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妖しの現場に猫がいる。  作者: 甲陽晟
第壱話 鬼を賈る者
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鬼 暴力団事務所を襲う

 その夜も雨が降っていた。

 朝から降り続く雨は、街のいたるところを濡らし、アスファルトのそこかしこに水たまりを作った。

 繁華街とはいえ、夜も十二時を過ぎ、しかも雨のせいで人通りもまばらだ。

 その雨の通りを傘もささずに歩く一人の男がいた。

 ぼさぼさの髪と無精ひげを雨で濡らし、着ているヨレヨレのスーツもびしょ濡れだ。しかし、男はそんなこともお構いなく、ゆっくりと歩いていく。

 その向かう先には古い雑居ビルがあった。

 男は迷うことなく、そのビルに入り、入り口のすぐそばにある階段をゆっくりと登っていった。


 深松は、黒光りする拳銃を磨きながら喜々とした表情をしていた。それをすぐ横に座る春山が気味悪そうに見ていた。

 「おい、深松。そんなもの、さっさとしまえ。」

 兄貴格の若生が低くドスの効いた声で注意した。

 「わかってますよ。でも、やっと手に入れた拳銃(チャカ)なんだ。うれしくて、うれしくて。」

 愛した女を愛でるように、深松は拳銃を磨き続けた。そんなとき、表のチャイムが鳴った。


 「だれだ?こんな時間に。」

 その場にいた全員が身構えた。

 「へんなおっさんが玄関に立ってるぜ。」

 監視カメラのモニターには、みそぼらしい格好をした男が一人立っているのが映っている。

 「一人か?他にだれかいないか?」

 若生の問いかけに、注意深くモニターを見ていた丸本は、目を離し、若生の方に身体を向けた。

 「他には誰もいないようだ。おっさん、一人のようだぜ。」

 「おい、深松。おまえ、出てみろ。」

 若生の命令に、深松は面倒くさそうに立ち上がった。


 腰に拳銃を差し込みながら玄関に向かうと、鍵を開け、ドアを少し開けた。隙間の向こう側に、ずぶ濡れの男が立っている。

 「おい、何の用だ?」

 「金を返してくれ。」

 男がボソッと呟いた。

 深松は、声の小ささによく聞き取れず、怪訝な顔をした。

 「え?なんだ。」

 「金を返してくれ。」

 男は同じことを繰り返した。今度は深松にも聞こえた。

 「金を返せ?寝ぼけたことを言ってんじゃあねえよ。帰んな。」


 そう言ってドアを閉めようとしたとき、その隙間に手がかかった。深松はその手ごとドアを閉めようとしたが、ものすごい力で押さえつけられ、ドアは閉められなかった。

 「金を返せ。」

 ドアの隙間に男の顔が覗いた。

 血走った目に、半開きの口。赤みを帯びた顔は尋常には見えなかった。

 「手を離せってんだよ。」

 無理やりドアを閉めようとしたが、男の力はますます強まり、深松の手のほうがドアから外れた。

 男はその機にドアを開けようとした。しかし、チェーンが掛かっており、それ以上は開かなかった。


 「どうした。深松?」

 後ろから遠藤がやってきた。

 「頭のおかしいのが来たようだ。」

 深松と遠藤が話している後ろでは、男がドアを開けようと盛んに引っ張っていた。そのため、ドアチェーンがうるさく鳴っている。

 「いい加減にしろ!おっさん!」

 深松がドアに向かって叫んだ時、ドアチェーンが切れた。

 チェーンの輪が飛ぶと同時に、ドアが目一杯、開かれた。


 深松と遠藤の前に立っていたのは、先ほどまでのみそぼらしい男ではなかった。目が吊り上がり、口が耳まで避け、犬歯が長く伸びている。

 更に額から角まで生えている。

 まさしく鬼だ。

 それを見た深松は、全身に恐怖が走り、思わず腰の拳銃を抜いた。

 銃口が鬼と化した男に向けられたが、男は意に介せず、玄関に上がってくる。

 「止まれ!拳銃(こいつ)が目に入らねえのか⁉」

 深松の威嚇を無視して、男は深松に歩み寄ってきた。

 「来るな!」

 深松の拳銃が火を噴いた。

 見事に胸の真ん中に命中した。

 しかし、男は倒れることなく、なおも深松に近づいてくる。恐怖に駆られた深松が二発目を撃とうとした時、男が大きく口開け、いきなり深松の首筋に噛り付いた。


 「ぎゃあぁぁ~‼」


 絶叫が部屋に響き、鮮血が床や壁に飛び散った。

 そばにいた遠藤は手近にあったゴルフバックからクラブを抜き、男めがけて殴りつけた。

 鈍い衝撃とともにクラブが変な形に折れ曲がった。

 「!」

 男の目が遠藤を睨んだ。

 恐怖が遠藤にも伝播し、やみくもにゴルフクラブを振り回し、男を殴りつけた。


 その騒動に三人の男も奥から顔を出した。

 そこで見たものは、首を食い破られて床に転がる深松の姿と、首を締め上げられて、今まさに絶命しようとしている遠藤の姿だった。

 「ひぃぃぃ~‼」

 丸本が変な声で悲鳴をあげた。

 それに触発されるように若生が拳銃を取りだした。

 それを見て男が三人に襲い掛かった。


 その部屋から悲鳴と物の壊れる音、そして銃声がしばらくの間、鳴り響いていた。やがて、音が止むと、静寂が辺りを包み、やがて部屋から男が出てきた。

 全身に返り血を浴び、手には肉片がこびりついていた。

 男は階段を降り、ビルを出ると、来た道を戻り始めた。

 すでに雨は止み、雲の切れ間から月が顔を覗かせている。


 足を引きずるように歩いていた男が、突然、苦しみだした。

 胸を掻きむしり、身を震わせ、擦れた声を絞り出しながら地面に倒れこんだ。地面に倒れてものたうち回り、思わずアスファルト路面に爪を立てて、苦しみ続けた。

 やがて、男の身体から霧のようなものが噴き出し、それに伴い男の身体が徐々に萎んでいった。

 最後に男の口から青白い炎の玉が滑り出ると、男は動かなくなった。


 男から飛び出た青白い玉は、そのまま宙を漂い、やがて天へ上昇していった。その玉を上空で何者かの手が掴んだ。

 その者は掴んだ玉を口に運び、飲み込んでしまった。

 「うまい…」

 一言呟くとその者はどこへともなく飛んでいった。


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