95.ヘッドハンティング
巨船団とは、かの恒久宮殿には及ばずとも結構な有名ギルドであり、この地方を代表する冒険者の顔が誰かと問われれば、半数の人間はガレオンズ団長にして船長のガレル・オーバスティスを挙げるだろう。
地方レベルとはいえその名が知れ渡っているのは、女だてらに荒くれ者たちを付き従えるガレルの女傑っぷりもさることながら、何より彼女の所有するギルドハウスが特異性に満ち溢れているからである――空を泳ぐ船。
天空を自由自在に飛び回る巨大船こそがガレルらのホームであり、プーカの街は単に補給の中心にしているというだけであって、実質ガレオンズは本拠地を持たない珍しいタイプのギルドであるとも言える。
と、何も知らない俺のために語ってくれたのはトードだ。
それに対する礼もそこそこに、俺は出てきたワードに対しておったまげていた。
「空飛ぶデカい船だって……!? そんなもんがあるのか!」
「あるともさ。あれはアタシの見つけた古代魔具、アーティファクトの一種だ。今日だってそれで移動してきたんよ。ここらじゃ知る者はいないほどに有名なはずだったんだがね……ポレロにだってアタシの活躍は届いているはずだろう? それを知らないってことは、あんた本当に来訪者なんだねぇ」
ぐいっと顔を近づけて、肉食獣が牙を剥いているのかと錯覚させられるほど凄みのある笑みを向けてくる。こ、怖ぇ……見た目はぜんぜん違うが、この女からはどこか姉貴を思い起こさせられるものがある。そういう手合いはかなり苦手だ。
「おい。新人に絡んでねえでさっさと用件を言わねえか、ガレル。今や一ギルドの団長さまがこんな田舎くんだりに、船を動かしてまでなんのために来た?」
トードのありがたい助け船が入った。それで顔を離してもらえてホッとしたんだが、ガレルは俺の傍から動こうとはしなかった。
「ブラック・ハインド号はアタシの行きたい場所へ進路を取る。気ままなもんさ、どこへ向かうにもアタシの思うまま。どんな僻地も、久方ぶりに戻る街だろうとかるーくひとっ飛びだ」
「へん。冒険者生活を楽しんでいるようで何よりだな」
「ああ楽しいね。やりたいことをやって食いたい物を食って欲しい物を手に入れて……それがアタシってもんさ! 何故ここに来たかって? そりゃ当然、このポレロに欲しい物があるからに決まってるじゃないか」
ガシッ! とガレルは俺の肩に手を回した。
な、なんだ!? また顔を近づけてきやがって。こいつにそれやられると条件反射で緊張すっから、マジでやめてほしいんだが……!
「ゼンタ・シバ。あんた、アタシの物になりな」
「は、はぁ!? そりゃどういう……」
「わからないかい? 今組んでるパーティなんて解散して、うちに入れって言ってんだよ。そら頷きな。アタシの物になるならたっぷりと可愛がってやるからさぁ……」
「むむむ!」
「……、」
まさかの言葉に、俺と一緒になって後ろのサラとメモリも驚いている様子だ……いや、ただ驚いているだけというよりもなんか、殺気立っているような気配までするぞ。
これはあれか、ヘッドハンティングってやつか!? そりゃサラとメモリからすれば面白くないだろうが、だからってすぐに戦闘態勢を取らんでくれ!
これじゃルチアから「血の気が多い」と評されたのが、まさにそのものずばりって感じじゃねえかよ。
俺だけでも冷静にならなければ、と努めて丁寧に横の女へ返事をする。
「あっと、ガレルさん? なんか知らんが有名な団長さんから誘ってもらえて嬉しいけどよ……俺はアンダーテイカーを抜けるつもりはないぜ」
「へえぇ、断るってのかい」
ずず、とガレルから可視化できそうなほどの圧力が漏れる。こ、こりゃあ無言の脅しか……! やべえ、こういうとこまで姉貴そっくりだとついつい従いそうになっちまう……!
「やめねえか! 本人が入らねえって言ってんだ、これ以上の勧誘は脅迫にも同じだぞ。話はもう終わりだ」
トードの鋭い声。そこらの冒険者なら縮こまっちまうだけの迫力があるが、ガレルにはそれを笑い飛ばせるだけの胆力があった。
「はっはっは! そいつは違うねトード! アタシはまだ待遇について説明していないよ。所属を変えるためのゼンタにとってのメリットってやつをね……それを聞いたうえで断るかどうか。話が終わるのはその時点であって、今はまだそうじゃない」
言いながら肩に回していた手を外したガレルは、今度は俺の真正面に立った。
「ここはうるさくって落ち着いて話もできやしない。うちで話そうじゃないか。どんな待遇かを教えがてら船の中も見せてやるよ……ああ勿論、乗せるのはあんただけだ」
「ガレル! てめえ、うちの冒険者を引き抜こうってのに俺の目が届かない場所を交渉の場にするつもりか!? それも自分のホームでたぁ、ガレオンズの団長ともあろうもんが随分とせこい手を使うじゃねえか!」
「ハッ! 交渉に有利な条件を揃えるなんざ基本中の基本だろうが、それの何が悪いってんだい。しかも引き抜きに組合長監視の場でなきゃいけないなんてルールもないだろう……いけないねえ、トード。いくらアンダーテイカーがあんた肝入りの売り出し路線パーティとはいえ、そうも露骨に依怙贔屓してちゃ組合長の名が泣くよ?」
「なんだと……?」
「アタシとあんた。立場に相応しくない真似をしてんのは、いったいどっちだって言ってんのさ」
「く……、」
確かに、これが他の冒険者が引き抜かれるのであれば、トードもここまでガレルのやり方に文句をつけることもしなかったかもしれない。
前々から感じていたことだが、やっぱり俺たちは相当にトードの加護を受けているらしい……ここの冒険者たちが気のイイ連中ばかりだから何も言わないだけで、特定の一組へこれ以上肩入れするようでは、さすがに組合長のやることとしては問題になっちまうかもしれない。
そこはガレルの言い分をトードも認めざるを得ないんだろう、非常に悔しそうにしている。
それを見てガレルは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「さ、やかましいのがまたやいやと言い出す前に場所を移そうじゃないか」
「待ってください! ゼンタさんだけ連れていくなんて許しませんよ!」
「彼は……わたしたちのリーダー。話し合いの場には、わたしたちもつく権利がある」
「あはぁ……アタシの道を塞ぐたぁいい度胸だね」
並んで立ち塞がったサラとメモリに、ガレルは感心したような口調だったが……その目は完全に獲物を見る目だった。こいつ、やっぱ相当とんでもねえな……!
サラとメモリは、クロスハーツとネクロノミコンというそれぞれの武器を手に持っている。いざというときのための備えはばっちりなようだ……だがそいつは相手だって同じだ。
海賊っぽい服装通りにサーベルらしきもんを腰に下げているガレルは、まだそこに手を伸ばしちゃいない。
しかし彼女の部下たちはいつでも剣を抜けるようにしている。それもさりげにサラたちを取り囲む立ち位置で、だ。
見た目や言葉遣いからは乱暴者って印象しかなかったが、高いレベルでガレルをサポートしていやがる。そしていっぱし以上の覚悟が据わっている。
……こんな連中と考えなしに敵対はしたくねえな。
「サラ。メモリ。俺なら大丈夫だ」
「えっ、でも……」
「……、」
「そんな顔すんな。ただ交渉しに行くだけだぜ? 何を言われようと俺がすっぱりと断ればいいんだ。そうだろ?」
「ふ……ああそうさ。あんたが最後まで話を聞いて、それでもうちを蹴るってんなら……もうアタシは何も言えないし何もできないね」
「だってよ」
そう言っても二人の不安そうな表情は変わらなかった。まったく、俺のことをもっと信じてくれてもいいんじゃねえか? ……いや、これが二人のどっちかが連れてかれるって場面なら俺だって絶対に許しはしねーか。
「心配なんざしなくたっていい。すぐに戻ってくっからよ」
笑ってそう言う。話を終わらせるにはこれが一番手っ取り早いんだから、二人にゃ悪いがここは納得してもらうとしよう。
「意見もまとまったようだし、行こうじゃないか」
ガレルたちとともに組合の外へ出た俺は、真っ昼間だってのにそこが影になっているんで不思議に思って空を見上げて……そんでぽかんと口を開けた。
「っ、これが……」
「そう、これがアタシたちのホーム。飛行ガレオン船ブラック・ハインド号!」
想像の十倍はデカい船が組合の上空に鎮座している。真下からなんで船底しか見えないが、そんなアングルだからこそ、空に蓋するように浮いている巨船から感じられる威圧感はとんでもないものがあった。
「いつまで呆けてるんだい。あんたは今からあそこへ行くんだよ」
どうやって、と問おうとした俺の前でガレルの部下たちが操舵のついたボートへ乗り込んでいく。
並べられている中で特別大きいひとつにガレルも乗って、俺も後ろへ乗れと指示してきた。
「落っこちないよう掴まってな」
「まさか、これもなのか?」
「そう、ブラック・ハインド号の一部だ。つまりはこいつも――空を飛ぶ!」
「うおぉっ……!?」
ビュオン、とかなりの速度で走り出し、空へ舞い上がるボート。俺は振り落とされないようにガレルの腰に掴まるのが精一杯で、見送るサラとメモリに何を言ってやることもできなかったぜ。




