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99.心身禊払い

「はっは! ざまあないね、ゼンタ!」


 ドラッゾに一太刀食らわせて遠ざかっていくガレルは大口を開けて笑っていた。


「温いねえ、妨害ありのルールだと言ったはずだよ! 悠長に動きを止めてちゃ狙ってくれって頼んでるようなもんだろうが!」


「グラゥッ……、」

「くそ、やりやがったなあいつ……! おいドラッゾ、しっかりしろ! 傷は浅いぜ!」


 翼は傷付けられたが千切れたわけじゃない。ドラッゾはまだ飛べる――だが飛ぶために最重要な部位がダメージを負ったのは事実。飛び方が鈍っちまうのは避けられねえ。


「しかし今のは解せねえぜ! なんで当たってもない攻撃でドラッゾがやられた!?」


 疑問を口にすれば、意外にもすぐ後ろからその答えが返ってきた。


「ガレルさんの魔法、じゃないかな……風の力を操ることができるみたいなの」


 風属性の魔法! そうか、そいつでサーベルの射程を伸ばしてやがんのか! 


 実体の刃だけじゃなくそこに被せるようにしてかまいたちみてーな見えない刃も纏ってるんだとすれば、ドレイクをまとめて斬ったのもドラッゾに攻撃が届いたのにも納得がいく。


「なるほどな、そういうことだったか……うらっ!」


 移動のキレが落ちたドラッゾにちょっかいをかけてきたドレイクの一匹を大鎌で処理して、ちらりと船の上のスコアボードを見る。今やったぶんで俺のスコアは7になった。だがその横でもぱたりとパネルが落ちて、25という数字が出た。


 やべえぞ、こっちがまごついている間にガレルは二十五匹も落としてやがる。

 これじゃトリプルスコアどころじゃねえ、何か手を打たねえとみるみる点差が広がるばかりだ……!


「やっぱ腐食のブレスで大量得点を狙う他ねえか!」


「ふ、腐食のブレスってなんのこと?」


「ドラッゾの必殺の息さ! 上手くやりゃあいっぺんに何十匹も仕留められるぜ」


 だがそのためには使いどころを考える必要がある。なるべくドレイクが固まってるところで、なおかつ安全が確保できてるタイミングじゃねえと厳しい。吐き出してる最中に他のドレイクやガレルから攻められたら最悪自分たちでブレスを浴びることになりかねんからな。


 ドラッゾ自身は死体なんで効かねえからいいとして、俺とヤチがそんなことになったら大変だ。空の上で酩酊状態なんかに陥っちまえばもう勝負どころじゃねえ。その時点でゲームに負けちまう。


 どうすりゃいい、とない頭で知恵を振り絞ろうとしたが。


「そ、それなら……私がなんとかするよ」


「何っ! できんのかよヤチ。使えそうなスキルでもあるのか?」


「うん、きっとやれる……ううん、やってみせる! 私のこと、信じてくれる?」


「へっ、あったりまえだろうが。そんじゃいくぜ――腐食のブレスだ!」


 さっきのように狙われる隙は見せない。速度を維持したまま、とにかく思い切りドラッゾにブレスを吐き出させる。ぶわっと黒い霧のようなそいつが眼前に広がった……このままじゃ俺たちもブレスを食らうことになるが、怯える必要はねえ。


 ヤチがやると言ったからには、俺ぁ信じるのみだ!


「【武装】、『カイウンボウキ』!」


 ドラッゾの背に立ち上がったヤチ。その手には使い古された感のあるボロい箒が握られている……こ、これが【武装】で出てくるって、ハウスキーパーってマジでどんな職業クラスなんだ!?


「お掃除一番、『心身禊払い』――えいっ!」


 戸惑う俺の背後でヤチが気合全開で箒を振るった。いや、振るうというよりも払うだろうか。まるで空を掃除するみたいに大きく箒を払った、次の瞬間だ。


「おおっ? ブレスが……!」


 吐いたあとはもう動かしようがないはずの腐食のブレスが、自らの意思で俺たちを避けるように動き出した……! しかもそれだけじゃない、多くのドレイクを巻き込みながら移動していく。


 その進行上にいたドレイクは当然、ブレスを吸って遥か下へ落ちていくしかない。

 地に叩き付けられたドレイクがどうなるかなんてのは言わずもがなだろう。


 これがヤチの箒の力か……! 腐食のブレスを意のままに操るとは凄いじゃねえか。


「や、やった……私にもできたよ、ゼンタくん!」


「おう、格好良かったぜヤチ! 見ろよ、スコアが跳ねた! ありゃお前の成果だ!」


「え、えへへ……」


 34と出たスコアボードを見て、ヤチは少し顔を赤くして笑った。照れているらしい。こういうときは自慢げに胸を張るのが普通だろうに、いかにもヤチらしいリアクションだな。


「……! やるじゃないか、見直したよあんたたち!」


 三十一匹目の息の根を止めたところのガレルは、スコアで追い抜かれたことで俺たちの実力を認めたようだ。

 そんでもって、ますます笑みを獰猛なものへと変えて言う。


「だがわかってんのかい? スコアでアタシを上回るってこたぁ……妨害の誘い水だってことがねぇ!」


「! 来るぞドラッゾ! 今度はギリギリまで引き付けろ!」


「はっはぁ! そんなことで躱しきれるかい!?」


 ガレルのボートは猛スピードでこちらへ迫ってくる。船員たちの操作と比べてもトップスピードが異様に速い……ひょっとするとあれも風魔法が種なのかもしれんな。


 剣気も満々にして近づくガレルの迫力に負けねえよう腹に力を入れて、限界まで待つ。ドラッゾも機を誤れば今度こそ落とされるとわかっているんだ。俺もタイミングを計りつつ、準備をしておく。そして。


「――今だ!」

「グゥラッ!」


「ほう! ドラゴンでロールするたぁね……!」


 急加速しつつ横回転。ドラッゾは体がデカい割には速いし小回りも利く。だからこういう緊急時の挙動にも隙が少ない。


「二度目も躱されたか! その翼でよくぞそこまで動けたもんだ――だが結果は同じさ! 剣そのものは避けられても風の刃までは避け切れちゃいない!」


「……!」

「グラァ……ッ、」


 奴の言う通り、ドラッゾはまた翼に傷を負った。今度はさっきと反対側のほうをやられている。これでバランスが取れた、なんてドラッゾ本人の強がる気配が伝わってくるが、俺たちを乗せていることもあって辛そうにしているのがわかっちまうぜ。


 ちっ、これ以上ないってくらい完璧なタイミングだったのに、それでも完全には躱せねえか。……だが、そこはもう仕方ねえ。ある意味じゃ想定より軽いくらいだ。


「ま、またガレルさんが来るよ!」


 悲鳴じみた声でヤチが言う。見てみると確かに急旋回で方向を変えたガレルが、サーベルを振り翳しながらまたぞろこっちへやってきている。


 ありゃあ今度こそ決めるつもりだな。顔付きでわかる。両翼を傷付けられた今のドラッゾじゃ、もう打つ手はねえ……だがな!


「任せとけ。あんなにも引き付けてギリッギリで躱したのはよぉ、ただ奴の剣から逃げるためだけじゃあねえぜ!?」


 そうだ、ガレルの接近を待ち構えていたあのとき、俺はこっそりとスキルを使っていた! それは【召喚】。そんで呼び出したのは、サイズ的にガレルの視界からもとても隠しやすい「あいつ」だ。


「――やれ、キョロ!」


「クゥエッ!」


「なっ……こいつどこから!?」


 急に飛び出てきた骨だけの体を持った鳥に、あのガレルも目を剥いている。

 そりゃそうだろう、奴の視点じゃ本当にいきなり自分の傍に現れたように感じているだろうからな。


 だが真相はさっきの避け際、回転ついでにキョロを俺の手で奴のボートへ放り投げたってだけのことよ。キョロは息を殺して――元から呼吸なんてしようがないが――あいつの足元に潜んでいたのさ!


「クエクエーッ!」


「ぐ、この……邪魔をすんじゃないよ!」


 キョロは喚きながらガレルの顔面に纏わりついた。骨だけの鳥が顔に縋りついてきたら誰だって怖がりそうなもんだが、さすがは空飛ぶギルド船の船長ガレル。驚きこそしたものの大した動揺を見せることもなく、躊躇なくキョロを掴んだかと思えば……そのまま握り潰しちまいやがった!


「クェッ……、」


「はん、こんなんでアタシを落とそうだなんて……う!?」


 キョロはあっさりとやられた。

 だけどきちんと自分の任務をやり遂げたんだぜ。

 そのことに、視界を取り戻したガレルも気が付いたみてーだな。


「だがもう遅い! やっちまえドラッゾぉ!」


「グラァアアアウ!!」


「しまった――ぐぁあっ!」


 キョロをどかした途端にガレルが目にしたのは、目の前に迫るドラッゾの尻尾。その裏面だ。キョロが飛び出したのに合わせて動いていた俺たちは、既に攻撃を完了させる直前。


 ここからじゃいくらガレルだってになんにもできやしねえぜ!


 グッシャァ! とボートが潰れて叩き折られる。ボートよりも頑丈らしいガレルはサーベルを取り落としつつも顔を顰めるだけだったが、空飛ぶ小舟も失ったからにはもうどうしようもねえだろう。


 と、思いきや。


「――っ、おいおいマジか!?」


「ああ、大マジさ。あんたは後悔するよ……このアタシをボートっていう枷から解き放っちまったことをねえ!」


 飛行手段をなくしたはずのガレルは、なのに落ちることもなく。


 全身からとんでもない突風を巻き起こしながら、重力を無視するように浮き上がっていやがった……!


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