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4・死にたくないから生きていたい

 立ち並んだコンクリートのビルの群れ。

 アスファルトで覆われた道路が、縦横に伸びる。

 遥か遠くに見える赤い鉄塔。

 人の気配は微塵もなくて、街はどこも荒廃していた。

 人のいなくなった街を私は歩く。

 目的地など無い。

 強いて言うのなら、食料と水と、それから服を手に入れることぐらいだろうか。

「それから、煙草と……」

 独り言。

 誰も相槌なんて打ってくれない。


 人気の無い街を歩くこと数十分。

 道中、飲食店やコンビニ、それから民家らしき建物に足を踏み入れて来たけれど、やはり誰もいなかった。

 当然のように食べ物、飲み物の類は一つも残っておらず、それどころか衣料品や、薬品の類も既に持ち去られていた。

 この街から人がいなくなって、どれだけの年月が経っているのかは皆目見当つかないが、僅かに残っていた雑誌や新聞の風化具合から察するにせいぜいが数年程度だろう。

 くるる、と私の腹が鳴る。

 目が覚めてからこれまで、そういえば何も食べていないし、飲んでいない。

 ここに至るまで、何か所か水たまりや排水溝は見かけたが、さすがにそこを流れている水を飲む気にはなれなかったのだ。衣料品どころか、寝泊まりする場所さえ確保できていない状態で、万が一体調でも崩してしまえば目も当てられない。

 とはいえ、そろそろ限界だ。

 街の様子から察するに、そう簡単に私以外の生きている人間に出会えるとも思えないので、いい加減に人探しは諦めて、拠点となるべき場所を探した方がいいだろうか。

 雨風が凌げて、食料と飲料水の確保が容易で、それなりに安全が確保された場所。

 最低限の条件がそれなのだが、さて……この荒廃した街に、私が求める条件に合致した場所はあるのだろうか。

 ビルや家屋は多いので、雨風を凌ぐの簡単そうだけど。

「トトみたいなのが、他に居ないとも限らないし」

 そうだ。

 トト。

 彼女は何だったんだろう。

 人じゃないのは確かだった。

 でも、人の形をしていたし、人の言葉をしゃべっていた。

「それに、人に似た感情を備えていた」

 共通する言語で話して、意思の疎通が測れるのなら、それはもう“人”と呼んでも差し支えないのではないか。

 だとしたら。

 もしもそうだとするのなら、私は私を助けてくれた“人”を傷つけたということだ。

「あぁ、くそ」

 情けない。

 情けない。

 情けなくて、吐きそうだ。


 空には厚い灰の雲。

 もうじき雨が降りそうだ。

 辺りが暗くなってきたのは、雨雲のせいか、それとも夜が近いのか。

 下着姿のまま雨に打たれるのは避けたいところだ。

 気は進まないが、どこか適当な家屋に入ってそこを一夜の宿とすることにしよう。


 三階建てのオンボロアパート。

 三階中央の六畳一間に寝床を確保し、埃に曇った窓越しに外の景色をぼんやり眺める。

 部屋にあったボロのシーツを、衣服の代わりに身に纏ったことで、肌寒さも多少は改善できた。

 これで後は、食料と飲み物、それから煙草があれば文句はないが、生憎とそのどれもを私は手に入れられていない。

 こうして雨の音を聞きながら、暗い景色を眺めることぐらいしかできない。

 くるる、と何度目かの腹の音。

 意識も少しぼんやりして来た。

 空腹はともかくとして、喉の渇きは雨水を飲めば多少は癒されるだろうか。衛生的とは言い難いが、水たまりや排水溝の水を啜るよりはマシだろう。

 錆び付いた窓を少し開けて、暗闇の中へ身を乗り出した。

 手の平を上に向けて、雨の中へと伸ばす。

 あっという間に手の平の上に水が溜まって、私はそれを一心に口元へと運んだ。

 渇いた口内と喉に水が染みわたる。

 少しだけ、生き返った心地がした。

 すぅ、とぼんやりしていた脳が、思考が、ほんの僅かにクリアになった。

 心ゆくまで水を飲んで、空腹感も多少は紛らわせられただろうか。所詮は一時凌ぎに過ぎないが、一時とはいえ命を繋いだことは確かだ。

 水さえあれば、人間は二週間ほど生を繋げるという話だったが……残念なことに、この雨はそう長く降り続けることは無いだろう。

 雨が上がれば、またどこかで水を得る手を探す必要がある。

「こういう時に、誰にも頼れないってのは……なぁ」

 心が折れる。

 孤独は“毒”だ。じわじわと人の心を侵し、弱らせる。

 記憶も無く、サバイバル生活を続ける知識も無い。

 心が折れて死ぬのが先か、それとも空腹と渇きで死ぬのが先か。

 そう思うと……。


「悔しくて、仕方ない」

 

 死にたくない。

 当然だ。

 私は生きている。死にたくない。死にたくない。死にたくない。長生きしたい。こんな荒廃した世界でも、誰も知り合いがいなくとも、記憶なんてどこにもなくとも、死にたくない。死にたくない。生きていたい。生きて、何をしたいってわけじゃないけれど、私はとにかく生きていたい。辛くてもいい。飢えや渇きに苦しんでもいい。怖い思いをしてもいいし、悲しい思いをしてもいい。とにかく生きていたいのだ。


 それが、生物としての本能だから。

「くそ。こんな惨めで、情けない気分のまま死ぬのは御免だ」

 どうせ死ぬのなら、私は満足して死にたい。

 後悔無く、生き抜いて、空に向かって中指を突き立てながら、笑って死にたい。

 そこまでできれば、私は死んでもいい。

 そこまでできないうちに、私は死にたくない。

「あぁ、ちくしょう」

 後悔、というのなら。

 私はまず、彼女に謝らなければならない。

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