② 帰り道
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『小僧、さっきのはなんだ? 諦めるのが早すぎるのではないか? 義に殉ずることが悪いとは言わんが、あれくらいならどうとでもなったのではないか。それとも元々死にたかったか?』
結局僕たち? は彼らの神の命に従い、また遺跡へ向かっていた。体の主導権を返され、暗闇の中を左目の指示に従い進んでいく。説教をされながら。
一つの喉を使って二人で話していた。左目の存在はあまり力を使わない方がいいらしい、よく判らないけれど。
(……元々死にたかったか、か。どうなんだろう……)
「……そんなことはないと……思います。でも……いえ……自分は少し、疲れているのかもしれません」
正直な気持ちを口にした。
『確かに奴の言うとおりに、箱とやらを解放すれば利敵行為だが、このまま帰って平然と過ごせば何の問題もあるまい。あ奴らは遺跡に入ることができぬから、お前にやらせようとしているのだ』
「……でも……」 腹の底に異物感がある。おそらく何か仕込まれたのだろう。
『これのことか?』
胃の中から何かがこみあげてくる。
「……うっ。ゴホッ……ゴホッ……ぅ……」
急な吐き気に襲われ、また胃の中の物を砂浜に出した。吐瀉物の中にビー玉くらいの大きさの、水晶のような球体がいくつかあった。
『これで万事解決だな。食わせてみたり吐かせてみたり、飲み込ませてみたりと、忙しい連中だ』
あの家庭での食事にも、似たようなものが混ざっていたのだろうか。でもあの子の作ってくれたものは食べられたよな。
自分は何なんだろうか。左目の存在に助けられて、必要以上に暴れたせいで捕まって、また助けられて……。神の頼みを断ろうと決めたのに、それさえ覆され生かされて、情けない。そう思いながらも助かったこと、今まだ生きていることに安堵している。
……自分がいる意味ってなんだろう。意味あるのか?
『お前はいつもそうなのか? それとも今落ち込んでいるだけか? 長い付き合いになるかもしれぬ。ずっとその調子では困る』
つまらんからな、と言って長く息を吐いた。イライラした。自分の体なのに、なんでそんなことを言われないといけないんだ。
「……僕はこんな感じですよ。ずっと昔から」
『ほお、この状態が通常だと。……とすればあの娘と居たときは余程嬉しかったようだな。惚れていたか?』
惚れていた? 馬鹿な。家族だと、兄妹だと思っていたから。
「……違います。普通、仲の良い兄妹って嬉しいものでしょう」
『……まあ、それはお前が化かされていたというか、目を逸らしていたというか。んー、疑問なのだが……お前本当は、最初から判っていたのではないか?』
馬鹿な。判っていて、騙されていたって言うのか。そんな……いくら僕でもそんなことは……ない、よな。
「……判っていたら、あんなに……仲良くできませんよ」
『最後に挨拶くらいしていくか? そのくらいなら……』
「め、迷惑になりますから! 遺跡に帰るという話だったでしょう」
『ハハ、照れておる』
照れているわけじゃない。
「あの人たちは、俺を騙していたんですよ。会って何を話すって言うんですか!」
『ならば文句の一つでも言ってやればどうか?』
文句を? あんなに幸せだったのに? 騙されていたとしても。
「あ……いや、でも……あの人たちだって……多分、やれって言われてやっただけで……だから、別に僕を騙して遊ぼうとしてたわけじゃないと思う、ので、だから……いいです。とにかく、戻りますよ」
僕はしどろもどろにそう言って足を速めた。
『お前はまあ……からかい甲斐はありそうだな』
放っておいてくれ。
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『おい小僧。遺跡にはお前以外には肉体を持ったものはおらんのではなかったか』
「ウトナとアンナという方以外は、いないはずです」
左目に近くの岩の陰に隠れるよう指示され、その通りにする。もっとも岩さえよほど近づかないと視認できなかったが。
『フ……、ウトナとアンナ……か。隠す気があるのかないのか……そういえばお前の名は何と言ったか』
「……榛原支斗です」
『ほう、良い名ではないか。気に入ったぞ』
珍しく褒められたが、そんなにいい名前だろうか。あまり褒められたことはなかったけれど。
「そういうあなたはなんとおっしゃるのですか。今更になって申し訳ないですが」
『ん……判らぬのか。あてて見せよ。ほれ、ルーンの使い手と言えば答えは一つであろう』
ルーン? ルーン文字か。左目で見ていたあの文字か。直線的なアルファベットのような。……でも誰だろう。あの隻眼の老人だろうか。名前……。
そう考えていると、とがったFのような文字が頭に浮かんだ。これは確か夢で、老人が口にしていた……。
「ええと……アンスズ……さんですか?」
しばらく間が開いた。なにか不調にでもなったのかと思ったが……
『……はあ……、お前はまるでものを知らぬな。呆れた、全く……』
どうやら彼の機嫌を損ねてしまったようだった。ダニエルなら判っただろうか。戻ったら聞いてみようか。
『もうよい。この先、遺跡の方に肉体を持った人間どもの反応がいくつかある。もしやさきの集落の連中か? 儂らの戻るタイミングと合わせたのか。いや、そんな動きをしても、逆に怪しまれるだけだな。……そうすると別の勢力か。遺跡に攻め込もうとしているのか』
とりあえずもっと遺跡に近づけ、そうすれば視界もよくなる。言われるがままに歩いていく。生きた人間だとすれば僕のように迷い込んだのか。
もしかして助けに来てくれたのかもと考えたが、それは都合がよすぎるように思えた。
遺跡に近づいていくにつれ、視界がはっきりしていく。確かに人がまばらに遺跡に向かっていた。誰もが妙にぎこちない動きをしていた。まるで古い映画のゾンビのような。すぐ近くを歩いて行った人もいたが、こちらに一瞥もくれなかった。普通に現代の街を歩いていそうな人たちがぞろぞろと歩いていく。
なんか様子が変だな。そもそもどうやって入ってきたんだ。
『フム、こちらに敵意があるわけではないようだな。あるいは敵として認識されていないのか……。そもそもこいつらは儂らが見えているのか。……誰かが裏で糸を引いているのか』
『誰が連れてきた。目的はなんだ? 攻め落とすつもりなのか、落とせるつもりでいるのか』 こんな小兵で? と訝るような声を出した。
遺跡への最前線を進む一人が、白蛇の尾に潰されるのが見えた。潰されて動かなくなった体からは赤いものが、いろいろと……飛び散った。その赤さを見て血の気が引いた。
「え……? あ……。こ、これってまずくないですか……」
なんでウルスナビは……。僕の時は、助けてくれたのに。
『……まずい、とは? 妥当な判断であろう。訳の判らん奴らが自分の領地に入ろうとしておるのだ。来るもの拒まずで入れてしまう方が正気を疑う。あっちへ行くなとでも言ってみるか。……聞かぬと思うがな』
その通りだった。近づけば蛇に殺されてしまうと判っていながら、皆進んでいく。判っていなくとも見えてはいるだろうに。
「……で、でも……こんなのはあんまりでは……ありませんか」
『ここでウダウダ言ってもらちが明かぬ。さっさとウトナ……のもとへ行くぞ。ほれ急げ急げ』
話を最後まで聞き終わらないうちから、僕はこの光景から逃げるように遺跡に向けて走り出した。
【続きます】




