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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約者は何もかも失い、私は真実の愛を見つけてしまいました。こうなったら幸せになるしかありませんね

作者: マンムート

婚約破棄ものです。


新年の初投稿にふさわしく明るい話を心がけたつもりです。


では楽しんで下さい。




「はへ?」


 私はかなり間抜けな顔をしていたと思います。


「なんだその顔は! 真面目に聞けっ!」


 フリードリヒは激怒しました。


 ですが私にも言い分があります。


 好物の蒸し鶏を食べてる最中に話しかけて来る方が悪いのです。



 フリードリヒは、白いマントをバサリとひるがえし、鮮やかな紅の裏地を見せつけると、バッと私を指さし、


「マルグリット・マグデルグよ! フリードリヒ・サクセンは、お前との婚約を破棄する!」


 私は、味わう間もなく好物を飲み込んで、


「はぁ」


 と気の抜けた声で答えながら『このひとは、ここまでマヌケだったんだ』と呆れ果てておりました。



 婚約破棄? しかも自分からですか?


 貴方の実家であるサクセン侯爵家は、侯爵は侯爵でも貧乏侯爵です。


 広大な領地は地味豊かで資源もあるのに、投資はしないし税金致死レベルで人が逃げてしまって、貧乏街道をひた走っています。


 しかも、完成しないことで利権の巣になってた大堤防工事からも締め出されたのに贅沢続けて、ド貧乏裏街道です。


 それなのに、貴方や貴方の父上母上がツケで遊んだり宝石買ったりドレス買ったりしてられるのは、うちが出してるからなんですが。


 貴方が次から次へとつまみ食いしてる中身空っぽの令嬢達も、うちという金づるがあるから寄ってくるんですけど。


 財布と縁を切っちゃっていいんですか?


 しかも公衆の面前、さらにはこの夜会は我が家が主催で我が屋敷で絶賛開催中、貴方の味方は誰もいませんよ。


 間違いなくそちら有責で婚約破棄ですよ。 


 サクセン侯爵家の御当主夫妻は、その辺をよーく理解しているようでしたから、フリードリヒが血迷ったんでしょうね。



「くっくっく。驚きと絶望の余り間が抜けた反応しか出来ぬか。

 オレのような素晴らしい男に捨てられたとなれば、女として失格の烙印を押されたも同じ。

 たっぷりと絶望を味わうがいい!」



 この人は、自分の整って美しい顔に、私も含めた女達はメロメロだと思い込んでいるのです。

 確かに、波打つ艶やかな金髪、整った顔立ち、背が高く足も長くて、全身ビシッと白で固めた凜々しい姿、童話の王子様みたいです。

 ですが、見てくれだけの傲慢な勘違い男と火遊び以上の関係になりたがる女なんて滅多にいませんよ。


 それに、私にとっては、貴方の顔なんて目鼻がくっついてるイタズラ描き程度です。

 身近にもっと魅力的な顔がうろついているので。

 だからこそ幾ら浮気されても、将来白い結婚でも何とも思っていなかったわけですけど。


 

「そもそも! 伯爵家の娘ごときが汚れた金を暈に着てデカい顔をしているのが許せん!

 お前らのような卑しい生まれの成り上がりは、高貴なオレ達に貢ぐのが当然なのだ!」



 うちの実家マグデルグ伯爵家は、国で5本の指に入るお金持ちです。


『上昇! 上昇! 上昇!』をモットーに行商人から大商人へのし上がった曾祖父が、

 莫大な持参金つきで有能な娘を送り込んで乗っ取った家です。

 でも、侯爵の家柄を暈に着て、さんざん私にデカい顔をしてるのは、貴方ですよ。


 

「金で愛を買うなど卑しい! 卑しすぎる!

 オレは金に尻尾を振るパパやママとは違うのだ!

 金の腐臭がするお前など選ばん! 高貴なる魂を金でなど売らん!」


「はぁ」



 確かに買いました。領地とそのおまけで侯爵位を。


 フリードリヒの一族には経営能力が絶望的にないので、結婚したら我が家が全部飲み込むつもりでしたから。

 オマケの侯爵位は『上昇! 上昇! 上昇!』がモットーの我が家にとって格好のトロフィーですし。


 ですが愛は含まれてません。押しつけられてもいりません。



「オレは真実の愛に生きるのだ!」



 真実の愛。動機は女ですか。


 今までの数々のお相手からして、今度の相手も大体推測できます。


 その1 実家が子爵以下――圧倒的に上から目線でつきあえるからでしょうね。


 その2 背が低くて――庇護欲をかきたてられるからでしょうね。私は長身ですし。


 その3 垂れ目で――攻撃的でないのがいいんでしょうね。私はどちらかと言えば吊り目ですし。


 その4 ほわほわの金髪で――もふもふな小動物っぽさがいいんでしょうね。私は黒のストレートですし。


 その5 ほそいのに胸はぼいんぼいんで――ロリコンのくせに胸が好きなのよね。私の胸は普通ですし。


 その6 妙にひらひらのついた趣味の悪い派手なドレス――安っぽい美意識のかた同士惹かれ合うんでしょう。


 その7 舌っ足らず――自分より頭がいい相手とつきあいたくないんでしょうね。私はハキハキ話しますし。


 全員この7点のうち最低3点は備わってましたから、その路線なのでしょう。


 暴走するくらいですから、5点以上は確実ですね。



「ミュンヒハウゼン男爵令嬢エリザベータこそが真実の愛の相手なのだ!」



 フリードリヒがバサッとマントをひるがえすと、小柄な女性が現れました。


 実家が子爵以下、背が低く、垂れ目、ほわほわの金髪、ほそいのに胸ぼいんぼいん。

 そして妙にヒラヒラのついた趣味の悪い派手なドレス。


「あたちがー、えりざべーたですぅ。うふふ」


 加えて舌っ足らず。7点全部盛りです。全部は初めてですね。


 確かにフリードリヒの好みがそのまま形になった女です。



 だけど、ミュンヒハウゼン男爵家? そんな男爵家あったでしょうか?


 私は、我がコストレリア王国に属する貴族の顔と名前は全部把握しているんです。

 人間関係の正確な把握は商売にとって重要ですから。

 だけど、こんな美形かつ小動物系令嬢は記憶にありません。変ですね。



「どこでお知り合いに?」


「差別意識の塊であるお前は、男爵家のご令嬢のことなど知るまい!」


 さっきから差別意識をふりまいているのは貴方ですよ。

 

「彼女とは、オーゼンブルッケン侯爵の舞踏会で出会ったのだ!

 庭でしくしくと泣いているから、高潔な騎士として紳士として放ってはおけず、どうしたかと聞けば」



 好みの容姿だったから話しかけたのですね。



「社交界でいじめられていて、知り合いもないと泣いていたのだ!

 それからも会う度にいつもひとり。ひとりぼっち。

 そんなかよわい女を放っておけるわけがないではないか!」



 露骨に怪しいですね。


 貴方の行くところ行くところに現れるとか怪しさ大爆発ですよ。

 行動を把握されてるとしか考えられません。


 ハニートラップ間違いなしです。



「そうなんですぅ。ふりーどりひさまはぁ、いつもあたちをなぐさめてくれてぇ、すてきすてきぃ。

 あなたみたいなぁ、おたかくとまったひとはぁ、かれにふさわしくないわぁ。

 さっさとこんにゃくはきにー、どういちなちゃいよー」


 ハニートラップだとすれば、何者が何のために?


 私にとっては好都合な事態なんで、乗るのにやぶさかではないんですけど。裏が判らないと気持ち悪いです。


 サクセン家は爵位以外無価値です。領地は荒廃しきっているので、手を出す貴族はいないでしょう。

 爵位だけにつられるような情報弱者なら、このバカの好みを完璧に知ってるのはおかしいです。



 そもそも私以外に、このバカの好みを完璧に知っている人間なんて――



「あ」



 いた。いました。


 まさか、そんな、どうして!? でも、あの子ならやりかねない。



「はっはっは。ショックなのだろう! 愉快愉快!」



 バカは放っておいて、私は女をしげしげと見ました。



「……」



 緑色がかったきれいな瞳をしています。



「えへ。どーちたのかなー?」



 かわいらしく小首を傾げちゃったりして、化ければ化けるもんですね。

 でも、ああ、なんてことでしょう! この子、このバカとベッドインしたってことですよね!?

 認めたくありませんが、そうでなかったらフリードリヒは連れてきません。


 すごくイヤです。考えただけで胸が苦しいです。めまいがします。


 大切なものが汚された感じです。


 この子はいつまでも子供で、そういうことから世界で一番遠いと思ってたのに!



「くっくっく。真っ青な顔をしおって愉快愉快!

 悔しいだろう悔しいだろう!

 金では手に入らないものがこの世にあると思い知ったか!」



 悔しい? そうかもしれません。でも、貴方にではありません。


 この子にこんなことをやらせてしまったという事にです。



 私は昔から計算に長けた子供で、うちの経営する商会でもそれなりの仕事をしてはいます。

 でも、実家には既に有能な兄二人がおり、商会を差配する立場にはなれそうもありません。

 であればサクセン家乗っ取りという事業で腕をふるおう、なんて考えていたんです。

 どうせ意に沿わない結婚しか出来ないと判っているつもりでしたから。


 これは大事なものから目を背けようとしていた罰なのでしょうか。


 ですが、ここまでやらせてしまった以上、無駄にするわけにはいきませんね。



 私は悔しさと悲しさをぐっとこらえて、礼儀正しく。


「婚約破棄、謹んでお受けします。

 列席者の皆様が証人です」



 フリードリヒの有責で婚約破棄。我が家にはなんの落ち度もなし。

 事前の契約にのっとって、サクセン侯爵家からは我が家に巨額の賠償金が払われます。

 サクセン侯爵家には払う金なんかありませんから、城も館も領地も全部うちのものです。

 直接経営したほうが我が家にとってもお得ですし。


 表面上は何もかもうまくいきました。


 本来なら笑いがこみあげてくるところなんですけど……この子がこのバカに穢されたと思うと……くぅぅぅぅ!


「はっはっは! 悔しそうだな! 思い知ったか! 

 真実の愛の前には金など無力なのだ!」


 こんなことなら、諦めないであの子を手に入れる方策をめぐらすべきでした。

 でも、後悔先立たずです。

 私はこれからずっと、この悔いを背負って生きるのでしょう。



「エリザベータ! オレ達の未来を邪魔するものはもういない!

 さぁオレと正式に婚約して――ぎゃぁぁぁぁはぶぅっっ」



 エリザベータと自称する女のヒールがバカ男の足を床に縫い付けたかと思うと、体重が乗った平手打ちがバカの頬に炸裂!


「おとといきやがれこのロリコン伯爵! お前を本当に好きになるヤツがいるわけねーだろ! このコンコンチキが!」


「うぎゃぁぁぁ。ぶひぃぃぃぃぃ」


 倒れそうになったところへ、バチーン! その反対に倒れそうになったところへ、バチーン!


 バチーン! バチーン! バチーン! と平手打ちが炸裂しまくりです。



 もっとやったれ。



「え、エリザベータぁぁなにぉぉぉ、うあぁあの夜はあんなに情熱てきだったのにぃ

 いたいいたいいたいぃぃぃぃ」


 いい平手らしく、元婚約者のほっぺは真っ赤かに腫れていきます。

 あの子とそんな夜を過ごしたんですから、殺されたって文句ないはずです。

 ああ、でもそうなったのはみんな私のせいなんです。だから私もぶって欲しいです。


「あの夜、お前が先に酔い潰れただけだい!

 ベッドまで重かったんだからな! いびきがうるさくてたまらんかった!

 起き抜けに『すばらしいよるでしたぁ』ってささやいたらコロッと信じやがって!

 ばーかばーか」 



 一気に気分が晴れました♪


 よかった! ほんとうによかった!

 この子が、こんなカスと寝てなくて!



「ええっっっっっ、そ、そんなぁばかなぁぁ」


「お前が浮気した人数分制裁だっ! 覚悟しろ!」


「ま、待ってあ、相手からすり寄ってきた分は除いてぇぇぇぇぇぇぇひ、ぐ、あ、ママぁぁぁ!」


 バカの言い分は無視されて平手の嵐が降り注ぎます。

 バチーン! ×合計12回。

 その前のと足して17回。


「これは! マギーの分だっ! くらいやがれ!」


 バチーン! という特に強烈な平手打ちと共に、フリードリヒが床に薙ぎ倒されました。



 もはや顔の原型がわからないですね。


 ざまあみさらせ。



「な、なひほするんだエリザベータぁ! ぱ、パパにもぶたえたおとなかったのにひ!」


「アタシはエリザベータなんて女じゃない!」



 自称エリザベータは、バッとドレスを脱ぎ捨ててしまいます。

 ついでに金髪も放り投げられます。なるほどカツラでしたか。

 大きな白い塊がふたつ、宙を舞います。胸パットですね。



「オレは! 男だっ!」



 ドレスの下には、黒のタキシードでビシッと決めた細身の人影が!

 黒髪のショートカットがものすごく似合ってます。



 ああ胸がドキドキしてしまいます。


 頭の中身の幼さを知っていても、やっぱり格好いいです。

 まったくもって罪作りです。もっと好きになってしまうじゃないですか。



「お、男ぉぉぉぉぉ!? お、オレのエリザベータはっっ! あのボインボインのおっぱいは!?」



 出席者から、おい美少年だぞ!? バカだと思ったら美少年だ!

 誰かしらあの殿方!? バカだがイカすぞ! バカだけど素敵!


 などという声が上がっています。


 ふふーん当たり前です。昔からこの子ってばキレイなんです。

 態度とオツムがアレなんで気づいてるのは私くらいですけどね。

 

 私はずいっと進み出ると、バカ丁寧な口調で教えてさしあげます。


「フリードリヒ様。その男爵令嬢は存在いたしません」


「な、なぬぅ。わ、わけがわからないことをいうな!」


 美少年は勝ち誇ったように胸をそらすと、


「ミュンヒハウゼン男爵家なんてねーの!

 貴族のくせにそんなこともわかんねーのか、ばーかばーかおたんちん!

 バカ野郎この野郎!」



 語彙が貧しすぎます。



 でも、いいんです。私のために言ってくれているんですから。


 胸がきゅんきゅんしてしまいます。



「おっ、お前は何者なんだ!」


「アタ、おほん、オレは、浮気男から淑女を守る謎の騎士! バラの騎士様だ!」



 ださっ。



 その時、おっとりがたなで我が家の奉公人達が駆けつけてきました。

 先頭には怒髪天なお父様といつも糸目の執事ブホン。

 デブとヤセノッポのいいコンビです。



「茶番はそれまでだ! 元婚約者殿をとりおさえろ!」


 お父様の命令一下、奉公人達がフリードリヒ様に飛びかかり床に押しつけます。


「むぎゅぅっ。なぜにオレが! は、離せぇ! オレは侯爵家の――ぐふぅ」


 お父様は断固として、バカの頭を踏みつけました。


「なぜこのような阿呆なふるまいに及んだのか、とっくりじっくりと聞かせていただきます。

 御実家にはもう使者を出しておりますから、おっつけ父君も駆けつけるでしょうな。

 さぞかし激怒していなさるでしょうなぁ。バカ息子のせいで破産一直線ですからな! ふっふっふはっはっは!」



 あまりにあまりな愚行っぷりに、侯爵位というオマケへの未練は捨てることにしたようです。



「は、破産!? ど、どぼじてっ!?」


 そもそも判っていなかったとは! 


 ここまでバカだとは思ってもいませんでした。


「そちらが有責で婚約が解消されるなら、莫大な違約金を払っていただくことになっておりますからな」


 お父様は妙に丁寧な口調で告げたかと思うと、一転してドスが利いた声で。


「今までさんざんツケを回しおって! それも全額払って貰うから覚悟せい!

 もっとも、お前の実家には借金以外はあるまいがな! このド貧乏人めがっ。

 金持ちの靴の重みを存分に味わうがいいっ! これが金の重みだぁぁ! 金をバカにするものは金に泣くのだ!」


「ひたいひたぃぃぃ。あ、あの狼藉者こそ捕まへっあっ、ひたたたたぁ」


 美少年は、あかんべえをしたかと思うと、


「だーれがつかまるか! オレは神出鬼没の愛の騎士! えんまく!」


 足元に何かを叩きつけました。



 もくもくと沸き立った白煙が辺りにひろがります。



「ごほごほっ、さ、さらばっっ」


 がちゃーんと窓が割れた音が響きます。


 逃げ出したのでしょう。あの子の運動能力なら逃げるのは簡単でしょうね。


「くっ。追――」


「お父様。変なものはつつかない方がよろしいかと」


 私が耳元でささやくと、お父様は見事なおひげを撫でて、


「……ふむ」



 頭の中で、バチバチと計算をしているのでしょう。


 目の中で数字が回転してます。



 我が家の息がかかった者たちだけが集うパーティで、先方からの婚約破棄。

 我が家との取引で利益を得てる人たちしかいませんから、全員が向こうが有責だと証言してくれるでしょう。

 しかも、男を女だと間違えて婚約しようとしていたフシアナぶりも満天下に。あのバカの評判は地の底。

 そのうえ、サクセン侯爵家の資産は全てこちらのものに。

 無能の極みの侯爵家のせいで荒れ果てておりますが、資源豊富、地味豊か、我が家が経営すればウハウハ間違いなしの優良物件。


 下手に怪人を捕まえて、他家の関わりなど出てきたら、面倒なことになる。



 ちーん。


 計算が出来たようです。



「……あの怪人を追え。ただし相手は怪人だ。慎重に追うのだ。

 無理に追う必要はない。屋敷の敷地から出るまででいい。

 こちらから怪我人など出したら馬鹿馬鹿しい」


「はっっ」


 執事ブホンは、その高給っぷりにふさわしく、万事心得てうなずいてくれました。

 そして一瞬ですが、私の方へ意味ありげな視線を送ってきます。  



 あの自称バラの騎士の正体、判っているのですね。


 全く、どうしてくれようかしら。



    ※    ※    ※    ※



 婚約破棄のゴタゴタが終わった日の午後。


 新領地の資料を読むのに疲れてサンルームへ行くと。

 お気に入りのテーブルには先客が。



「やー大変だったネ」


「ネじゃないわよ全く」


「いーじゃん、浮気性のバカ婚約者と別れられて」


「……まぁね」



『自分の家でくつろいでます』みたいな顔で、クッキーを頬張ってるこの子。


 背が低くて、明るい茶髪のショート、ちょっとつり目で、緑がかったつぶらな瞳、体は細くて胸はささやか。

 着ているのは私のお古を仕立て直した地味なドレスなのに、この子が着るとかわいいんです。

 彼女は、私の幼なじみで乳姉妹。ブリュネル男爵家の娘。ゼルダです。


 屋敷の敷地がお隣とはいえ、伯爵家の娘である私と、貧乏男爵家の娘であるゼルダに接点なんかないはずでした。

 ですが、私が生まれた時に母の乳の出が悪かったので、ゼルダの母が乳母として来たのです。

 左右の乳房で仲良くチュウチュウした仲なんです。

 赤ん坊のゼルダはさぞやかわいかったでしょうに! 私は覚えていないんです! 悔しいです!



 その3年後くらいに、ゼルダの御両親は流行病はやりやまいで亡くなって。

 ゼルダは、昔、有名な剣士だったお祖父様とふたりきりになって。

 見かねた我が家が後見人に。


 考えてみればあの頃から我が家はゼルダには甘かったんです。

 我が家がなんの見返りもなく、貧乏男爵家の後見人になるなんてありえない事ですから!



 だからって、毎日のように裏口から断りもなく図々しくやって来てお茶をたかるのは、どうかと思います。


「はぁ……マギーのうちのクッキーはおいしいなー」


 ほんとうに幸せそうな顔するんですよね。



 ああ。かわいい。きれい。たまりません。


 クッキーをかじる白い歯。ぷるぷるのくちびる。

 毎日見せつけられたせいで、私はすっかりおかしくなってしまったんですから。



 こんな態度と服装だから誰も気づきませんけど、ゼルダは美形なのです。

 しかも、男装すれば美少年だとか、困るじゃないですか。

 新たに発見した魅力は昨日のうちに『ゼルダ観察日記』に書き込んでしまいました。


 この顔を始終見てるんで、世間で美男って言われてる男を見ても、なんにもときめかないんです。


 まったく、どうしてくれるんですか。


 だからムリにでも離れようとしていたのに……。



 ああ、まつげ長くて綺麗。緑がかった瞳は宝石みたい。

 ほっぺたやわらかそう。指がほそくてしろくて……はぁぁ……。



「んでんで、どうなったのあのバカちんぽん」


「そういう言葉遣いは、私との時だけにしなさいよね」


「はーい」


 同い年とは思えないですが、そこがまたかわいいんです。


「サクセン侯爵家は破産。領地は違約金代わりにうちのもの。

 ただあの家の侯爵位だけは残しました」


「やっさし-」


 お屋敷と侯爵位はとりあげない、とお父様がやさしく言ってあげたら、サクセン家当主は泣いて喜んでいました。


「貴女ってば一体何年うちとつきあってるのよ。そんなわけないじゃない。

 平民以下の貧乏侯爵よ、単なる平民なら見栄も張らずに済むけど、ド貧乏な侯爵。地獄よ」


「あばらやに住んでる侯爵かぁ……それは辛いネ」



 領地も支配してる人もいない侯爵なんて、食べていくのも困難です。

 その上、馬鹿でかいお屋敷だって維持しなきゃなりません。

 平民以上に働くしかないのですが、周りとはうまくやれないでしょう。

 なんせ意識だけは侯爵様ですから。

 かと言って、屋敷を売り払い、爵位を返上するのは無駄なプライドが許さないでしょうし。


 まさに地獄です。


 お父様ってば、あの一族がよっぽど嫌いだったんでしょうね。

 うちの資産からすれば微々たるものとはいえ、さんざんたかられましたから。



「んでんで、肝心のおバカさんは?」


「平民に落とされました。あとは我が家が要求するまでもなく、激怒した侯爵に北の鉱山へ送られたわ。

 家に与えた損害を少しでも返せって」



 返す前に体を壊してしまうでしょうね。


 あの人、女と遊ぶ以外体力使ったことないですから。

 しかも、あんなにプライドが高くては、周りの抗夫から浮きまくっていじめられるに決まってますし。



「ゼルダ様。おかわりはいかがですか」


 いつのまにか、ブホンが隣に音もなく立っていました。我が執事ながらたまに怖いです。

 若い頃は、お父様と色々、本当に色々した仲らしいですけど。謎です。

 お父様が、知らなくていいことがあるんだよ、と仰るので知らないようにしています。



「もらうー。ほんとーにブホンのお茶はサイコーだよネ」



 なにくつろいでるんですか。まったく、貴女の家はお隣ですよ。


 でも、厳格な剣士であるゼルダのお祖父様も。

 計算高いお父様とお母様も、何事も隙がないブホンも、ごうつくばりのお兄様方までゼルダには甘いのです。


 一番甘いのは私ですけど。



「お褒めにあずかり恐縮です」


「うーん。一生懸命やってるんだけど、ブホンみたいには淹れられないネ」


「ゼルダ様の筋は悪くないです。何事も精進が肝心ですから」



 え。なに。


 ブホンってば、いつのまにか、この子にお茶の淹れ方とか教える関係になってるんですか!?

 そりゃ、ブホンのお茶はこの国一だけど、でも、悔しいです。



 私の悔しげな視線に気づいたのか、ブホンが咳払いをして、ちらっと私を見ました。


 文句言うなってことでしょうか。


 またブホンが咳払いをして、小さく首を振ります。


 え、ちがうんですか?


 ブホンはゼルダを見て、私を見ます。


 ああそういうこと。昨日のことを言えと?


 確かに、釘を刺しておかないと、また変なことやらかしかねないし。


「ブホンってば風邪? だいじょーぶ?」


「いえ。心配してくださってありがとうございます。ではごゆっくり」



 音もなくブホンが立ち去る。

 

「すごいよねーブホンは。

 どうやったらああいう風に歩けるかも盗もうと思ってるんだけど、

 ぜんぜんできないんだよね。ああいう風になりたいなー」


「むっ」


 確かにブホンは、あのお父様が惜しみなく高給を払うだけあって、我が家自慢の執事ですけど。

 私とも無言で遣り取り出来るくらい、気心が知れた仲ですけど。

 家族と言ってもいいくらいの人ですけど。

 でも、ゼルダが目をキラキラさせてると、ちょっと、むっとします。


 我ながら心が狭いですね。



 気を取り直して、


「ゼルダ」


「ん?」


「なんであんなバカなことしたんですか?」



 エリザベートでバラの騎士はこの子です。この子が変装していたんです。



「え、な、なんのことかなぁ?」


「貴女は私が唯一愚痴をこぼす相手です。

 そして私が、私のことマギーって呼んでいい唯一の人です。

 私と婚約して以降にフリードリヒが手を出した女は17人。

 アレの浮気遍歴を全部知ってるのは、私とお父様とブホン以外、私の愚痴を聞いていた貴女しかいないんです。

 お父様とブホンは、あの場にいたから除外すると、17発殴るなんて発想、貴女しかできないんですよ」


「え、ええと……あ、アタシもあの場にいたからちがうよー」


「どこに?」


「あいつをボコボコにしてた! えへん」



 自白したわ。あっさり。なんておバカなのかしら。



「今のは、バラバラの騎士とやらが自分だって自白したのと同じなんですよ」


「バラの騎士だい!」


「あーはいはい。

 それに、髪の毛の根元が黒いまま。相変わらず不器用ですね」


「うわ。よく洗ったつもりだったのに」


 頭を抱えるゼルダ。


 ほんとうは明るく輝く茶髪に洗い残しなんかないんですけど、意地悪言いたくなったんです。


 期待にたがわずかわいい反応。



「あの趣味の悪いドレスはどこで手に入れたんですか?」


「あの男と前つきあってた女の人をつけてたら、古着屋に売り飛ばしてたからその場で買ったの。結構高かったんだよ」


「目は? どうやって垂れ目にしたんです?」


「糊で目尻をちょっと張って。うまく垂れてたでしょう?」


「確かに、垂れてました」


「やったー。大成功!」



 無邪気に喜んでいますね。


 ほんとうに……かわいいんですから。もう。



「ナニが大成功ですか。

 もしあのバカが貴女よりお酒に強ければ、けがされてたところだったんですよ。

 それにもし、うちの奉公人達に捕まってたら、いくら貴女とはいえ庇えませんでした」



 まぁ庇ってしまったでしょうけど。

 うちは上から下まで貴女には甘いですから。

 それにブホンは気づいてたみたいですから、捕まえる気はなかったでしょうし。


 ですが、二度とこんな危ない真似をしないように、釘は念入りに刺しておきましょう。



「そ、そうだけど。でも、アタシはそれでもいいって覚悟してたんだもん……」


「なんであんなことしたんですか?」



 貴女の動機は判っています。

 私をあんなヤツと結婚させたくなかったんですよね?


 サクセン家乗っ取りのはかりごと、そう納得した上での計算尽くの婚約。

 女として愛されないのは覚悟の上、というか愛されないから婚約しました。

 白い結婚上等です。


 だけど、それでも、愚痴は出てしまうモノ。

 貴女にだけはさんざん愚痴ってましたから……止めてくれたんですよね?


 判っています。でも、聞きたいんです。


『だって! マギーがあんなヤツと結婚するなんてイヤだもん』って。


 それを聞いただけで、天にも昇る気持ちになれるでしょうから。



「だって! マギーが結婚するなんてイヤだもん」


「……え」


 今、何か重要な言葉が抜けてたような気がします。

 有ると無いとでは、全然意味が違います。


「ちょっと待って! 今、貴女『私があんなヤツと結婚するなんてイヤ』だって言いましたよね?」


「ちがうー! 結婚するなんてイヤって言ったの!」



 あのバカとじゃなくて、私が結婚すること自体がイヤ?



「アタシだって、マギーがいつかは結婚しちゃうって判ってたけど。

 判ってたけど、やっぱりイヤなんだもん。

 マギーが幸せになれそうなら我慢しようって思ってたけど、

 いつまで経ってもイヤそうだし。イヤなのにやめようとしないし。

 だから、アタシ、一生懸命考えて。アレくらいしか思いつかなくて……

 バカでごめんネ……」



 すっかりシュンとしてしまったゼルダ。



 くぅっ。か、かわいい! かわいすぎる!


 だめ、もう、だめ。この子から離れるなんて無理ムリ。

 もう絶対に離さない。どうにかして。いっそどこかに監――



 お、落ち着くのよマーガレット。ダメです犯罪は。


 とりあえず手を考える時間を稼がなくては。



 私は顔の筋肉を引き締めて、ことさら冷たい表情をして、


「貴女は確かにバカですね」


「うん……あきれた?」


「貴方のせいで私は、婚約破棄をされた傷物女ということになってしまいました。

 女として立ち直れない屈辱です。傷心です。だから保養に行くことにします」



 嘘です。



 うちとの繋がり目当てでいろいろ話は来ているんですが、傷心してるってことにして断ってます。

 これは我が家全員納得済み。

 保養という名目で新領地を徹底的に視察するのです。



「そうなんだ……アタシのせいだネ……」


 くっ。かわいい。シュンとしてるゼルダかわいすぎる!


 貴女のせいじゃないの! って言いたい。


 言いたいけど、なんとかこらえて。 


「そうです。貴女のせいです。全く困ったモノです。

 だから貴女にはこうなった責任をとってもらいます。いいですね」


 ゼルダは私をまっすぐに見ると、きっぱりとうなずきます。


「うん。覚悟してる。何でもマギーの言うとおりにする」



 覚悟を決めたゼルダ。きりっとして格好いいです。


 ああ。やっぱり私の騎士。バラの騎士です。



「貴女には貴族の娘としての自覚がなさすぎです。

 男爵家の娘としての嗜みを身につけて貰わねばなりません。

 だから私の保養期間中は、私専属のメイドとして、私が教育します。いいですね?

 女主人とメイドです。もう甘い顔はしません」



 一生懸命真面目で厳しい顔をしていましたけど、心臓がバクバクです。


 ゼルダとずっと一緒。

 しかもこの子、メイド服とか似合うに決まってます。

 そんな最高度に可愛いゼルダとふたりきりになる時はいくらでもあるでしょう。

 朝から夜まで一緒。

 旅先ではいつも側にいて貰わねばなりません。

 ゼルダは剣士のお祖父様からそちらも仕込まれていますから護衛としても役に立ちますし。

 食事も、も、もしかしたら入浴も、寝るのも一緒になるでしょう。

 私の我が儘じゃないですよ。必要ですから! 必要なんです!


 耐えられるでしょうか? 甘い顔をしないで済むでしょうか?


 こんなにかわいくて、きれいで、勇敢で、

 私が計算高すぎて忘れてしまいそうになる事を決して忘れず、

 私を好きでいてくれるゼルダに。



 絶対にムリです。



 ゼルダの顔がパッと輝きました。



「じゃあ、マギーとずーっと一緒ってことだよネ!

 うん! 侍女でも執事でもなんでもなっちゃう!」



 保養期間中だけで済むでしょうか? 私が我慢できるでしょうか?



 それもムリです。ムリに決まってます。


 踏み出してしまったら、引き返せないのは判っているんです。

 私は彼女の身も心も独り占めにしたくなってしまうでしょう。

 どんなモラルもルールもくそ食らえです。知恵を使って乗り越えようとしてしまうでしょう。

 私が挫けそうになったり、流されたりしそうになっても、ゼルダが勇気をくれるでしょう。



「ま、まぁ、そういうことです。ですけど、もう甘い顔はしないと――」



 抱きつかれてしまいました。


 ああ、いいにおいです。


 あまくて、やさしい。おひさまのにおい。



「マギー大好き!」



 ああ、こんな笑顔で言われたら降参です。


 もうほんとうに……しょうがないんですから。


 彼女も私を好きだと言うなら、止まれません。



「私も貴女が大好きですよ」


「えへへ」



 はやくも甘い顔をしてしまいました。


 でも、しょうがないですよね。好きなんですから。


 こうなったら幸せになるしかありません!

誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます


評価を入れていただけるとうれしいです。


あと、もしお時間があるのなら他の投稿した小説も読んでもらえるともっとうれしいです。


私が以前投稿した『将来名君になるボクは、ざまぁされたけどざまぁする!』と同じ国が舞台で、

2年くらい前の話なので、併せて読んでいただけるとうれしいです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。楽しい話をありがとうございます。 >ミュンヒハウゼン男爵 ほら吹き男爵だー!と突っ込んでおきます(^o^)。 個人的には原典より星新一の話の方が好きです。
[一言] すでに借金まみれで、こちらから援助金も出しまくった先の 相手からの「莫大な慰謝料」が払えるアテがあるのかが気になります。 買いあさった美術品や宝石を売り払っても、あの一族では買値より売値が…
[一言] 明けましておめでとうございます! まさしく年明けらしい気分になれる一篇でした ありがとうございます
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