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E/meth --ゴーレムとピグマリオン--  作者: 音十日
IIII, 人魚 / Can I dream ? 
30/88

⑥ 兄妹

****



 カナの作った料理は、食べても吐くことはなかった。美味しいというよりも、もちろん美味しかったけれど、それ以上に嬉しかった。


 夜、また眠れない。昼間はあんなに眠かったのに。これからどうなる? 考えないと、でも考えたら多分また……ここには居られなくなる。


【まだ続ける気か】ズキリ。


 もう少しだけ……ここに居てもいいんじゃないか。


「兄さん、まだ起きてる?」


 襖の向こうからカナの声がした。


「ん、ああ、起きてるよ。どうかした?」


「……その、お願いが……あるんだけれど……」


 歯切れが悪い。カナは襖を開けなかった。言いにくいことなのだろうか。不安になった。


「……僕にできる事なら何でも言ってよ」


 安心させたいと思い、妙に明るい調子で言った。


「実は……会ってもらいたい方がいるの」


 かた? と聞き返す。嫌な予感がする。


「私たちの……神様に会ってもらいたいの」


 急速に体が冷えていく。


「あ、うん。いや……えっと……。それ、は……何故?」


「詳しくは私にも判らないけれど……。あの遺跡にある箱を開けてもらいたんだと思う」


「い、遺跡って……え、あれ。箱……」


(箱? 箱って、誰かもそんなこと言ってなかったけ。あーそっか……)


「……」


 カナ?


「……あ、えっと……僕たちってずっとここで暮らしてたよね。遺跡って……あ、あれ……よ、与那国のやつ……昔行ったっけ、どうだっけ? ……なわけないか……。僕たちって……その……」


 ……家族だよね? 口にしようとしてできなかった。


「……あなたにとっても悪い話じゃないと思うの。頼みを聴いてくれたら、きっとずっと一緒に居られると思う。……危なくないように私からも頼んでみるから。だから……」


 ……今のままじゃ一緒に居られないのか。……家族なのに?


「あ……ご、ごめん。やっぱり……あの、少し考えさせてもらっていいかな……」


「……判ったわ。ごめんなさい、突然。おやすみなさい、兄さん」


「うん……ごめん。おやすみなさい」


(そっか、そういうことか。そういうあれか。そうだよな)


「……用もないのに、わざわざ親切にしてくれるわけないよな……俺みたいなやつ」


 誰にも聞こえないように小さな声で呟いた。

 


****



 ズキン、ズキン。


【逃げるぞ】


 頭に響く声で目が覚める。また、夕方だった。


(また寝坊か……だらしないな)


 記憶を手繰る。


 遺跡の箱、正義の神様、神様が復活すれば遺跡の人たちはどうなる? そもそもそれは正しい情報なのか。僕はどうすればいい。会って話だけでも聞くべきか? 断ってそのまま帰してもらえるのか。そもそも僕をここに誘い込んでおいて、いや、カナは僕を助けてくれたんじゃないのか。いやいやいや、そんな訳ないだろ。何の得がある? 神様を復活させる駒にしたいだけだろうが、……いや、カナはそんなことしないんじゃないか。しないのか? 


 とりあえず……布団をたたんで、部屋を掃除しようか。なんとなく。


【逃げるぞ。モタモタするな】


 ズキリと脳に刺さるような声。左目をさする。


「これ……誰の声だよ。くそ」悪態をつくが、痛みによって脳が醒めるのを感じる。


(……何が判るって言うんだ。この間会ったばかりじゃないか。何を知ってるんだ、彼らの)


「そうだ。僕の家族は……ここには居、い……」


 いない。言葉にしたくなかった。駄目なのか。この家族は。こちらを家族としてはいけないのか。こんなに優しいのに、あんなに喜んでくれたのに。


 ――演技だろ、全部。普通に考えてそうだろ――


 腕時計をはめた時の笑顔、あれも嘘だよな。演技だよな。……そうでないと困る。


【襖を開き、玄関へ行き靴を履き、外へ出て、門から出よ】


 迷いが消える。そうだそうしよう。外へ出て……。


「兄さん、また散歩? 私も行くわ」


 襖を開くとカナが立っていた。外に出ないと……。


「いや、今日は……一人でいいよ」


「どうして?」


 どうしてって……どうしてだろう。……どうせ君は演技をしているんだし、別に、放っておいてくれ。……いや、演技をしているから放っておけないのか?


【襖を開き、玄関へ行き靴を履き、外へ出て、門から出よ】


「えっと、ああそうだ。襖を開き、玄関へ行き靴を履き、外へ出て、門から出よ、しないといけないんだ」


 カナが僕の言葉を聞いて吹き出した。


「変だわ、兄さん。そんな人を一人で散歩に行かせられません。今日はまだ何も食べてないじゃない」


 彼女の言葉はもっともだった。いい妹じゃないか、いや、ち、違う……。


「ほら、行きましょ」


 彼女はまた僕の手を引いた。手首にターコイズブルーの腕時計。そうだ、僕があげたんだ。だってそうだ、カナは僕の妹だから……。


(違う……それはもう違うんだって!)


 判っている。判ってるよ、もう。



****



 黄昏の海。また二人で並んで堤防に座る。


 言わなければならないことは判っていたけれど、なかなか言い出せなかった。だからなんでもない話をした。僕が猫の話をして、カナは人魚姫の話をした。


「……兄さんは今、幸せ?」


「幸せだよ。ずっとこうやって家族仲良く暮らすのが夢で。カナとも一緒に話したりできるし。でも……夢ってさ……」


 言うんだ。言わないと。


「……それが夢だったんだ。だからこれはやっぱり夢だ。……もう目を覚まさないと」


「現実の中でも夢は叶うでしょう? 夢が叶ったのならそれは現実じゃない。私たちは夢なの? 今ここに居るのに」


 ……でも家族ではないでしょう? それが言えない。


「皆、夢を叶えるために頑張っているんじゃないの? 兄さんだって夢を叶えるために頑張っていたんじゃないの?」


 結構、僕なりに頑張ったつもりだったんだけど……空回りしていただけなのかもしれない。好悪の感情なんて、頑張ってどうにかなるものだろうか。


「今が幸せなら、どうしてそれを手放してしまうの。手放してしまったら、もう戻らないかもしれないのに」


 僕だって嫌だ。手放したくなんてないけれど。でも、言わないと。


「……神様には会えないよ。箱を開けたら遺跡の人が……」


「ナカト」


 僕の言葉を遮るように彼女は言った。


「駄目なのね。もう……」


 全て判ったような、悟ったような諦めたような眼、それでもまだ縋るようにこちらを見ていた。僕のことを見ている。


「……猫、飼ってもいいわ」


 もし今の家族に猫が加われば、完全無欠だ。文句のつけようがない。でも、結局家族じゃないからな。


 あれ……でも猫って最初から家族って訳じゃないよな。飼い始めてから家族になるのか。……家族になれるのか?


「最高だけど……でもカナも言ってたじゃない。猫が死んだら悲しくて泣いてしまうから……それだったら最初から飼わない方がいいのかもしれない」


 ……最初から君たちに会わなければ、遺跡で暮らさなければ、こんな風に悩むこともなかっただろうか。


「昔、猫飼ってた? 家にひっかいた跡があった」


「……飼ってたけど……いなくなってしまったわ」


 僕が猫だったら、あの家から逃げようなんて思わないけど。なんで……逃げたんだろう? 事故かなにかか、それとも死に目を見せたくなかったのかもしれない。悲しませたくなかったのだろうか……でも結局。


「君も泣いただろうね、優しいから。……きっとどこかで元気でやってるよ。猫ってたくましいし」


 みんな元気かな。


「……あなたが……あなたも心配だわ」


 カナは俯いて顔を隠した。……演技……だよな。猫と同じように言われるのは結構嬉しかったりする。猫好きだから。


「大丈夫。僕も結構……それなりに……たくましいから。だから、今日の夜、出ていくよ」


 今日の夜、の部分をわざと大きな声で言った。多分、周りにいる他の人たちにも聞こえるように。まあ、自意識過剰で別に誰もいないのかもしれないけれど。


「兄さんは馬鹿ね」馬鹿だわ、と続けた。


「帰ろう、カナ」


 カナの冷たい手を取って立たせる。


「兄さんはどこに帰るのよ」


 彼女は泣いていたのかもしれない。




                                      【続きます】

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