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E/meth --ゴーレムとピグマリオン--  作者: 音十日
Ⅰ,遠島 / cats in a strange garret
4/88

④ 2019年7月20日(土)

■■■■


 またこの夢だ。


 夢の中で動物たちと駆け回っている。走り回って疲れたら、湖の冷たい水に足を浸す。


(気持ちがいい。ずっと彼らと過ごしていたい)


 湖の向かい側に白い蛇がいて彼の方へ歩き出すが、体が動かない。振り返ると黒い靄のかかった何かが僕の体を強くつかみ引き留めている。靄の中に赤く光る2つの目を見つける。


「■■キ■▪」


 呪いのような唸り声が頭に反響する。大きく開かれた口、鋭い牙……



■■■■



「……あ……」


 天井と電球が見える。ラジオ体操と蝉の声。体を起こそうとして、いつもより体が重い。


 ……金縛り?


それでも体を起こすとタオルケットから黒くて柔らかいものが「ニャー」と抗議の声を上げながらずり落ちていった。


 目に入った瞬間、それがなにか恐ろしいものに見えた。が、冷静になってみればただの黒猫だ。たまに窓から入ってくる猫。


「……クロ、びっくりさせないでくれよ」


 ずり落ちた先でまた眠りだした彼をなでながら語り掛けた。起こさないようにそうっと布団から抜け出し、大きく伸びをして、窓から青空と海を見る。いつもは元気になるのに、変だな、今日はあんまり。


 腕時計の今日も鳴らなかった、というかなる前に起きただけだけど、アラームを止めて、日付の表示を確認する。確認するまでもないけれど。 


『SAT 7-20』

『06:37 25』


――2019年7月20日――


 僕の18歳の誕生日だった。



****


AM07:00


 洗面所で念入りに顔を洗って鏡を見る。何も変わっていない、いつもの顔。日焼けした肌、眉にかかるくらいまで伸びた髪、黒目がやや大きい、目元にクマ。歯も見てみる、4本の犬歯が目立つ。いつも通り。


 当たり前だ。ただ一歳年を取っただけなんだから。昨日と今日の間で何かが大きく変わるはずもない。


 朝食を摂ろうとして冷蔵庫を開ける。


 ……あれ?


 アジフライは結構な量があったはずだけれど、冷蔵庫には一つも残っていなかった。弟か兄が食べたんだろう、もしくは二人で食べたのかもしれない。白米とみそ汁だけ食べた。物理の勉強をしようか、と思ったがやめる。今日ぐらいしなくてもいいや。


 テレビを点ける。



――不審死、不況、紛争、領海侵犯、殺人、差別、事故、疫病、児童虐待――


 テレビを消す。


 少し早いけれど、兄に食事を持っていこう。何か作ろうと思ったけれど、そんな気にもならなかったので白米とみそ汁だけ持って行った。逆にちゃんと飯を作れと怒ってきたらそれはそれでいいのかもしれない。


(もう、1年近く話してないな。1年前だって葬式の時少し話しただけだ)


 兄がどんな声だったか、どんな人格の人間だったか、もうよく判らなくなってきた。元々そんなに仲がいいわけじゃないし。


 空いた食器を片付ける。


「んー」


 風鈴の音、蝉の声。暑い。


 ……なんかイライラしてるか? これはよくないと思う。少し走ってこようかな。走るのがストレス解消に一番いい。さっぱりして、視野狭窄が治る気がする。


 いや……そうだクロ、まだ部屋にいるかもしれない。今日はクロと一日遊んでいよう。ラジオを聴きながら、一緒に寝よう。洗濯なんて後でいいや。


 自分の部屋に戻り黒猫の隣で横になる。


 すると携帯電話が鳴った。バイト先の深川さんからで、子供の熱が引かないから今日のバイトを変わってくれないかと頼まれた。


 昔、潜水艇の顔出しパネルの枠の中で笑う娘さんの写真を見せてもらったことがある。思い出すと、断ることはできそうになかった。いや、そもそも断る理由なんてない。誕生日だけど……なにかあるわけでもない。深川さん困っているんだし、代わってあげよう。困ったときはお互い様だ。僕は元気なんだし。


「あ、はい、判りました。大丈夫です、はい。10時から18時までですね。はい、お大事に。……ええ、また。はい」


 電話を切り、ふうと息を吐いた。着信音で目を覚ました猫が心配そうにこちらを見ている。翡翠色の丸い瞳。


「起こしちゃってごめん。僕、今日仕事になっちゃった」


 抗議するように猫は鳴いたので、鳴き止むまでしつこく体を撫でてやることにした。


「ごめんごめん、いい子だから…」


(クロの体、あばらがこんなに浮いていたっけ)


 出かける前に煮干しと水を皿に載せて部屋に持ってきたけれど、猫は匂いを嗅いだだけで結局食べなかった。なんか最近、元気ないな。


「じゃ、行ってくるから。いい子にしてるんだよ」


 クロはまた鳴いて、最後は声を出さずにサイレントニャーをしていた。


「君の言葉が判ったらいいのにな……」もう一度頭をなでてから部屋の襖を閉めてバイトに出かけた。



AM09:30


 博物館の駐輪場で茶トラの猫が足にすり寄ってきた。昨日も会ったトラだ。


「や、おはよう」


 撫でてやると気持ちよさそうにして、博物館に入ろうとすると引き留めるように鳴き止まなくなってしまった。


「仕事だから、ごめんね」


 逃げるように博物館に駆け込む。自動ドアの向こうで猫はまだこちらを見ていた。


(トラ、ごめんな)


 バイトを代わって遅刻したんじゃ、深川さんも気にするかもしれないし。いや、どうだろう。人の気持ちは判らないけれど。



AM10:00


 停電があった。すぐに復旧。特に気にせず仕事をする。学校は今日から夏休みに入ったのだろうか。親子連れの客が多い。



AM11:00


 二度目の停電。今度は中々復旧しない。子供たちが騒ぎだしている。


 昨日アダムスさんと話をしていたことを思い出す。


(……そういえば何か言ってたな。……爆発? まさか……)


 そう考えたとき、電気がついた。大丈夫そう、と思ったその時、足元がぐらっと崩れるような感触があった。地面に落ちていくような沼に飲み込まれるような、滑り台を降りていくような感触。


 視界が暗闇に包まれる。



****



「……ん……」


 瞼を開くといやに世界がまぶしく感じられた。


 体を上下に何度も揺さぶられたような感じがあって、吐き気がする。


 立っているのかどうなっているのか判らない、でもこんなにはっきりしない頭で立っていられるはずもないから、多分倒れているんだろう。


 頬に床の冷たさを感じて、床にうつぶせになっていることをようやく認識すると、腕に力を入れて体を起す。


――ピー、ピー、ピー――


(……なんだ、なんのアラーム? 火事とは違うよな)


 なにかが鳴っている、頭をさすりながら周囲を見渡す。やっと目のピントが合う。見たこともない白い部屋にいて、見たことのない機械が並んでいる。人一人入れそうなほどの大きな試験管を立てたようなもの、その周りを包むようにMRIのような機械がある。地面には井戸に似た機械。それが幾つか並べてある。


(何かの実験室? 研究所か? いつの間に来たんだ、運ばれたのか?)


 後ろを振り返ると刑事ドラマの取調室のように壁の一部がガラス張りになっていることに気づく。


(マジックミラー? 外から中が見えるように? 自分は実験のために連れてこられたのか? ……爆発?)


 駄目だ。全然わからない。とにかくここから出ないと、扉は……ある。あるけどドアノブがない。ドンドンと扉を叩く。


「す、すみません。出してください。なんか、よく判らないんですが、なんか……気づいたらここにいて、とにかく出してもらえませんか。気持ち悪くて……吐きそうなんです」


 扉を叩きながら叫んだ。叩いた反動で体に振動が伝わってそれも気持ち悪い。


「何でこんなことになってるんだ……」言ってあたりを見回す。監視カメラは……、部屋の隅、あった。


「……アダムスさん、ヨハン・アダムスさんいらっしゃいませんか。僕、アダムスさんと知り合いなんです」


――ピー、ピー、ピー――


 悪寒を感じて背後を振り返った。ふと、試験管のようなものに歪んだ顔が浮かんでいることに気が付く。


「ガァアアー」


 真っ黒な猿のような存在がいる。見た目は猿と変わらないけれど頭に角のような耳のようなものが左右に一つずつついていて、耳が四つあるようにも見える。目が合う。唇をゆがめて笑った気がした。


(……動物実験?)


 いや……知性を感じる。悪意を、敵意を感じる。


(まずい……なんで気が付かなかったんだ、装置の周りの床だけ赤い液体で濡れている。……血だ。人間の死体が転がっている。この動物に殺されたのか。だとしたら……早く逃げないと、いやでも……助けないと、生きているかも。いやいや……どちらにしても扉を開けてもらわないことには)


「開けてください。人が倒れてます。それになんか動物が、はやく助けてください」


 カメラに向けて叫んだが、反応はない。


 背後に動物が迫っているのを感じる。


「早く、はや……」


 右の脇腹に衝撃を感じた。嘔吐しながら床を何度か転がる。


「……なん、だよ。くそっ……」


 最低な状況だが唯一幸運だったのはその動物は直ぐに僕を殺そうとはしなかったことだ。いたぶって遊ぼうとしているのだろうか。


 がくがくと震える膝で立ち上がり、扉から離れ部屋の奥の装置のある方へと逃げる。血で靴が滑り転びそうになる。倒れていたのは白衣の研究者らしき人と軍人然とした人の二人だった。なにか武器はないか、申し訳ないとは思うが構っていられない物色する。ボールペン、ナイフ、拳銃。


(拳銃なら、でも……)


 ナイフを、と思ったが上手くホルスターから抜けない。倒れた軍人の握ったままの拳を開いて、拳銃を手に握る。今度は左肩を殴られた。


「……え」


(……2匹に増えている、なぜ)


 壁際に追い込まれる。拳銃を構えようとして、殴られたときに落としたことに気づく。ポケットから家の鍵出して2匹の中間に構えたが、まるで恐れるそぶりを見せない。


(……そりゃそうだろうな)


 変な笑いがこみあげてきた。 


 それでも急所に、突き刺せば痛手を負わせるくらいはできるはずだとは思う。……そんなことが自分にできるか?


 じりじりと精神を削るようにゆっくりとにじり寄ってくる。僕は緊張に耐えきれなくなって、ややスペースのある方へ向かって鍵を構えたまま走った、が……。


 ぶん、と体が倒れた。どうやら猿らしき存在の長い腕のラリアットを食らってしまったらしい。床に背中を打ち付ける。倒れた自分の顔目がけてこぶしが振り上げられ……


(これは……駄目だ。潰される)


 体に鞭打って上体を起こし、動物と抱き合うように体を潜り込ませる。振りおろしたこぶしは空振りをする。僕は抱きしめるように右手に持った鍵を猿の背中に刺そうとして……。


 急にドアが開いた。


 特殊部隊のような制服を着た人たちが、隊列を組んでこちらに銃を向けている。


(……よかった)


 そう思うと同時に、パンパンパンと発砲音が部屋に響いた。自分と組みあっていた動物は倒れ、もう一匹はMRIのような装置の陰になる位置に逃げた。


 ……自分は、自分の顔の左側が吹き飛ばされた。そう感じた。体が衝撃で転がる顔の左側からなにかこぼれ落ちていく。


 地面が振動している。何かの起動音? さっきの機械だろうか。


 体が沈んでいくような感触があった。それは先の停電の時に感じたものと似ていた

ような気がしたけれど、それ以上なにも考えられなかった。


 多分、これでもう、なにも……考えなくていいのだろう。


 まあ、別に……いいか。


                 Ⅰ,遠島 / cats in a strange garret 【終わり】

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