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妖しの現場に猫がいる。  作者: 甲陽晟
第壱話 鬼を賈る者
3/19

1 真琴 事件現場にいく

 その日はひさしぶりの晴れの日であった。

 雨か曇りの日が続き、身も心もカビが生えそうな毎日に、いい加減、嫌気がさしていたところだ。

 そんな気持ちを一瞬で吹き飛ばしてくれる朝の晴れ間に、私は単純と思いながら窓からのぞく真っ青な空に目を細めた。

 そんなとき、スマホが鳴った。

 嫌な予感を抱えながらスマホを取ると、案の定、電話口から聞き覚えのあるだみ声が響いてきた。


 「ふくろこうじか?」

 「主任、私の名前はふくろじです。何度言ったらわかるんですか?」

 「そんなことは、どうでもいい。殺しだ。すぐに来い。」


 そう言って、主任は現場の住所を言うと、電話を切った。

 主任の角張った顔を思い浮かべながら、私は一つため息をついた。

洗面所で顔を洗い、鏡の中の自分を見つめて、いつになったら袋寺真琴(ふくろじまこと)という私の名前をちゃんと呼んでくれるんだと愚痴りながら、私は洗面所を出、クローゼットから黒のビジネススーツを取り出し、それに着替えた。

化粧もそこそこに自分の部屋から出ると、強い日差しが嫌な気分を一新させた。

 これから事件現場に向かうのだ。

 警察官としての正義感が高揚となって胸を膨らませた。

 

 タクシーで駆けつけた現場は、繁華街の端に位置する雑居ビルだ。入り口には規制線が張られ、警官が野次馬を押さえている。

 軽く敬礼をすると、警官が規制線のテープを上げてくれた。感謝の笑顔を送りながらそれを潜り抜けると、雑居ビルの狭い階段を上がっていった。

 現場は3階のはずだ。


 3階についてみると、すでに鑑識の人間がある部屋を出入りしていた。

 「袋寺さん、これを。」

 傍らにいた若い(といっても自分と同じくらいだが)が足カバーを差し出した。それを受け取り、パンプスの上からそれをつけると、ポケットから白い手袋を取り出した。

 繁華街の雑居ビル特有の狭く、薄暗い廊下を問題の部屋に歩み寄った。

 入り口の前には、角張った顔の男と細長い顔の男が何かを話していた。


 「来たか。ふくろこうじ。」

 またかと思いながら、男の前で軽く挨拶をした。

 「主任、現場はこの中ですか?」

 「ああ、中に入って見るといい。」

 主任の口元に意地悪い笑みが浮かんだ。

 なにかある。

 いやな予感を胸に、私は部屋の中に入った。事務所として使っているのか、中はまあまあ広い。


 予感はすぐに的中した。


 その壁と言わず、天井、床、いたる所に血痕や肉片が飛び散っている。それと同じくらいに銃痕があちこちについていた。

 床には遺体が転がっている。しかも複数だ。

 私はしばし、あっけにとられた。

 少なくとも、私の経験では見たこともない悲惨な現場だった。

 よく見ると、どの遺体も損傷が尋常ではない。


 「どうすれば、こんなことに…?」

 「なるのかといいたいか?」

 いつの間にか主任の丸目(まるめ)が後ろに立っていた。

 「一体、なにがあったんですか?」

 「殺人事件さ。ちょっと異常な、な。」

 「殺人事件?被害者は?」

 私は喰ってかかるように主任に尋ねた。

 「この事務所にいた全員だ。総勢で5人。」

 「5人。一度にですか?」

 「現場の状況からそうなるな。」


 主任は、なんの感情も見せず説明した。しかし、私には納得できないことがあった。

 「あの銃痕はなんですか?」

 「被害者が撃ったもののようだ。」

 「被害者?」

 「言ってなかったが、ここは桜花会(おうかかい)の事務所のひとつだ。」

 「桜花会…」

 言わずと知れた暴力団だ。最近は特殊詐欺の元締めと目されている。

 「すると被害者というのは、その構成員ですか?」

 「そう言うことだ。」


 主任は冷めた目で周りを見ながら散らばっているノートを拾い上げた。私は再度、周りを見回し た。血の匂いで目眩がする。

 「遺体は大学に回されて、今日中には司法解剖されるだろう。」

 淡々と話す主任の元に別の刑事が駆け寄ってきた。

 「主任、もう一体、変死体が見つかりました。」

 「なに⁉」

 主任の目が大きく見開かれ、急いで部屋から出ていった。当然、私も後に続く。


 現場は雑居ビルから500メートルほど離れた裏路地であった。主任の後についていった私は、狭い路上の真ん中に横たわる異様な遺体に目を見張った。

 周りにはすでに鑑識官員がさかんに遺体を調べていた。

 主任がその遺体に近寄ると、思わず大きくうなった。私もその後ろから覗き込むと、更に遺体の異様さが目に付く。

 その遺体は、身体の養分を吸い取られたようにやせ細っていた。まさしく骨と皮だけと言ってよかった。

 顔は苦悶に大きく歪み、アスファルトの地面を掻きむしったのか、爪がすべて剥がれていた。


 「死因はなんだ?」

 主任が傍らにいた鑑識官員に尋ねた。

 「たぶん、銃創によるショック死でしょうね。全身に8発ほど撃ち込まれています。」

 鑑識官員の言葉に、遺体のあちこちに銃痕が見て取れた。一発は顔の真ん中に撃ち込まれている。 しかし、思ったほど出血がない。

 私は不思議に思った。

 「出血があまりないですね。」

 私の言葉に、鑑識官員も同調の表情を見せた。

 「そうなんだ。これだけの傷ならもっと出血があっていいものだ。」

 「別なところで殺されて、ここまで運んだということは?」

 主任の疑問に係官は首を横に振った。

 「途中にガイシャのものと思われる足跡がありました。自分で歩いてきたようです。」

 「歩いてきたなら血痕があってもいいものだが…」


 主任はガイシャの足跡を確認するように、後ろを振り返った。私もおなじように振り返った時、道路の向こうに立っている青年に目が留まった。

 青白い顔に無表情の目を持つ、世間的にはイケメンと言われるような青年は、黙ってこちらを見つめていた。その腕には黒猫が抱えられている。

 私は、青年よりその黒猫になぜか惹かれた。

 「どうした?ふくろこうじ。」

 主任の声に私はハッとして、声の主の方に目を向けた。

 「いえ、なんでもないです。」

 取り繕ったように答えた私に、主任は特に不審な顔をするでもなく、遺体のそばにかがみこんだ。 私はもう一度、後ろを振り返ったが、例の青年も猫もいなくなっていた。


 警察署にもどった私たちは、さっそく捜査会議をはじめた。

 「被害者は桜花会の構成員5人、身元不明が1人の計6人です。5人は事務所に居た所をやられたようです。」

 「死因は?」

 会議室の上座に座る捜査課長が尋ねた。

 それに細長い顔の男、丹路(たんじ)が答えた。

 「死因は全員、外傷性ショックと大量出血です。なんせ腹や胸を引き裂かれていて、中には首の皮一枚残して、引きちぎられていた者もいます。ひどいものですよ。」

 丹路は嫌なものを食べたような渋い顔をして報告した。

 「大学の先生もまるで獣にやられたようだと言ってました。」

 丹路の隣に座っていた男が付け加えた。

 それを聞いて課長は口をへの字に結んだまま唸った。


 「もう一人の男は?」

 課長の問いに丹路はメモ帳をめくった。

 「男に身元を証明するものは一切ありませんでした。年齢も二十代から五十代と幅が広く、外見から身元を割り出すのも難しそうです。」

 「男はかなり痩せているそうだな。」

 署長の問いに丹路は頭を掻いた。

 「元々痩せていたわけではないようです。」

 「というと?」

 「体の体液が殆どなくなっていて、筋組織もかなりの量、失っていたようです。」

 「出血が少ないのはそのせいか?」

 丸目が丹路に問いかけた。

 「そのようですね。大学の先生もなぜこうなったか、首をひねっていました。」

 いままでの様子を聞いていて私は、なぜか人間の仕業ではないという笑われるような想像をした。

 「目撃者の捜索、身元不明の遺体の照会、桜花会の構成員の人間関係、それを手分けして当たってくれ。」

 捜査課長の言葉に全員が威勢よく返事をし、会議室を退出していった。私も同年代の小谷野(こやの)といっしょに目撃者の捜索に当たった。


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