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モリビトノシゴト_チュウ_7


 耳元からは嘉壱の声と会場の声、丙たちの声が聞こえる。いくつもの声が重なり聞こえづらいかと一瞬思ったが、どの声もひとつひとつ守られるように別々に頭の中へと入ってきた。何人同時に喋っていても、なぜだか別々に声が聞こえてくる。イマイチその状況が理解できていない改は、首をかしげながら嘉壱の後をついて行った。


「音声だけじゃなく、位置も確認できるんだよ。護人になれば、デバイスが貸与されてね。説明書きにもあったし、俺が使っていたのも見ただろう? あのデジタルウォッチだ。使い方はまた説明するけど、参加者の位置情報を確認できるアプリもあってね。――よし、ここからもう少し先にいるね」

「……便利、ですね」

「ぁ、便利だよ。開発も試験も終わっているけど、世に出ていない技術はたくさんあってね。その目で確かめて欲しいけど、まずは目先のことからだ。このままついてきて」


 言われるがまま後をついて行く。少し歩いてから、改は周りの変化に気が付いた。


「――このニオイ」

「あぁ、Bちゃんだよ。俺たちは、今そこに向かっている」

「――え」

「――なに、もうすぐだよ」


 鼻腔をつく甘ったるい香りに、その中に混じる鉄のニオイ。先ほどまで気にしていなかった空気は、ここにきて一気にどす黒く淀んだような気がした。


「鬼が言ってたでしょ? 甘いニオイがするって。それを肌で感じてもらおうと思って。……もっとも、鬼がグチャグチャにしちゃった後だから、甘いだけじゃなくなっちゃけど。……そのほうが、リアルで良いよね?」


 不意に足を止めた嘉壱につられて改も足を止めた。


「どうぞ。初めましてのBちゃんだよ。――初めましてBちゃん。僕は嘉壱。彼は改。今日のゲームを見守っていた人間だよ」


 聞こえるはずのない挨拶をして、改が良く見えるように嘉壱は横へずれると、まるで友人のように手を伸ばしてソレを改に紹介した。【Bちゃん】と教えられたソレは当然ながら人間の姿は留めておらず、よくわからないモノの塊だった。初めて見るならばなんなのかわからなかったかもしれない。しかし、改は当然だがわかってしまった。――数十分前まで人間だったモノ。Bちゃんとしてゲームの中でも紹介されたモノ。原形を留めていないことだけは、ここに来る前から知っていた。赤黒く変色した血と肉片が地面を覆い、ところどころ黄色い物体が顔をのぞかせている。露出した骨は砕かれており、鬼が踏み潰した後に靴底が気になったのか、こそげとるように地面で擦った跡が残っている。全体的に出血の量が多い部分は未だ乾ききっておらず、酸化したからなのか元々なのか生臭いニオイを発していた。モニタ越しに見ていた人間だったモノが、今まさに目の前に存在している。そんな事実に、そのインパクトに、改は口をぽかんと開けたままジッと肉塊を眺めていた。


「触ってみる?」

「――っ!?」


 思いがけない嘉壱からの提案に、改は驚いて視線を嘉壱へと向ける。当の嘉壱はなにが面白いのかニコニコと笑っていた。


 返事はせず、ゆっくりと足を動かしていく。――その時、なにもしていないのにBちゃんだったモノの首が転がり、今まで見えなかった顔が改のほうへと向いた。


「ひっ――!!」


 思わず後ずさる。――あえて、目を向けないようにしていたのに。その顔は青黒く変色した肌に血で絡まってこびりついた髪の毛が邪魔をして、もはや顔の判別は出来なかった。鬼が遊んだ際に潰れたのか片目は開いておらず、残った片目は空洞が覗いており、肝心の中身である眼球ははまっていなかった。辺りには染みや肉片が散らばっており、外れた眼球がここにあるのかどうかも分からない。


「う……」


 ふわりと改を甘い匂いと血のニオイが包む。初めに嗅いだよりももっと濃いそれは、モニタで見た彼女の死に様を改にフラッシュバックという形で教えていた。


「これが、子の末路だよ。……子、だと、このゲームに限定されるみたいだよね。デスゲームの参加者の末路、に言い直そうか。こんなのが毎日できあがるんだ。それも、ひとつふたつじゃない。……それを見守るのが、俺たちの仕事だよ改君」

「うぅ……」

「その様子だと、肌でしっかりと感じてくれたみたいだね。これが間違いなく現実だと。……さぁ、みんなのところに戻ろう。音声だけでなく、映像も見て彼らの勇士を見届けようじゃないか」

「……ぐっ……ぅぇ……っ、ぇぇぇ……」


 耐え切れずに遂に改は胃の内容物を吐き出した。大丈夫だと思っていたのに、大丈夫ではなかった。嘉壱と一緒に飲んだカフェラテが、すべて外に出されて水たまりを作っている。胃が痙攣したように、何度も嗚咽を繰り返していた。口の端からポタポタと胃液と唾液が垂れ、カフェラテと胃液の水たまりに、小さな波紋を作ろうとしていた。緊張して朝何も食べなかったのは、もしかしたら不幸中の幸いだったのかもしれない。


「大丈夫かい?」

「う、ぇ……っ、ぐっ……う、うぅ……っは、っ……はぁ、はぁ……っ」

「ここは掃除班に片づけてもらえば良いからね」

「……っ……。は、はい……」


 改ははぁはぁと肩で息をすると、ポケットにしまっていたハンカチで口を拭い、そのまま抑えるようにして口を塞ぐと、ゆっくりと歩き出した嘉壱についてその場を後にした。

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