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妖しの現場に猫がいる。  作者: 甲陽晟
第弐話 殺人器
14/19

3 おかしな事件にクロ、推理する―真琴、大いに疲れる

 「それで、犯人はわかったのかい?」

 「捜査は始まったばかりよ。そんなすぐにわかるわけないでしょ。」

 真琴は疲れた体をベッドに横たえながら、クロに答えた。クロは真琴の枕元にうずくまって、真琴の横顔をその緑の目で見つめた。


 「そのホステスというのは、どうなんだ?」

 「被害者に用事があって尋ねただけで、気がついたらリビングに被害者が倒れていたんだって。」

 「気がついたら?」

 クロは真琴の言葉に小首を傾げた。


 「でも、そのホステスが犯人というのは難しいわね。動機がないし、第一、凶器を持ってなかったんだから。」

 「凶器か?」

 真琴は昼間の疲れが出たのだか、大きなあくびをした。

 「ほんと、凶器はどこに消えたのかしら。まさか、飛んでった訳でもないし。」

 その言葉にクロは苦笑いをした。


 「隣が聞いたというインターフォンは、なんだったんだ。」

 「宅配便よ。」

 「宅配便?」

 「ええ、1階のエントランスにある防犯カメラにも映っていた。宅配便が来たようよ。」

 「どこからの宅配便だ?」

 と尋ねたが、真琴はすでに夢の中だった。クロはため息をつくと、真琴のそばに寄り添うように寝そべった。

 「気がついたら倒れていた…。宅配便…。」

 クロは前足で顔を拭いながら、真琴の言葉を思い返していたが、そのうち眠りについていた。



 翌日、真琴と小谷野は被害者のクラブに向かった。

 中には店の準備にバーテンが忙しそうに働いていた。


 「ママが亡くなったっていうのに、店、開けるの?」

 皮肉交じりに真琴が尋ねると、バーテンは嘲笑を浮かべて仕事の手を止めた。

 「こちとらおまんまを喰っていかなきゃならないんでね。ママが死んでも、店は開けるんですよ。」

 「でも、ママがいなきゃ、店も成り立たないだろ。」

 小谷野が横から口を挟んだ。

 「チイママもいるし、ホステスもいるから大丈夫ですよ。」

 そう言ってバーテンは、グラスを拭き始めた。


 「ママを恨んでいた人とか心当たりはない?」

 真琴はカウンター越しにバーテンに尋ねた。

 「恨んでいる奴なんかごまんといますよ。オーナーをはじめ。」

 「オーナー?オーナーがなぜ?」

 「良く知らないけど、ママ、他のクラブにスカウトされていたようですよ。」

 「スカウト?」

 小谷野が首を傾げた。


 「ヘッドハンティングっていうんですか。せっかく金を出して店を持たせて、流行らせたのに、ホステスごと他の店に移られちゃ、オーナーの面目まるつぶれですよね。しかも、男ができたって話ですし。」

 バーテンは被害者がいないことをいいことに、ベラベラしゃべった。どこまでが本当かはわからないが。

 「他に恨んでいる人は?」

 真琴が更に尋ねると、バーテンはグラスをカウンターに置いて、真琴に顔を近づけてきた。

 「ママ、金貸しもしていたから、金を借りていたやつも恨んでたでしょうね。」

 「あなたも含めて?」

 真琴の言葉にバーテンは顔を赤らめて、そっぽを向いた。

 勘で言ったが、当たりのようだ。


 「あなた、昨日の朝九時から十一時の間、どこにいたの?」

 今度は真琴が顔を近づけた。

 「昨日の九時から十一時?行きつけのパチンコ屋でパチンコしていたよ。」

 「どこのパチンコ屋?」

 バーテンの顔に焦りの色が浮かんだ。



 「アリバイは確かでした。パチンコ屋の防犯カメラに映っておりましたし、店の定員も顔を覚えていました。」

 「では、バーテンは白か。他の者は?そのオーナーはどうなんだ。」

 丸目が戻ってきた真琴と小谷野に質問した。


 「オーナーは海外に出張中で、その日も日本にいません。」

 「確かか?」

 「確かですね。」

 小谷野が自信たっぷりに答えた。

 それを聞いて丸目は考え込んだ。


 「ねえ、宅配便のほうはどうだったですか?」

 真琴がそばにいた丹路に聞くと、丹路は内ポケットから手帳を取り出し、書いてあるものを確認した。

 「確かにあの日の九時半ごろ宅配便が届いている。営業所で確認をとった。」

 「どこからなんですか?」

 「オーナーからのようだ。住所もオーナーの住所だ。」

 「オーナーが?」


 「ものはなんだったんです?」

 小谷野が丹路の手帳を覗き込もうとして、丹路に睨まれた。

 「よくわからない。」

 「防犯カメラの映像では細長いものでしたよね。」

 駒野目が丹路の言葉を引き取って答えた。

 「細長いもの?そんなもの部屋にはなかったですよ。」

 「でも、届いてたのは確かよ。包装紙の切れ端があった。」

 「ともかく、引き続いて関係者を当たってくれ。それから目撃証言もだ。」

 課長に言われ、皆がすこし疲れたような返答して、また部屋を出ていった。



 それから関係者を当たった真琴が、クロのいる家に帰ったのは、夜中すぎのことだった。


 「ただいま。」

 そう言って真琴は、二階にある自分の寝室にまっすぐ向かった。

 「疲れた…」

 すぐにベッドに倒れこむ。そこへクロがのっそりとやってきた。

 「クロ、コーヒー淹れて。」

 ベッドに寝そべる真琴を見上げるクロに向かって、真琴は人間に頼むように語りかけた。

 「猫のおれに、そんなことができるわけないだろ。」

 怒ったように言い返すクロを恨めしそうに見ながら、真琴は面倒くさそうに立ち上がると、店のキッチンに降りていった。


 電灯のスイッチを押して灯りをつけると、棚にあったポットに水を入れ、それを火にかけた。戸棚からインスタントコーヒーとカップを取り出し、適当にコーヒーの粉を入れる。

 「あ~あ」

 天井に向かってため息をつくと、そこへクロがやってきた。すぐにカウンターのいつもの場所に飛び乗ると、緑の目を真琴に向けた。


 「うまくいってないようだな。」

 そう言うと、真琴はまた深いため息をついた。

 「そうなのよ。関係者に当たったけど、みんなアリバイあるし、アリバイのない人は動機もないし。足が棒のようよ。」

 「それが刑事ってもんだろ。」

 クロは前足で顔をなでながら、冷たく言い放った。

 「そうなんだけどさ。」

 不機嫌そうな顔をした真琴は、お湯の沸いたポットを取り上げると、火を消して、カップにお湯を入れた。


 インスタントコーヒーの安っぽい匂いがクロと真琴の鼻腔をくすぐる。クロは顔をしかめ、真琴はブラックのままカップに口をつけた。


 「そう言えば、宅配便のことを言ってたな。真琴。」

 クロが思い出したように口を開いた。

 「ああ、事件前に尋ねてきた宅配便ね。特に怪しいところはなかったわ。」

 「宅配便が届けた物っていうのは?」

 「中身はわからないわ。送った相手がまだ海外だし。ただ、細長いものよ。」

 「細長いもの。」

 真琴はあくびをしながらコーヒーカップを持って、二階に上がっていった。クロもその後を追って二階に上がっていった。


 テーブルにカップを置き、ベッドに腰かけた真琴の傍らに、クロが駆けよってきた。

 「その宅配便の物は部屋にはなかったのか?」

 「なかったわよ。」

 「じゃあ、なぜ、その部屋に宅配便が届いたってわかるんだ。」

 「包装紙や宅配便の宛名書きがあったのよ。ゴミ箱の中に。」

 真琴はカップを取り上げ、また一口飲んだ。

 「しかし、中身が見当たらない。」

 「そ、凶器も見当たらない。」


 「その宅配便の配達者が犯人ということは。凶器を持ち帰って。」

 クロが真剣な眼差しで自分の推理を話した。

 「それはない。マンションに入って、出た時間はわずかな時間だし、帰りにはなにも持っていなかった。」

 「別の入り口から出入りした様子は。」

 クロは結構食い下がってきた。

 「そこは抜かりないわよ。もう一つの出入り口にも防犯カメラがあって、そこには何も映っていなかった。」

 「他に出入口は?」

 「ないわ。そのマンション、結構セキュリティがしっかりしているのよ。」


 クロの推理を軽く否定した真琴は、カップのコーヒーを半分以上飲むと、ベッドに倒れこんだ。

 「とにかく、不思議な事件よ。部屋には被害者と第一発見者しかいなかった。常識的には彼女を疑うのでしょうけど、彼女には殺す動機がない。念のために硝煙検査をしたけど、反応はなし。第一、凶器がどこにもないんだから。」

 「窓から捨てたというのは?」

 「それもない。部屋の真下や周辺、上の階や下の階も調べたけど、凶器は見つからない。お手上げよ。」


 真琴は天井を見つめながら、投げやりな言葉を発した。そのそばで、クロはうずくまって目を瞑っていた。傍には眠ったように見える。

 しかし、クロは寝ているわけではなく、頭の中で事件のことを考えていた。その横では真琴が寝息を立てていた。


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