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妖しの現場に猫がいる。  作者: 甲陽晟
第壱話 鬼を賈る者
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7 真琴 乱入のすえ、殺(や)られる

 私の乱入に二人の男が驚いた表情を見せていた。田中のこんな表情を見るのは初めてだ。


 「今の話、どういうことですか?」

 私は目を見張っていた己牟子に向かって問いただした。

 「あなた、なぜ、ここに来たんですか?」

 田中が慌てた様子で私に聞いてきた。

 そのそばで、己牟子がニヤリと笑った。

 「予想外の乱入者だな。まあいい。」

 己牟子はゆっくりとドアに歩み寄り、そのドアを閉めた。


 私の中で嫌な予感が駆け巡った。

 「聞かれた以上、ここから出すわけにはいかないな。」

 己牟子の目つきが変わった。

 「無駄な抵抗はやめて、おとなしく署まで来なさい。」

 私の身構える姿を見て、己牟子は鼻で笑った。

 「それはお前たちの方だ。」


 そう言ったかと思うと、己牟子の身体が風のようにすばやく移動した。

 あっという間に二人の前に移動すると、棍棒のような腕が横から走ってきた。


 田中がそれを受け止める。

 しかし、圧倒的な力で田中もろとも私も壁まで吹き飛ばされた。


 壁にしたたか身体を打ちつけた私は、一瞬、呼吸が止まった。

 「ゲホゲホッ!」

 全身が痺れて立ち上がれない。そこへ己牟子の右手が私の首に掛かった。


 私はなんとかその手を振りほどこうともがいたが、強烈な力で私の首を絞めるその手を振りほどくことはできず、逆に首に手を掛けたまま私を持ち上げた。

 途端に呼吸が困難になり、意識が遠退いていった。

 霞む目にソファでくつろぐクロの姿が映った。

 (なに、のんびりしてるの。)

 そう思いながら私は死を予感した。


 そのとき、己牟子の後ろから田中が体当たりしてきた。

 その衝撃で己牟子の手が緩み、私は床に落ちた。


 「邪魔するな。」

 そう言って、己牟子は田中の服を掴み、そのまま田中を放り投げた。

 ドアを突き破り、田中は部屋の外に飛び出ていった。


 私は喉の痛みと、激しくせき込む苦しさに耐えながら、腰に装着していた銃を抜いた。このさい、いたしかたない。


 「おとなしくしなさい!」

 銃口を己牟子に向けて叫ぶが、己牟子は怯む様子も見せず、代わりに嘲笑を返した。

 「撃ってみろよ。」

 自信たっぷりに言い放つ己牟子は、ゆっくりと近づいてきた。

 「動かないで。撃つわよ。」

 それでも己牟子は近づいてくる。それに合わせて私は後ずさりした。


 そこへ田中が己牟子にしがみついてきた。

 「馬鹿、早く逃げろ!」

 必死な形相で叫ぶ田中に、私は訳が分からなくなった。

 「うるさい奴だ。」

 己牟子の拳が田中の背中を撃った。

 その衝撃に田中は床に這いつくばった。

 「死ね!」

 己牟子の右足が田中の頭を踏み潰そうとした。私は思わず引き金を引いた。


 銃声が部屋に轟き、発射された銃弾が己牟子の胸に当たった。

 (やってしまった。)

 私の中で初めて人めがけて撃った興奮と後悔が入り混じって噴流した。

 「早く逃げろ。」

 呆然と立ち尽くす私に向かって、田中が同じことを叫んだ。


 その声で我に帰った私は、あらためて己牟子を見た。

 目の前で信じられないことが起こっていた。

 己牟子の身体が数倍に膨れ上がり、着ていた服がその圧力に抗しきれず、びりびりと破れていった。

 目が吊り上がり、髪の毛が伸び、口が大きく裂けて、その中から牙が伸びてきた。身体の色も血にも似た赤に染まり、その爪はナイフのように長く伸びていた。

 なによりも私を驚かせたのは、角と長い尻尾が生えてきたことだ。


 「こいつ、何者!」

 「よくも撃ったな。」

 低く籠った声を発しながら、己牟子は私を睨みつけた。

 (おまえが撃てといったんでしょ。)

 そう思いながら私はその場から逃げることを考えた。

 「正当防衛だな。これでお前を殺しても罪にはならない。」

 (何言っているの?)

 己牟子の言い分を理解できない私は、再度銃を構えた。

 「そんなもの、私には通用しないことはさっきのでわかったろう。」

 「うるさい!」

 叫びながら私は引き金を引いた。


 銃弾が己牟子の肩に当たるが、己牟子は何の変化もみせない。

 「馬鹿が。」

 己牟子の右手が私の手を掃った。

 その激痛と衝撃に銃が手から離れ、部屋の片隅に飛んでいった。


 恐怖が全身を支配した。

 「死ね!」

 己牟子の右腕が高く掲げられた。その先にはナイフのような五本の爪が見える。

 その腕が私に迫った。


 思わず目を瞑る。


 しかし、痛みも衝撃もなにもない。


 目を開けると、己牟子の腕に田中がしがみつき、噛みついていた。

 「離せ、このサルが!」

 己牟子は田中を振り払おうと腕を大きく振った。

 その勢いに抗することができず、田中は私のそばに投げ飛ばされてきた。

 私は恐ろしさのあまり、部屋から逃げ出そうと壊れたドアに向かった。

 「逃がすか!」


 己牟子の尻尾が私に襲い掛かってきた。

 「キャ── !」

 叫ぶ私の前に田中が立ちはだかった。

 己牟子の尻尾をまともに受ける。


 「ぐふっ」

 田中の身体が真っ二つに裂け、左右に吹き飛んだ。


 その状況を理解できないまま、私はただただその場から逃げた。

 視線の先にオフィスから出るドアが見える。


 もう少し走れば逃げられる。そう思ったとき、私の背中から腹にかけて、いままで味わったことのない衝撃と激痛が走った。


 思わず自分の腹を見た時、己牟子の尻尾が私の身体を貫いていた。

 「えっ、うそっ」

 信じられない思いを抱きながら、私の身体から急速に力が抜け、丸太のように俯せに倒れこんだ。


 床を真っ赤な血が流れていく。

 自分の血だと思いながら私の意識は徐々に薄れていった。

 (私、死ぬの?)

 他人事にように思いながら目の前が暗くなっていった。


 「あ~ぁ、せっかくの人形が台無しだぜ。」

 いままで聞いたことのない声が、突然、耳に入ってきた。


 (だれ?)


 それを確認しようと声のした方に頭を動かした。その霞む目に映ったのはクロの姿であった。


 (…クロ…?)


 私の意識はそこで途切れた。


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