたまえ」

「……独身ですか?」

「独身だ。何なら彼氏もおらんよ」

「マジで!? ……ぁ、すみません」

「構わん構わん。……こんな仕事をしているからだろうか。なかなか出会いもなくてね。改君は、彼女がいるのかい?」

「い、いえ。僕も彼女はいませんし、結婚もしていません」

「なんだ、同じじゃないか。……案外、私たちは一緒かもしれないね」


 ふわりと優しい笑みを三律が零した。それはどこか物悲しくて、何かを憂いているような。そんな笑顔でもあった。


「他に質問は良かったかな?」

「あ、ええと……具体的には、どんな仕事を……」

「そうだな。私が改君にした質問で少し伝わったかもしれないが、とある【ゲーム】に関する仕事だ。エロにグロ、ホラー要素には高い耐性が必要かもしれない。もしくは、無になって、他人や物事に対して一切無関心になれる人間。苦手な人間だと、すぐメンタルにくるだろうからね。発狂するかもしれないし、死にたくなるかもしれない」

「そ、そんなにですか!?」

「あぁ、そんなに、だ。大袈裟じゃないし、脅しでもない。改君がきちんと答えてくれたからね。私もそれに従うよ。……だが、あう人間にはこれほどまでにない天職だと思うぞ? 少なくとも私には天職なんだ。実際に見てもらうのが良いんだろうが、機密事項に社外秘が多くてね。まだ部外者の君には、見せることができないんだ、申し訳ないが」

「いえ、そんなことは」

「ゲームの中で繰り広げられる内容を見守ったり、時にはそこに手を差し出したり。後は自分たちでゲームシナリオを書く社員もいるし、怖いもの知らずは自ら参加したりもするね。……そうだな、駒やアイテムの調達作成、終了後のケアも業務に入るだろう。たまには他の社員のヘルプに入ることもあるかもしれない。ビルの大きさからわかるかもしれないが、一定数の人間が我が社で働いている。残っている人たちみんな、適合者だと思っているよ」

「な、なるほど……?」

「面白いと思える人間は、きっと我が社で死ぬまで働きたいと思うだろう。だから、定年はないんだ。……こちらから、ごめんなさいをすることはあるけどね。あまりにも職務態度が悪ければ、残念だけど首を切ることもある。役職が上がる時は試験もあるし、一筋縄ではないが。その分、給与を高く設定したり、周りの環境を充実させている。私には、社員のメンタルケアをする義務があるし、こちらとしても長く楽しく働いてほしいからね。精神的、肉体的な疲労が高い分、十分に納得してもらえるような制度や待遇にしていると自負しているよ」


 心なしか、三律の瞳がキラキラと輝いて言えるように見えた。本当に、今の会社が、この仕事が転職なのだろう。


「……他にはあるかな?」

「……僕でも、入社できますか……? あの、まだ履歴書も渡してませんし」


 改は鞄の中からファイルを取り出すと、中に入った封筒を取り出した。中身は勿論履歴書だ。


「……忘れていた。教えてくれてありがとう。拝見するよ」

「お願いします」

「休職中、なのかい?」

「……はい。や、やはり、不利でしょうか……?」

「いいや? 全く? ……理由は聞いても問題ないのかな?」

「はい。……お恥ずかしい話ですが、その、パワハラのようなものを受けまして……」

「なんてことだ。……誰にだい?」

「直属の上司、です」

「相談する人はいなかったのかな?」

「社内では仕事をしていなくて……出向という形で働いていたのですが、中々、その、自社との接点もなく……」

「そうかそうか。……それは、大変だったね」

「ありがとう、ございます」

「むしろ、よく我が社の求人に応募して、面接まで来てくれたね。会社というものに関わることは、きっと怖かっただろうに。ありがとう。この状態で一歩を踏み出せる君は、素晴らしいと思うよ」

「そんなことは……」

「……おやおや。ハンカチ、いるかな?」

「うぅ……だ、大丈夫、です……」


 想定外に投げかけられた優しい言葉に、改は涙した。そんなことは思いもしなかった。弱い自分は駄目なんだと思っていた。もしかしたら、社会に迷惑をこれ以上かける前に、死んだほうがマシなんじゃないかと。それくらい思い詰めていた。


「話を聞いて、履歴書を見たうえで、我が社としては、是非一緒に仕事をしたいと思うけどね。改君は、どうだい?」

「わ、私は……」

「即答しなくても大丈夫だよ? 幾らか時間をおいて……」

「入社させてください! お願いします! 一緒に、この会社で仕事をさせてください!」


 叫ぶような大きな声。立ち上がって大きくお辞儀した。まだ涙は止まっておらず、鼻声にもなっている。ここしかない。この会社しか。


「あ、はは! 嬉しいよ改君! ……我がAngeliesへようこそ。歓迎するよ、灰根改。一緒に、より良い会社にしていこう」

「よろしくお願いします!」

「早速で悪いけど、君には入寮してもらいたい。できれば、すぐにでも」

「わ、わかりました」

「引っ越しはこちらで手伝うよ。……外で、嘉壱が待っているだろう? 彼に『入社が決まった』と言うと良い。これからのことは、彼が面倒見てくれる」

「はい!」

「そうだ、最後に」

「なんでしょう?」

「君は、『人を殺したい』と思ったことはあるかい?」

「え……。それは、ない、ですね」

「じゃあ、質問を変えよう。君には今『殺したい人はいる』かい?」

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