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妖しの現場に猫がいる。  作者: 甲陽晟
第壱話 鬼を賈る者
5/19

3 真琴 クロを連れてくる

 「で、その猫をいっしょに連れてきたという訳か?」

 丸目は明らかに私に非難の目を向けた。

 「申し訳ありません。つい…」

 私は何度も頭を下げた。

 そう繰り返される私の謝罪に、丸目もあきらめ顔でため息をついた。

 「わかった。やっこさんは俺と小谷野で聴取する。お前はその猫の面倒を見ていろ。」

 「はい…」

 やはり、そうなるかとため息をつくと、私の腕の中でクロが鳴いた。


 私はクロを抱いたまま、部屋を出て、会議室に向かった。

 「さて、どうしたものかな?」

 テーブルにクロを置きながら、私は思案に暮れた。そんな私を尻目にクロはテーブルから飛び降りると、会議室から出ていこうとした。

 「待って、どこへいくの?」


 クロを捕まえようとしたとき、会議室のドアが開いた。目の前に婦警が立っている。

 「あら、真琴、なにをしてるの?」

 生活安全課の真栄田(まえだ)だ。

 その足元をクロがすり抜け、廊下に出ていった。

 「あ、待って。」

 私が追いかけるのを見て、真栄田は何事かという顔をした。見ると黒猫が一匹、廊下を駆けていく。

 「麻紀(まき)もあの猫捕まえて。」

 そう私に促されて、その婦警(マキ)も私といっしょにクロの後を追った。

 しかし、二人ともクロを見失ってしまった。

 「あなたはあっちを探してくれる?」

 「あの猫、いったいなんなの?」

 「大事な証人よ。」

 えっ!と声を出して私を見つめる真栄田を残して、私はクロの行方を追った。


 あちこちを探し回り、辿り着いたのは捜査課の部屋であった。

 中を開けると、皆出払っていて誰もいない。

 「こんなところにいるわけ……、なくない。」

 私の目に机に乗っかり、パソコンのキーボードで遊んでいるクロの姿が映った。

 「だめよ。いたずらしちゃ。」

 私がクロを抱き上げたとき、パソコンのモニターに映し出されている警視庁のデーターベースの画面が私の注意を引いた。

 「これは?」


 それは一週間前、別の管内で発生した殺人事件のデータであった。

 チンピラがたむろするスナックに何者かが襲撃し、その場にいた3人の人間が惨殺された。

 「全員が獣に襲われたように無残な死に様。抵抗の跡もあるが、犯人はいまだ捕まっていない。同じような事件だわ。」

 私は他に似たような事件がないか、検索してみた。すると、外に3件の似たような事件がヒットした。どれも人間がやったとは思えないような現場の状況であり、なかには身体をバラバラに引き千切られた遺体もあった。

 そして、そのどれも犯人が捕まっていない。


 「ここ、3ヶ月で計4件、今回のを含めれば5件。異常だわ。」

 気が付くと傍らにクロがじっとモニターを眺めていた。その真剣と思える目つきに私はなにやら不気味さを感じた。

 「とにかく、調べてみる価値はありそうね。」

 私は机から離れると、クロを抱き上げ、主任のもとに急いだ。

 主任は、取調室の前で小谷野となにかを話していた。


 「主任。」

 「おお、ふくろこうじか。」

 「お話が…」

 そう言いかけた時、主任が私の言葉を遮った。

 「その前にやつがおまえと話がしたいとよ。」

 「やつって、田中のことですか?」


 私は急な話の展開に戸惑った。てっきり主任たちがきっちりと事情を聴いていたと思っていたのだ。

 「なぜ、私と?」

 「さあな。おれたちとは一言もしゃべらず、人形みたいに口を閉ざしたままだった。ついさっき、やっとしゃべったと思ったらおまえと話がしたいとよ。」

 主任はうんざりしたような顔をして、両手をあげた。そばにいた小谷野も苦笑いを浮かべている。

 「いえ、私にも主任に話したいことが…」

 「それは後でいい。まず、やつと話をしてみてくれ。」

 そう言うと、私の肩をポンと一つ叩いて、その場を去っていった。私はため息をつきながらクロを小谷野に預け、取調室に入っていった。


 狭い取調室の真ん中、スチール机の前に田中がパイプ椅子に座って、こちらを見ていた。相変わらずの無表情だ。

 「私と話がしたいそうね。」

 私も対面に座って、高飛車に尋ねた。

 そのとき、足元で猫の鳴き声がした。見ると、あの黒猫がいつのまにか田中の足元にいる。田中はクロを抱き上げると、また私の方を見た。

 (小谷野、猫の一匹も面倒見れないのか?)

 「同じような事件があったようですね。」


 田中の唐突に発した言葉に、私はドキリとした。

 「なぜ、それを…?」

 「それはどうでもいいことです。似たような事件が起きている。その共通点を見つけましたか?」

 「共通点?」

 私は怪訝そうな顔をした。

 「そうです。その事件現場の近くに、今回と同じような変死体がありませんでしたか?」

 「変死体?」

 私はさっき見た、モニターの画面を思い出そうとした。しかし、事件のデータに気を取られ、田中が言ったことには気づかず、それゆえ記憶にもない。

 「あの変死体が他の事件現場にもあったというの?」

 「同じ現場かはわかりません。ただ少なくとも同じ日に今回と同じような変死体がなかったか、調べてみてください。」

 「調べてくださいって、そんなこと言われなくてもやるわよ。」


 田中の言いっぷりに、多少不機嫌になりながら私は立ち上がった。その私を見て、田中が引き留めるように口を開いた。

 「あと、私をその変死体の安置してある病院に連れていってくださいませんか?」

 「え?」

 田中の唐突な申し出に、私は目を丸くした。

 「どういうこと?」

 「その変死体を見てみたいんです。」

 その言い草に私はカチンときた。

 「そんなことできるわけないじゃあない。」

 「なら、その病院を教えてください。」

 私の怒りを素知らぬ顔でスルーした田中は、当然と言わんばかりに私に申し出てきた。

 「そんなこと、あなたに教えられないわ。」


 私は勝手な田中の申し出を突っぱねた。それを聞いて田中はがっかりした様子を見せるかと思うと、例の無表情のまま立ち上がった。

 「なによ。文句でもあるの?」

 私が身構えると、田中はわき目も振らずに部屋を出ていこうとした。

 「ちょっと待ってよ。事情聴取は終わってないのよ。」

 「これは任意ですよね。私が帰りたければ帰っていいんじゃないんですか?」

 田中は相変わらずの無表情で言い放つと、言い返せない私を置いて、取調室から黒猫とともに出ていった。


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