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97.ゲームで白黒つけるんだ

「ひうぅ……」


 まただ。ガレルから滲み出るプレッシャー。それに押されて、ヤチの肩がにわかに震えだした。元から気の弱いやつではあったが、ガレオンズで小間使いとして過ごすうちにガレルに対しすっかり委縮するようになっちまったんだろう。


「ヤチ」

「!」


 だからその肩を掴んでやって、そう怖がることはねえんだと教える。


 今のヤチはもう、一人きりじゃないんだからな。


「お前はどうしたいんだ? ここに残りたいか、それとも俺と一緒に来るか。本当の気持ちってやつを聞かせてくれ。そうしてくれたらよ……俺が必ずそれを叶えてやっから」


「ゼンタくん……」


 ヤチはまだ涙目で、震えも小さくはなったが続いていて……今までよっぽど心細かったんだろうってのが伝わってくるぜ。


 カスカが見つけたっていうカナデやハヤテみてえに、なんにも気にせず異世界をエンジョイできてるほうが本来はおかしいんだと改めて気付かされる。


「私は……、」


 間違いなく心底ブルってはいる。


 だがそれでもヤチは俺の目を見て、それからガレルへ真っ直ぐに視線を向けた。


「……私は、ゼンタくんと一緒に行きたいです!」


 おお、こりゃ大したもんだ。ガレルの前できちんと意思表示をしてみせた。言い終わった途端に怖がってまた激しく震えだしたが、そんだけビビりなのによくぞ言い切ったぜ。


「らしいぜ、ガレル。ヤチは退団希望だ。それを聞いてあんたはどうすんだ?」


「ふむ……」


 そこでガレルは今の今まで俺らを脅すように滲み出していたプレッシャーをするっと引っ込めて、何やら考える仕草を見せた。


 だがそれも一瞬のことで、奴の中ですぐに結論は出たようだ。


「――だったら『賭け』をしようじゃないか。どちらの希望が通るか、ゲームで白黒つけるんだ……入団と退団、伸るか反るかの博打。己の人生を賭けた一世一代のゲームをね」


 そう言い渡すガレルの表情はちっとも自分が勝つことを疑ってないように見えた……ゲームだと?


「そりゃどんな代物だ?」


「なに、内容は簡単なもんさ。どこにも複雑なことなんてない……と言ってもあんたにゃ勝手がわからんだろうからね。実際に例を見せよう。ちょうど獲物も見えてきたところだ」


「獲物だぁ……?」 


 何を言っているのかとガレルの目線を追えば、船よりも高い空に舞う黒い影が見えた……あれはなんだ? 小さくてわかりづらいが、鳥なのか? 羽をもった動物が何匹かの集団で羽ばたいているように見えるが。


「鳥じゃあない。アレはドレイクっていう魔物だよ。色ごとに生態が異なるが、今見えているのは黒肌のブラックドレイク。特別な能力を持たない代わりに他のドレイク種よりも力が強く、好戦的で、群れの数が多いっていう人にとって厄介な特徴を併せ持っている。だから見かけたら即狩るってのが鉄則さ。空が庭のアタシらにとっても、ここらに住む連中の安全にとってもね」


「空の魔物……、」


 そうか、中にはそういうのもいるよな。森でのサバイバル中にも空を飛ぶみょうちきりんな獣はいくつか見かけたが、あそこに魔物はいなかったからな。魔獣以外ではこれが俺にとって初めての目撃例になる。が、そんなことより引っかかったのは。


 俺はこれまで冒険者としてポレロを中心に何度もクエストをこなしているが……その間ドレイクなんて生き物は見たこともなければ聞いたこともないってえことだぜ!


「っ、まさかだろ……!?」


「あっはっは!」


 とある可能性に思い至った俺は、それを確かめるために走った。追いかけてくるように後ろからガレルの高笑いが聞こえる。その声を聞いた時点でほとんど確信したが、船縁から顔を出して下を覗いて見たことでとうとう事実が確定しちまった。


「いつの間にか移動してやがったのか……!」


 眼下に望めたはずのポレロは、そこになかった。どころか地の果てまで見渡せるのは山に川、平原ばかり。遠くにぽつんと村らしきものが見えるだけで、街らしいものなんてどこにもありゃしない。


 くそっ、見かけないドレイクなんつーのがいるからおかしいとは思ったが、やっぱそうか! この船はこっそりと出航していた! 流れる風も今となっては早すぎると感じるが、まさか動いているなんて思いもしていなかったさっきまでは違和感に一切気付けなかった……とうにポレロ周辺から遠く離れたところにまで来ちまってるってぇのにだ!


「ガレルさんよぉ、こいつはどういうこった!? 俺を誘拐でもしたつもりかよ、あぁ!?」


「おーおー、そう憤りなさんな。遊覧飛行ってやつさ。空の旅をあんたにも味わってもらいたいと思ってねえ……他意はないよ。アタシとしてもトードの頭の上は落ち着かないんでね、ちょいと街を離れさせてもらったってわけさ。だが、向こうはちゃーんと見てるから安心おしよ」


「なに?」


「ほら、あいつだよ」


 ガレルが指差したのは、俺がもたれかかっている船縁。


 その一箇所に掴まってじっと俺たちのことを見ている一羽の鳥だった。


 しかもそいつはただの鳥じゃない。形は普通だが、目がひとつ目なんだ。顔の真ん中についた真ん丸で拳大のそれが、カメラのレンズみてーにこちらへ向けられている。


「あれは組合が寄越したもんだよ。あの目を通して向こうにアタシたちの様子が伝わっているのは間違いない。トードの野郎は、ゼンタ。よっぽどあんたのことが心配みたいだねえ……それだけ期待株ってことだ。ますます欲しくなる」


 力尽くでもね、と舌なめずりしながら呟くガレルは……やっぱとんでもなく怖ぇ。姉貴を連想させる恐怖心を抜きにしても、この女の出す迫力は単に強いってだけでなく、どこか底知れない怖さみてーなもんがある。女だてらにデカいギルドの頭を張ってるだけのことはあるってこったな。


 ――だが、そんなことで怯むようじゃ話にならねえだろう。奇しくもこいつ自身が言ったように、俺だってパーティの頭なんだ。勢力の差はあっても立場に差はねえぜ。


 トードやサラたちが組合で俺のことを見守っているんだとすれば、余計に臆病風に吹かれるわけにゃいかん。


「ゼンタくん……」


「大丈夫だぜ、ヤチ。どこの空だろうとやるこたぁ変わんねえんだからな。そうだろガレル! さぁ、ゲームの仕組みを聞かせてもらおうじゃねえか。あのドレイクを賭けに使うようだが、いったいどうしようってんだ」


「はっは、ビビりゃしないってか……グッド! そいじゃルールを聞かせる――その前に。百聞は一見に如かずだ、一旦見てもらおうかね」


「キャプテン! 準備できましたぜ!」


「ならさっさと行ってきな! この子に手本を示すんだよ!」


「了解でさぁ! ひゃっはー!」


 サーベルを片手にボートに乗り込んだ一人の船員が飛び立っていった。ドレイクを目指しているのはわかるが、あの男は何をする気だ……?


「あらよぉ!」


 男は見事な操縦技術で一匹のドレイクすれすれにボートを通過させると、慣れた様子ですれ違いざまにサーベルを振るう。ザシュッと切り裂かれたドレイクは甲高い断末魔を喉から絞り出して落下していった。


「そら、あれで得点1だ。やることは単純、ああやって飛びながらドレイクを落としていくのさ! スコアアタックゲームってやつだね」


 続けざまにドレイクを斬っていく男を眺めつつ、理解する。確かにこいつは単純なゲームだ。ドレイクの群れの中に飛び込んで、空中戦で狩りの腕前を競うっていう勝負内容。難しいことはなんもねえ。


「げぇっ、しまったぁあああ!」


 と、順調にラスト一匹まで追い込んだ男だったが、我が身も顧みず自爆覚悟で特攻してきたドレイクにボートを破壊された。きちっとドレイクの頭に剣を突き刺して仕留めてはいるものの、自分も飛行手段をやられて落ちていく。


「あぁああ〜っ!」


「ちっ、しくじりやがって。拾ってやりな!」

「アイアイキャプテン!」


 別の男が素早くボートを発進させ、墜落する男に追いつくとさっと拾い上げた。ドジはこいたが助けられたほうも助けたほうもなかなか巧みな操縦をしやがるな。だってあれ、絶対に運転難しいだろ……?


「ご覧の通り、慣れた奴でも事故るときはあっさり事故る。ルールは簡単でもやることは決して簡単じゃない……おっ死ぬ危険性だって大いにある。それがアタシらのゲーム、ドレイク狩りさ。特にあんたはこれからボートの操作を覚えなくっちゃならないんだからね。どうだい、まだやる気ってもんは薄れちゃいないかい?」


「へっ、そっちこそ馬鹿みたいな質問をしやがる。こんなことで俺がビビるだなんて思うなよ? ついでに言やぁ、俺にボートなんざ必要ねーぜ」


「なんだって?」


「自前の飛行手段がちゃーんとあるんでな――【契約召喚】! 来い、『ドラゴンゾンビ』!」


「グゥラァアアアアアアアアアウ!!」


 特大の雄叫びを上げて船の真横に出現する、命尽きたはずの竜が空を飛ぶ姿。


「ははっ、いーぃねえゼンタ! 聞こえた通りの面白さだよ!」


 こっちからもビビらせてやろうと思ったんだが、残念。ガレルの度肝を抜くにはこれくらいじゃ足りなかったらしい。


 むしろ爛々と余計に瞳を輝かせてドラッゾを隅から隅まで観察する様を見て、俺は今から始まるゲームが到底一筋縄ではいかないだろうことを覚悟した。


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