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妖しの現場に猫がいる。  作者: 甲陽晟
第壱話 鬼を賈る者
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4 真琴 病院でクロと再び出会う

 「それで、黙って見送ったっていうのか?」

 主任の、今日二度目の非難の目にさらされながら、私は黙って突っ立っていた。それをいいことに、主任の説教は長々と続いた。半分以上は愚痴だが。


 解放されたのは、課長が入ってきたおかげだ。

 「もうそれくらいでいいだろ。実際、任意であることは確かなんだ。最近は世間の目というのもあるからな。」

 課長にそう言われては、主任も黙って引っ込まざるを得ない。

 「それでやつはなにか言ったのか?」

 「この3か月の間に、似たような事件が他の管内でも起きているんです。そして、例の変死体と同じものが他の現場にもなかったか調べてほしいと言ってました。」

 「なんだ、それは?」

 主任は首を傾げながら私を見つめた。課長も同じ顔をした。

 「私にもわかりません。しかし、もし他の事件でも同じような変死体があったならそこに共通点があるのでは?」

 「うむ…」

 主任はその話を取り合わないという体を見せているが、課長は半信半疑ながら私の話に乗ってきた。

 「丸目、まずはその変死体がなかったか、調べてみろ。」

 「しかし、時間の無駄では?」

 「捜査の大半は無駄足だ。つべこべ言わずにやれ。」

 課長にそう言われて、主任は渋々同意した。

 私は内心、いい気味だと思いながら田中が知りたがっていた病院に当たることにした。

 

 翌日、私は変死体が解剖に付された(くだん)の病院に向かった。

 病院に着くとすぐに解剖を担当した先生に面会を求めた。幸いにも先生は在席している。

 私は受付に教えられた部屋に向かい、ドアをノックをすると、すぐに返事が返ってきた。

 「失礼します。」

 医療関係者特有の雑然とした部屋の中央に、解剖を担当した先生がいた。

 「やあ、いらっしゃい。今日は何の用ですかな?」

 法医学の砂金(いさご)先生は丸い顔に笑みを浮かべて、私を出迎えてくれた。


 「先生、お伺いしたいことがあるんですが。」

 「なんですか?」

 「先生のところに今回のような変死体が来ませんでしたか?」

 「今回のような?」


 先生は顎に手を当て、しばらく記憶をたどるような様子を見せていたが、なにか思い出したような顔をして私を見た。

 「そう言えば、ここじゃあないんだが、別な病院で似たような遺体の解剖をしたな。」

 「別な病院で?」

 私は興奮したような仕草をして続きを待った。

 「その病院からの要請で助っ人に出向いたんだが、そこに今回と似たような変死体があってね、死因は違うが、状態は今回と似ていた。」

 「やはり、異常に体液や筋肉量が減っていたということですか?」

 「ああ、そのとおりだ。ここじゃあなかったんで今まで忘れていた。なんせ月に何体も解剖するからね。」


 苦笑交じりに先生は冷蔵庫を開けると、中から缶コーヒーを二本取り出した。

 「飲むかね?」

 「ありがとうございます。」

 私は素直に缶コーヒーを受け取った。

 「他になにか気がついたことはありませんでしたか?」

 「気がついたことか…」

 先生は缶コーヒーを開けながら、また記憶をたどった。


 「そうだな。あとは舌が焼けていたことかな。」

 「舌が焼けていた?」

 「ああ、双方とも舌が焼けていた。原因はわからんがね。」

 先生は不思議そうな顔をし、私もつられて首を傾げた。

 「そのことを聞きに来た人はいませんでしたか?」

 「聞きに来た人?」

 先生は首を傾げながら、缶コーヒーに口をつけた。

 「さてね。少なくとも私のところにはこないな。」

 「そうですか?」

 私はがっかりしたようにうなだれ、缶コーヒーを開けて、口をつけた。

 「もし、だれか今のことを聞きにきたら私に知らせてくださいませんか。」

 そう言って、私は自分の名刺を出した。

 「ああ、いいよ。」

 快い返事をもらい、私は先生の部屋を出た。


 「舌が焼ける…」

 私は先生の言ったことを頭で整理しながら廊下を歩いて行くと、目の前を黒いものが横切ったのが見えた。

 「まさか…」

 私は自分の想像を確かめるために、その後を追った。


 想像通り私の前を歩いて行くのは、猫のクロであった。私はクロを抱き上げようと追いかけ、両手を伸ばした。しかし、クロはスルリと私の手を躱し、先に歩いていった。

 階段を降り、地下室を進むとある部屋の前で止まった。

見ると“霊安室”とプレートが掲げてある。クロはそのドアを盛んにひっかいていた。

 「だめよ。」

 私はクロを抱き上げると、上に戻ろうと振り返った。すると、目の前に田中が立っていた。


 「あなた…」

 驚きの表情を見せる私に、田中は相変わらずの無表情を向けていた。

 田中は私に近寄るとクロを取り上げ、そのまま“霊安室”のドアを開けた。

 「ちょっと、ダメよ。」

 私が田中を止めようと肩に手を伸ばすと、田中は私の手を軽く躱し、室内に入っていった。私も後を追って室内に入る。


 殺風景な室内の中央にテーブルのようなベッドが置いてあり、そのうえにシートをかぶせた遺体が横たわっていた。

 田中はその遺体の前に立つと、シートを掴み、思いっきり剥がした。

 例の変死体がそこにあった。

 「あなた、なにするつもり?」

 私が田中に近づこうとするのを、田中は手で制し、遺体に顔を近づけ、しげしげと覗き込んだ。

 田中の手の中のクロもなぜか、遺体をじっと見つめていた。

 私はなんとなく不気味さを感じ、しばし、その様子を眺めていた。


 しかし、クロが田中の手を抜けて、遺体の上に乗る段になって、その不遜な行動に私の怒りが爆発した。

 「いい加減にしなさいよね。」

 そう怒りの言葉を発しながら田中の手を握った時、私の手に冷たい感触が伝わった。

 (なに、こいつ。手、(つめ)た。)

 田中は私の怒りを素知らぬ顔で無視し、握った私の手を掃うと、そのまま部屋を出ていこうとした。

 「ちょっと待ちなさいよ。」

 田中の後を追い駆けようとした時、遺体の上にまだクロが乗っていることに気付いた。クロは遺体の上で盛んに匂いを嗅いでいる。

 「あなたもそんなところにいないの。」

 私は嫌がるクロを抱き上げて、田中の後を追って部屋を出た。


 部屋を出たその目の前に田中が立っており、私は驚いて急ブレーキをかけた。

 「あなた、なに、そんなところで突っ立ているの?」

 怒りにまかせて無茶苦茶のことを言う私に、田中は平然としていた。

 「あなたが待ちなさいと言ったから待ってました。」

 その返答に私は二の句が告げなかった。

 「ほら、クロ。ちゃんと面倒見なさいよね。」

 腹立ちまぎれにクロを差し出すと、田中は素直に受け取った。そして、そのまま踵を返すと、階段の方へ歩いていった。私もその後を追う。


 「あなたね。どうしてここがわかったの?」

 「あなたの後を追ってきました。」

 「追ってきたって…、黙ってここに来たらまずいでしょ。」

 「いけませんか?」

 「いけませんかって、関係者以外立ち入り禁止よ。知らないの?」

 「はい。」


 私の説教に田中の反応があまりにあっけらかんとしているので、私は呆れかえって説教するのが、バカバカしくなった。


 病院のエントランスホールに出ると、私は田中の前に立ちはだかった。

 「とにかく、署に来てくれる?」

 「なんのためにですか?」

 「病院の立入禁止区域に勝手に入った理由を聞かせてもらうわ。」

 「立入禁止に入ったのは、あなたも同じではないですか?」

 田中の思わぬ反論に、私は次の言葉を飲み込んだ。

 「ともかく話を聞かせて。」

 強引に連れていこうとする私を、田中は予想外に抵抗した。

 「話なら私の店でもできるでしょ。」


 そのとき、私のスマホが鳴った。

 出ると、相手は主任であった。

 「ふくろこうじか?すぐに署に戻って来い。」

 「なにかあったんですか?」

 「話は署に来てからする。すぐに来い。」

 「わかりました。」

 スマホを切って、バックにしまうと私は改めて田中を見た。あいかわらずの無表情だ。

 「今日はいいわ。明日、話を聞かせて。」

 「ええ、暇ですから。いつでも来てください。」

 その受け答えにムカつきながら私は、田中と別れた。


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