② 遺跡の人々
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斜面を登り、頂上付近から俯瞰して眺めてみる。遠近感が判らないので平面的にしか見えないのが残念だけど。中々見晴らしがいい、とは言っても天面に当たる海面の青色が移った砂浜しか見えないけれど。遠くは暗くなっていてよく判らない。
……やっぱり海の青色は好きだな。
山の頂上部は平らになっていた。山、というのは正しくないかもしれない。多分これは人工的なものだろう。あるいは……神様が作ったのか。
頂上のちょうど真ん中あたりに、ひときわ大きな建物が立っているのが見えた。テレビで見たことがあるギリシャの神殿のようだ。
多分、あそこに行けばいいのだろうと適当に考えて進む。途中、四角い石で作られた民家らしきものがちらほらとあった。それは綺麗に整列されており、なんとなく京都の碁盤目の街並みを想起した。……京都に行ったことはないけれど。
街並みも神殿も石畳も何もかもが真っ白だった。本来は埋め尽くすように家が建っていたのだろうか。今はまばらで壁だけがわずかに残っているものが多かった。
神殿に到着して、柱を見上げる。一つ一つが屋久島の大杉のように太く、高い。その柱の上に屋根が載っている。屋根はハの字になっていてなんとなく大相撲の中継を思い出した。
そしてさらにその屋根の下に教会のような建物が収まっている。やはり、何もかも白い。白亜という言葉を思い出す。自分の身長の倍はありそうな扉。少し悩んだけれど、トントンとノックをしてから扉を開いた。
左右には長椅子が正面に向けて並べられている。左手奥にはグランドピアノ、そして正面本来、祭壇が置かれていそうな場所には何もなく。椅子に座った男性と背後の壁にもたれかかった女性が立っていた。白い服を着た、見惚れてしまうような美人だった。日に焼けた肌、ウェーブのかかった腰ほどまであるつやのある黒髪。どこかで見たような、と思ったところで咎めるような眼差しを向けられ、慌てて目を逸らした。
2人が僕を見た瞬間、落胆が伝わってきた。特に女性の方は遠慮もなく呆れたようにため息をついた。知らない言語で何か話している。
(……歓迎されている雰囲気じゃないな)
なにか、期待をしていたのか? ここで歓迎を受けて楽しく暮らすのだと柄にもなく楽観的に考えていたようだ。人生そんなに上手くいくわけがないのに。
こんなの夢だろ、どうせ。
「あ……なんか、その、帰った方がいいですか……ね?」
どこに帰るって言うんだ。そもそも言葉は通じていないだろうか。
二人は何も答えず、椅子に座っている日に焼けた白髪の男性の方は何か悩んでいるようだった。ここにいるのが嫌になってきた。この状況がつらい。帰りたい、いや、どこに行っても同じか。でも元の世界なら猫とアダムスさん……それに家族もいるし。と、うつむいてそんなことを考えていると背後に気配を感じた。
振り向くと黒いロングコートを着た銀色の髪をした女性がそこに居た。足音も聞こえなかった。いつの間に入ってきたんだろう。身長は僕より頭一つ分低かった。灰緑色の瞳と目が合う。何か僕に言っているのだけど、理解できない。言葉が判らない。でもこの人からは拒絶の意志は感じない、むしろ喜んでくれているように見えた。なにかジェスチャーをしている。
……なんだろう。……ピアノ、ヴァイオリン?
彼女は正面の二人に笑顔で話しかけた。
それに対し正面の二人はやや迷惑そうに対応している。なんとなくだけれど今来た女性の方が空気の読めないことを言っていて、二人が迷惑そうにしているような印象を受けた。それでもこの状況で空気が読めないというのなら、自分の弁護をしてくれているのかもしれない。
……弁護って。
黒髪の美人は付き合っていられないとばかりに突然姿を消してしまった。椅子に座った男だけが残り、どうも折れたようだった。椅子からゆっくりと立ち上がりこちらに向かって歩いてくる。
白い布をまとい、目の下にはクマ、顔はやつれている。眉間には深く刻まれたしわ、穏やかな表情をしていてもそれは消えていない。
銀髪の女性の方を向くと、かがむように、とジェスチャーをしていた。……しているように見えた。それに従い、膝をついてしゃがむ。老人の骨と皮だけになった両手が自分の側頭部に触れる。
イメージが流れ込んできた。粘土板に刻まれた文字、矢じりのような文字、アルファベットを直線的にしたような文字、少しずつ異なるパターン、縄のような文字、縄の結び目、絵のような文字、絵。
「アレクサンドラ、案内してあげなさい」
抑揚はないが、静かで安心する声。
……あれ? 言葉が理解できている。なぜ? いや、今なにかしてくれたのか。
「ええ、もちろん」
対照的に明るく快活な声。喜んでいるようだった。なんだかよく判らないけれど、よかった、と思う。
「行きましょうか。ほらウトナにお礼を言って」
……ウトナという名前なのか。……聞いたことがあるような、……ラジオでそんな名前が。
促されて、判らないまま
「あ、ありがとうございました」
そう言って頭を下げた。伝わって……いるようだった。ウトナと呼ばれた彼はまた椅子に座り、応じるようにゆっくりと頷いた。
【続きます】