96.職業は『家政婦』で、レベルは5だよ
いざ空飛ぶ船の内部へ……!
と意気込んで乗り込んだはいいものの、船は平和そのものだった。別段どこか変わった部分があるわけでもなく、ガレルも部下たちもただの船長と船員たちって感じだった。
下を見ないことには、普通に海上にいるとしか思えんな……。
「なんだいゼンタ。せっかくアタシ自らデッキを案内してやってるってーのに、気もそぞろもいいところだね。まだ空を泳ぐことに呆けてんのかい? それとも今日から自分の使う船室がどんなもんか気になってしょうがないか? ん?」
「や、俺がガレオンズに入るって前提で話すのはやめてくれよ」
一応、俺はそれを断るために乗船したんだからな。なるべく穏便に。
「そうかい。だったら悪いが船内を見せるのは後回しにさせてもらうよ。まずはきちっと交渉を終えたい」
今用意させてる、とガレルが言うのと俺の目の間にテーブルと二人分の椅子がドンと置かれるのは同時だった。
「船長、こんなんでどうでしょう! なるべくキレイなのを持ってきました!」
「ああ、上出来だ。あいつはまだかい?」
「もう少しかかるそうで」
「ちっ、ノロマめ。急がせな!」
「アイアイ!」
場をセッティングした男たちがさっとはけていく。やっぱ統率が取れてるな、このギルドは……つかガレルは部下から団長ではなく船長と呼ばれてるのか。なんかすげーな。
「さ、座りな。もうすぐ飲み物も出てくる。遠慮せず寛いで待つといい」
「そらまた、ずいぶんと丁寧に持て成してくれるんだな」
「当然。他パーティからリーダーを引き抜こうってんだからアタシだって気を遣う。勢力の規模こそ違えどこの場は頭目同士の対等な話し合いの場なんだ、決して茶化したりはしたくない……」
だからお前も真面目に聞け。
と、椅子に腰かけたガレルの目は言っていた。
「……わかった」
ジャケットを整えて俺も席につく。
断る前提で聞くにしろ、話半分ってのはよくねえ。
向こうの面子を潰すような真似をしてはそもそも一人でここに来た意味までなくなっちまうからな。
「お、お待たせしました~」
「遅い! いつまで経っても愚図だねお前は!」
「ひん! も、申し訳ございません……」
座ったばっかだってのに俺は思わず立ち上がった。
その拍子に椅子が倒れちまったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
ガレオン船には少々不釣り合いなティーワゴンでガレルご所望のお茶と茶請けを運んできた、エプロンドレスを着た一人の少女。
その声、その風貌、ガレルに叱られて情けなく怯えているその顔。
彼女のすべてに俺は覚えがあった。
「中沢ヤチ、だよな……!?」
「えっ、あ……うそ……、し、柴くん……柴くんなの?」
信じられない、という具合に大きく目を見開き、口元を手で隠して驚きの表情を浮かべるヤチ。向こうのがリアクションは大きいが、俺だってそれに負けないくらいに驚いていたぜ……なんせこんな空の上で、いきなりクラスメートと再会しちまったんだから!
「やっぱヤチかぁ! こんなとこにいるなんてびっくりだぜ、元気してたかよ!?」
「柴くん……私、私……!」
「え、お、おい!?」
ワゴンもそっちのけで走り出したヤチは、そのまんま俺の胸に飛び込んできた!
咄嗟に抱き留めるが、ヤチはなんだ、全体的に地味目なやつなんだが、体型的にはちっとも地味じゃねえっていうか。かなり出るとこ出てるタイプだ。こうして密着するとその主張部位がいつも以上の主張をしてきて、正直かなりドギマギしちまう。
だがそんなやらしい気持ちも、ヤチが泣いてることに気付いたからにはどっかに吹っ飛んじまったぜ。
「どうした、何があった。……まさかこいつらに何かされたのか」
「う、ううん。違うよ。ガレルさんにはずっと守ってもらってたの。だから、ここの人たちには感謝してる。でも……独りぼっちだったから私、ずっとずっと……すごく不安で仕方なかったの」
柴くんの顔が見れて安心しちゃった、と目元をぬぐいながらヤチが言うが、後から後から涙はどんどん出てきている。こりゃすぐには止まりそうもないぜ。
「ユマは? あいつは一緒じゃないのか?」
浅倉ユマ。
ヤチといつでも一緒にいる、名物仲良しコンビの相方だ。
あいつは内気なヤチとは正反対にぐいぐい行くタイプで、一見するとまったく合わなそうな二人なんだが、その実とても仲が良かった。普段は何事においてもユマがヤチを守るようにして引っ張っていくコンビだったな。教室の席も隣同士で、本当に常に行動を共にしてたイメージがある。
ユマがいればヤチがいるし、ヤチがいればユマがいる。
そんなイメージからここでも二人が揃っているんじゃないかと思ったが、そう都合のいいことは起きなかったようで。
ヤチは俺の問いに悲しそうにふるふると首を振った。
「ユマちゃんとも長く会ってない。……ユマちゃんもこっちにいるの? 私、ずっと自分だけなのかと思ってた……」
「そうか、誰とも会ってないならそらわかんねーよな」
俺が確認できてるだけでも他に四名はこちらに来ている、そしておそらくはクラスの全員がいるだろう――というカスカと委員長の見解を聞かせてやると、ヤチはまたさめざめと泣きだした。
安心したってだけじゃねえんだろうが、とにかく孤独じゃないことがわかってこれまで張り詰めてた糸ってもんが切れたんだろう。なら今は好きなだけ泣かしてやったほうがいいかもしれん。ユマと違ってヤチはかなり繊細な印象があるしな……。
「ほぉー。直近の来訪者だって聞いてもしやとは思ったが、本当に顔見知りだったとはね」
にやにやと、自分で紅茶を淹れて飲みながらガレルが愉快そうに言った。ヤチの背中へ手を当てながら、俺はガレルへ質問をする。
「どうしてこいつがここに?」
「どうしてだって? 馬鹿みたいな質問はやめなよ、アタシは泣く子も黙るガレル・オーバスティス! 欲しいもんは全部アタシの手の内に入るのさ。そいつに関しては……」
ばくり、とパウンドケーキを切り分けもせずに齧るという品性をかなぐり捨てた格好でガレルは思い出すようにした。
「四、五ヶ月くらい前かね? ジャンプバンビなんかに追いかけ回されてるなよっちいのを狩りのついでに助けてやったんだ。それがヤチさ。話を聞きゃあどうやら来訪者で、行く当てもないと言う。思わぬ拾い物、そう考えて船に乗せてやったよ。……なんだか妙な疑いを持ってるようだが、アタシらはそいつを虐げたりはしてないよ。専属の小間使いとして重用してるくらいだからね。まあ、思った以上に愚図で仕事が遅いことには、日ごろ辟易させられてるけどねぇ」
「ひん……」
ガレルからの評価に、ヤチが大泣きしながら落ち込むという器用なことをする。……言い様はキツいが、ガレルってのはたぶん誰に対してもこんな感じだろう。あのトードにすらもメンチを切るくらいだしな。
もしかすると今日までヤチが奴隷のように扱われてたんじゃないかと勘繰ったが、どうもそういう感じではなさそうだ。
「なあヤチ……おい、ヤチ!」
「うう、ぐす……なーに、柴くん?」
ヤチの涙だけでなく鼻水もダラダラで酷いことになってる顔を、サラに持たされてるハンカチで拭いてやりながら俺は言った。
「ちょっと聞きてえことがあってよ。つか前にも呼ぶなら名前で良いって言ったのに、まだ柴くんなんて呼ぶのか?」
「え! で、でも……いいの? 私なんかが下の名前で……」
「なんかってなんだよ、クラスメートじゃねえか。俺だってヤチって呼んでんのにそらねーぜ」
「えっと、じゃあ……ぜ、ゼンタくん……えへ」
「おう、それでいい」
なんか『柴くん』ってのは俺に合ってねー気がしてむず痒いんだよな。人を問わず、呼ばれんならゼンタがいい。俺の我儘でしかねーが。
「ひゅう、お熱いじゃないのさ。初々しいカップルみたいだ」
笑みがにやにやからにたにたに変わったどこまでも品のねーガレルの野次を無視して、聞くつもりだったことへ話を戻す。
「ヤチ。画面の出し方くらいはわかるよな? お前の職業とレベルを教えてくんねぇか」
「う、うん……えっとね。職業は『家政婦』で、レベルは5だよ」
それがどうしたの、とそもそも職業についてもレベルについてもよくわかっていなさそうな顔付きでヤチが首を傾げる。
ハウスキーパーなぁ……聞いただけじゃまったく戦えそうにないような職なんだが、それでも多少レベルは上がってるか。ただ、俺やカスカのレベルからすると低すぎる。ヤチにろくな戦闘経験はないと見ていいだろう。
「つまり、守られてたってのは本当みてーだな」
「納得したかい? そいつはアタシのもんなんだ、壊しゃしないよ勿体ない」
「理解と納得は別だぜ、ガレル。ヤチを救ってくれたことにゃ素直に感謝するが……だからってこいつをずっと縛り付けるってのには容認できねーな」
「へえ……じゃあなんだい、あんたはまさかだが」
ぐいっと酒でも煽るようにして飲み干したカップを置いて、ガレルは立ち上がった。
その目はまるで睨むように強く俺を見据えている。
「自分が引き抜きを受けてるこの状況で、逆にうちの船員を引き抜こうってのかい? はっは、なんて図々しい! 対等な立場だとは言ったが、それはアタシに対する無礼を許すってぇ意味じゃないのは、あんただってわかってるはずだがね……?」
ガレルの剣呑な気配はすぐにただならぬ気迫へと変わって、ビリビリと俺とヤチの肌を叩いた……!




