① 夢と現実
このページを開いて頂きありがとうございます。
以前もこちら投稿させて頂いていたのですが、推敲が足りないと思い書き直しました。既に読んで下さった皆様には申し訳ありませんでした。大筋に変更はありません。
※ 沢山の叙事詩や神話、伝説をモチーフにさせて頂いておりますが、何かの思想を肯定、否定するつもりは一切ありません。所々、本来の伝承とは異なる部分がありますのでご了承ください。
よければお付き合い下さい。
E/meth
――ゴーレムとピグマリオン――
『わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り船』
参議篁 百人一首
いつまでも続くと思っていた。だからいつ終わってもいいと思っていた。
――2019年 夏――
――日本 ある島にて――
Ⅰ,遠島 / cats in a strange garret
夢の中で野原を駆けていた。人間は自分だけだったが孤独ではなかった。ライオン、カモシカ、狼、他にも沢山の動物たちがいた。走り回って疲れたら、湖の冷たい水に足を浸す。
足の先から冷えていく。気持ちがいい。ずっと彼らと過ごしていたい。
蛇が湖を挟んだ向かい側からこちらを見ていた。それを見つけた僕は一緒に遊ぼうと思い、向こう側へ走るのだが少しも進まない。振り返ると黒い靄のかかった何かが僕の体を強く掴んで引き留めている。靄の中に赤く光る2つの目を見つける。
「■■キ■▪」
呪いのような唸り声が耳元で囁かれ、大きく開かれた口、そこからのぞく鋭い牙が僕の首筋を貫こうとして……
■■■■
「……あ……」
呻いて目が覚めた。天井からぶら下がる電灯が風でわずかに揺れている。
右手を天井に向かって伸ばしていた。手をおろす。
蝉の声を意識すると途端に蒸し暑く感じた。
Tシャツの胸元は汗で濡れている。
上体を起こし、枕元に置いた水色の腕時計にセットしておいたアラームを解除して、隣のラジオの電源を入れる、軽快な音楽、ラジオ体操だ。
(6時半か……)
いつもアラームのなる少し前に目が覚める。目覚ましをかける意味がないかもしれない。それでも念のために……と毎日同じことを考えている。
布団から出て、立ち上がり大きく伸びをすると電灯の傘に手が届いた。
カーテンを開けて、全開にしておいた窓から外の世界を見る。この窓から見える景色が僕はとても好きだった。
視界が海と空の二色の青色で埋め尽くされ、半開きだった瞼が自然と上がる。蒼い空と碧い海。それ以外は目に入らない。見ているだけで涼やかな気持ちになる。しばらく見つめながら風を感じていた。
「……今日も一日頑張ろう」
とりあえず、そんな言葉を口にする。
****
――2019年7月19日――
AM07:00
2階にある自分の部屋から降り、顔を洗ってうがいをして、台所で朝食をとる。昨日の夜のあまりものを温めたものだ。弟と一緒に食べようと思っているのだが、高校1年生の弟とは部活の朝練があるそうでいつもタイミングが合わない。
……本当にそうか。お互いに避けているだけじゃないのか?……いや、避けられているだけか。
朝食をとった後、部屋に戻って寝転がり、図書館で借りてきていた物理学の参考書を読んだ。タイトルには馬鹿でも判ると書いてあったが、自分には難しかった。
「……高校、やめなければよかったのかな……」
何度繰り返したが判らない独り言を、また呟く。
AM08:00
作った朝食を兄の部屋の前まで持っていく。
「兄さん、置いとくよ」
ラップをかけたおぼんを廊下に置き、隣の食べた後のおぼんを回収する。そして台所で家族の食器を洗った。
兄と弟と僕。21歳の兄、17歳(もうすぐ18になる)の僕、16歳の弟。3人兄弟で3人だけの家族。
父は自分が幼い頃に死んだと聞いていて、実はよく覚えていない。そして母も去年死んでしまった。ちょうど1年前くらいに。5月頃から母が行方不明になってしまって、警察に相談して届け出は出したものの、それで探してもらえるというわけでもないようで。僕らはテレビで見るようにビラを作って配ったりしてみたけれど、駄目だった。
ビラ配りなんて続けられるはずもなかった。僕と弟は学校があったし、兄は専門学校を出て、新卒で働きだしたばかりだった。いくらやっても情報は得られず、悪い予想ばかりが頭に浮かんで来た。それは良くないものだからと、打ち消す。見ないようにする、考えない。
もしかしたら、母さんはもう死んでいるんじゃないか? あるいは……僕らは見捨てられたんじゃないのか?
2ヶ月後、母の死体が海で発見された。溺死したわけではなくて、死んでから海に落ちてしまったのだろうという話で、殺人ではないという事だった。
その頃からだろうか。不審死がニュースでよく報道されるようになったのは。原因不明、老若男女関係なく、突然死んでしまう。自殺ではないらしい、本当に力が抜けたように死んでしまうそうだ。もちろん医学的な研究もされているんだけれど、成果はまだ上がっていないようで。その所為か……どうかはわからないけれど、いろんな新しい宗教ができたみたいだった。家にもしつこく勧誘が来た。
とにかく母さんが死んで、僕らは消耗した。兄さんは会社を無断欠勤するようになった。初めのうちは会社の人が様子を見に来てくれていたけれど、一月もするとそれもなくなり、ある日玄関に会社の名前の入った封筒が置いてあった。兄は解雇された。
親戚づきあいはほとんどなかった。母さんはあまり社交的な人ではなかったし、心配してくれた人さえ遠ざけてしまうような気難しいところがあった。だからもう誰も頼れなかったし、言外に迷惑そうに僕らを見る大人たちを頼ろうという気にはならなかった。去年の9月に僕は高校を辞めて働くことにした。母は保険に入っておらず、貯金もなかった。高校の卒業まで3人で暮らしていけるとは思えなかった。
弟はほとんど口を利かなくなった(僕とはもともとほとんど話さなかったけれど)。それでも学校の先生の話だと学校で話しているようで安心した。冬にはちゃんと受験して、春からは高校に通い出した。
恵まれた家庭環境ではないかもしれないが、それでも僕らはこの生活に慣れ始めていた。
【続きます】