① 大蛇と少年
Ⅱ,遺跡 / chronostasis utopia
世の中、どうにもならないことばかりだと思う。
何とかしてほしいと神様に頼んだことがあったけれど、聞き入れてはもらえなかったのか。そもそも届いてすらいなかったのか。何も変わらなかった。
だから余計なことを考えずに受け入れた方がいいんじゃないかと、アダムスさんに言ってみたら、ナカトは自分でどうにかしようとしたか、と聞かれた。しました、それでも駄目でした、そう言うと彼は大変だったな、と少しだけ同情してくれた。
でもその後すぐに、次そういうことを僕に言ったら、もう勉強は教えてやらないと言われたので、アダムスさんの前では言わないことにした。
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「……う……」
体が重い。仰向けに寝ていた。瞼を開くと、視界には海面が映った。水色の揺れる天井。差し込む太陽の光が不規則にゆらゆらと自分の体を照らしていた。
後頭部にはひやりとした感触。
(何で海面が見えるんだ? 海底? でも溺れてない。水族館……か?)
そんなわけがない。体を起こして、肩と左目に疼痛を覚えた。
(なんか……変だな……)上手く焦点が合っていない。
手をついて起き上がろうとして、掌に魚のようなぬめりを感じた。
「……しっぽ?」
どうやら何かの爬虫類の白いしっぽ、その先端の部分を枕にして眠っていたようだ。何のしっぽなのか、胴体や頭を探そうとするけれど、近くの岩の陰に隠れて判らなかった。どう考えても巨大すぎる。
(このサイズの爬虫類って存在するのか?)
とりあえず、刺激しないようにここから離れようとして。そっと立ち上がると
「シィー」と背後から音がした。
ゆっくりと振り返る。
案の定、そこには蛇、口を開けた白蛇の顔があった。自分など一飲みにされてしまいそうなほどに大きい。蛇は口をパクパクと何度も開け閉めする。その度牙が自分の体をかすめた。金色の目で僕を見つめる。逃げるべきなのかもしれなかったが、そんな気にはならなかった。
(どこかで……会ったような気が……いや、こんな大きな蛇を見たのは初めてだ)
蛇にらみ? 違う、なんだろう。敵意がないような、今だって殺そうと思えば殺せたのに。
そもそもここまで大きさが違うのでは少し逃げたところで僕の運命は変わらないだろう。
……多分、これは夢だ。最近よく見るやつ。蛇も登場していた。
夢を見るのは眠りの浅い時だと聞く。自分は夢をよく見る。きっとまたよく眠れていないのだ。それで……
(きっと君に食べられて目を覚ますんだ……いつものと少し違うか? 蛇ではなかったような……)
しばらくお互いに見つめ合っていた。鎌首をもたげ今にも飲み込まれそうだったのだが、蛇は何もせず、ただ口をパクパクと開け、時折舌をチロチロと出した。まるで何かを話そうとしているように。
頭に何かが響くが理解できない。……言葉なのか?
『■■■■▪……■■■■▪?』
しばらくすると僕を中心にしてとぐろを巻くような動きをした。絞め殺されるのかと思ったが、蛇はしばらく匂いを嗅いで諦めたように、僕から離れていった。少し離れたところで蛇はこちらをじっと見ていた。おそるおそる見返すと目が合う。僕も彼を見ていることを確認すると、蛇は何度か首を振った。まるでその方向へ行けと言いたいようだった。
その先には山があって、なんとなく与那国島の海底遺跡を思い出した。
あの山、何百メートルあるんだろう。山の頂上でも海面までは届いていない。確か太陽の光って、そんなに深くまで届かないはずだけど……。
「あっちに行けば……いいんですか?」
山を指さし確認すると、蛇は肯定するように真っ赤な舌を出して頷いた。
……今日の夢はまだ続くのか。
そう思いながら山の方へ向けて歩き出した。
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近づいていくにつれて、山だと思っていたものがピラミッドのようにきれいな四角錘の形をしていることに気づく。
実際、ピラミッドのような人工的な建造物なのかもしれない。それが土に埋まって山のように見えている。石のサイズまちまちでは普手のひらよりも少し大きいくらいのものから、岩のようなものまであった。石垣のようになっているところもあれば階段のように段になっている部分もある。石の露出した箇所を選んで、階段を上がるように進んでいく。
登っているうちに、ようやくさっきから感じていた違和感の正体に気づいた。初めは目の焦点があっていないだけだと思っていたが。
「……左目が見えてない」
段差に何度もつま先をぶつけて気づいた。
(研究所で撃たれたような気がするが……そんなのあるわけない。あの夢が続いているのか、その所為か? いったいどこからが夢だったんだろうか)
けれど左目の周辺を触ってみても普段と変わったところはない。外傷はないようだ。しいて言えば顔の左側がなんだかザラザラしているような気がする。眼球は動く。でも見えていない。……判らないな。
なんとなく登り始めたが、どうしたものだろうか。やはり頂上まで行ってみればいいのか。
(……神社でもあったりするのかな)
蛇の方を振り返って見るが、いつの間にかいなくなっている。死角に入ったのかもしれない。中々辿り着きそうにないので腰を下ろして休憩する。
(結構登ったけれど、今何時だろ)
腕時計を見ると7月20日の11時3分で止まっている。デジタル表示は生きている。……なのに時間は進んでない。こんな壊れ方をするだろうか。
はあ、と大きくため息をついて気づく。
(あれ……息をしてない)
心臓の鼓動に耳を澄ますが、聴こえない。手首の脈を測る、ない。
(これ、本当に夢か? 博物館のあれが現実で、死んだんじゃないのか。いや、夢だから……なのか)
「……天国?」
(空の上じゃなくて、海の底? 地獄っぽくは……ないか。 臨死体験の話で蛇を見たっていうのがあったような。いや、それは薬物をやってた人の話だったか?)
であるならば頂上には楽園でも広がっているのだろうか。そうするよりより他にないので山を登った。
けれどもし楽園が広がっていたとしても、そこに入る資格が自分にはあるのか、もっとよく考えるべきだったのかもしれない。
【続きます】