3 おかしな事件にクロ、推理する―真琴、大いに疲れる
「それで、犯人はわかったのかい?」
「捜査は始まったばかりよ。そんなすぐにわかるわけないでしょ。」
真琴は疲れた体をベッドに横たえながら、クロに答えた。クロは真琴の枕元にうずくまって、真琴の横顔をその緑の目で見つめた。
「そのホステスというのは、どうなんだ?」
「被害者に用事があって尋ねただけで、気がついたらリビングに被害者が倒れていたんだって。」
「気がついたら?」
クロは真琴の言葉に小首を傾げた。
「でも、そのホステスが犯人というのは難しいわね。動機がないし、第一、凶器を持ってなかったんだから。」
「凶器か?」
真琴は昼間の疲れが出たのだか、大きなあくびをした。
「ほんと、凶器はどこに消えたのかしら。まさか、飛んでった訳でもないし。」
その言葉にクロは苦笑いをした。
「隣が聞いたというインターフォンは、なんだったんだ。」
「宅配便よ。」
「宅配便?」
「ええ、1階のエントランスにある防犯カメラにも映っていた。宅配便が来たようよ。」
「どこからの宅配便だ?」
と尋ねたが、真琴はすでに夢の中だった。クロはため息をつくと、真琴のそばに寄り添うように寝そべった。
「気がついたら倒れていた…。宅配便…。」
クロは前足で顔を拭いながら、真琴の言葉を思い返していたが、そのうち眠りについていた。
翌日、真琴と小谷野は被害者のクラブに向かった。
中には店の準備にバーテンが忙しそうに働いていた。
「ママが亡くなったっていうのに、店、開けるの?」
皮肉交じりに真琴が尋ねると、バーテンは嘲笑を浮かべて仕事の手を止めた。
「こちとらおまんまを喰っていかなきゃならないんでね。ママが死んでも、店は開けるんですよ。」
「でも、ママがいなきゃ、店も成り立たないだろ。」
小谷野が横から口を挟んだ。
「チイママもいるし、ホステスもいるから大丈夫ですよ。」
そう言ってバーテンは、グラスを拭き始めた。
「ママを恨んでいた人とか心当たりはない?」
真琴はカウンター越しにバーテンに尋ねた。
「恨んでいる奴なんかごまんといますよ。オーナーをはじめ。」
「オーナー?オーナーがなぜ?」
「良く知らないけど、ママ、他のクラブにスカウトされていたようですよ。」
「スカウト?」
小谷野が首を傾げた。
「ヘッドハンティングっていうんですか。せっかく金を出して店を持たせて、流行らせたのに、ホステスごと他の店に移られちゃ、オーナーの面目まるつぶれですよね。しかも、男ができたって話ですし。」
バーテンは被害者がいないことをいいことに、ベラベラしゃべった。どこまでが本当かはわからないが。
「他に恨んでいる人は?」
真琴が更に尋ねると、バーテンはグラスをカウンターに置いて、真琴に顔を近づけてきた。
「ママ、金貸しもしていたから、金を借りていたやつも恨んでたでしょうね。」
「あなたも含めて?」
真琴の言葉にバーテンは顔を赤らめて、そっぽを向いた。
勘で言ったが、当たりのようだ。
「あなた、昨日の朝九時から十一時の間、どこにいたの?」
今度は真琴が顔を近づけた。
「昨日の九時から十一時?行きつけのパチンコ屋でパチンコしていたよ。」
「どこのパチンコ屋?」
バーテンの顔に焦りの色が浮かんだ。
「アリバイは確かでした。パチンコ屋の防犯カメラに映っておりましたし、店の定員も顔を覚えていました。」
「では、バーテンは白か。他の者は?そのオーナーはどうなんだ。」
丸目が戻ってきた真琴と小谷野に質問した。
「オーナーは海外に出張中で、その日も日本にいません。」
「確かか?」
「確かですね。」
小谷野が自信たっぷりに答えた。
それを聞いて丸目は考え込んだ。
「ねえ、宅配便のほうはどうだったですか?」
真琴がそばにいた丹路に聞くと、丹路は内ポケットから手帳を取り出し、書いてあるものを確認した。
「確かにあの日の九時半ごろ宅配便が届いている。営業所で確認をとった。」
「どこからなんですか?」
「オーナーからのようだ。住所もオーナーの住所だ。」
「オーナーが?」
「ものはなんだったんです?」
小谷野が丹路の手帳を覗き込もうとして、丹路に睨まれた。
「よくわからない。」
「防犯カメラの映像では細長いものでしたよね。」
駒野目が丹路の言葉を引き取って答えた。
「細長いもの?そんなもの部屋にはなかったですよ。」
「でも、届いてたのは確かよ。包装紙の切れ端があった。」
「ともかく、引き続いて関係者を当たってくれ。それから目撃証言もだ。」
課長に言われ、皆がすこし疲れたような返答して、また部屋を出ていった。
それから関係者を当たった真琴が、クロのいる家に帰ったのは、夜中すぎのことだった。
「ただいま。」
そう言って真琴は、二階にある自分の寝室にまっすぐ向かった。
「疲れた…」
すぐにベッドに倒れこむ。そこへクロがのっそりとやってきた。
「クロ、コーヒー淹れて。」
ベッドに寝そべる真琴を見上げるクロに向かって、真琴は人間に頼むように語りかけた。
「猫のおれに、そんなことができるわけないだろ。」
怒ったように言い返すクロを恨めしそうに見ながら、真琴は面倒くさそうに立ち上がると、店のキッチンに降りていった。
電灯のスイッチを押して灯りをつけると、棚にあったポットに水を入れ、それを火にかけた。戸棚からインスタントコーヒーとカップを取り出し、適当にコーヒーの粉を入れる。
「あ~あ」
天井に向かってため息をつくと、そこへクロがやってきた。すぐにカウンターのいつもの場所に飛び乗ると、緑の目を真琴に向けた。
「うまくいってないようだな。」
そう言うと、真琴はまた深いため息をついた。
「そうなのよ。関係者に当たったけど、みんなアリバイあるし、アリバイのない人は動機もないし。足が棒のようよ。」
「それが刑事ってもんだろ。」
クロは前足で顔をなでながら、冷たく言い放った。
「そうなんだけどさ。」
不機嫌そうな顔をした真琴は、お湯の沸いたポットを取り上げると、火を消して、カップにお湯を入れた。
インスタントコーヒーの安っぽい匂いがクロと真琴の鼻腔をくすぐる。クロは顔をしかめ、真琴はブラックのままカップに口をつけた。
「そう言えば、宅配便のことを言ってたな。真琴。」
クロが思い出したように口を開いた。
「ああ、事件前に尋ねてきた宅配便ね。特に怪しいところはなかったわ。」
「宅配便が届けた物っていうのは?」
「中身はわからないわ。送った相手がまだ海外だし。ただ、細長いものよ。」
「細長いもの。」
真琴はあくびをしながらコーヒーカップを持って、二階に上がっていった。クロもその後を追って二階に上がっていった。
テーブルにカップを置き、ベッドに腰かけた真琴の傍らに、クロが駆けよってきた。
「その宅配便の物は部屋にはなかったのか?」
「なかったわよ。」
「じゃあ、なぜ、その部屋に宅配便が届いたってわかるんだ。」
「包装紙や宅配便の宛名書きがあったのよ。ゴミ箱の中に。」
真琴はカップを取り上げ、また一口飲んだ。
「しかし、中身が見当たらない。」
「そ、凶器も見当たらない。」
「その宅配便の配達者が犯人ということは。凶器を持ち帰って。」
クロが真剣な眼差しで自分の推理を話した。
「それはない。マンションに入って、出た時間はわずかな時間だし、帰りにはなにも持っていなかった。」
「別の入り口から出入りした様子は。」
クロは結構食い下がってきた。
「そこは抜かりないわよ。もう一つの出入り口にも防犯カメラがあって、そこには何も映っていなかった。」
「他に出入口は?」
「ないわ。そのマンション、結構セキュリティがしっかりしているのよ。」
クロの推理を軽く否定した真琴は、カップのコーヒーを半分以上飲むと、ベッドに倒れこんだ。
「とにかく、不思議な事件よ。部屋には被害者と第一発見者しかいなかった。常識的には彼女を疑うのでしょうけど、彼女には殺す動機がない。念のために硝煙検査をしたけど、反応はなし。第一、凶器がどこにもないんだから。」
「窓から捨てたというのは?」
「それもない。部屋の真下や周辺、上の階や下の階も調べたけど、凶器は見つからない。お手上げよ。」
真琴は天井を見つめながら、投げやりな言葉を発した。そのそばで、クロはうずくまって目を瞑っていた。傍には眠ったように見える。
しかし、クロは寝ているわけではなく、頭の中で事件のことを考えていた。その横では真琴が寝息を立てていた。