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93.ギルドハウス

「うぉおおおおお!」


「ごらぁ! モップ掛けでそんな大声出す必要がどこにあるんだビートォ! 客に迷惑だろうが! 掃除はもっと静かにしやがらねえか!」


「はい! すみません、パイン店長!」


「だが……そのやる気は買ってやるぜ。お前が来てからこのボロ宿もちったぁ小綺麗になった」


「……! ありがとうございます!」


「で、あれは何?」


 リンゴの木のホールで繰り広げられる熱血なやり取りに、アップルが胡乱な目をして問いかけてくる。

 あっちの二人の盛り上がりに反比例したそのローな態度に俺は苦笑いしかできなかったぜ。


「連れてきたときに説明したろ? あいつはアンダーテイカーの弟子(仮)だよ」


「それは知ってる。なんでその弟子(仮)がうちでバイトしてんのかって聞いてるんだけど」


「なんでだろうなぁ」


 うーむ、と腕を組む。それにアップルは呆れたようなため息をついたが、ホントに俺もこうなるとは思ってなかったんだからしょうがない。


「だってやるにしたって取っ組み合うくらいしか鍛える方法ねーし……そんなんしたってすぐ強くなれるわけでもねーし……だいたい俺たちだって冒険者の仕事があってそんなに暇じゃねーし」


「服をたくさん買って散財したんだっけ?」


「おう、これとかな」


 ジャケットを摘まむ。手触りも着心地もよくてこの数日でますます気に入ってはいるが、やっぱあの日は相当金を使っちまったと少しばかりの後悔もないではない。


 ヨルから貰った旧金貨ってのは手元に残しておきたくて切り崩してねーんだよな……ぶっちゃけそのせいで俺たちに金の余裕はなくなっている。


「せめて革ジャンにしなけりゃよかったかね。これ特に高かったんだよ。それでもお値打ち価格だって店員は言ってたが」


「いいじゃん、良い物ならちょっとくらい高くたって。ゼンタに合ってるよそれ」


「マジ? アップルにそう言われっと素直に自信つくな」


 お世辞とか言いそうにもねーからな、この子は。気の抜けた格好になってもいいからもっと安く済ませりゃよかった、なんて気持ちも多少は薄れるってもんだ。


「で、大忙しのアンダーテイカー様はいつビートを仮じゃない弟子にするのさ」


 つかいつまでうちで清掃員やらせるつもり? 

 とアップルはカウンターに肘をついて気怠そうに聞いてくる。


 具体的な予定を答えられたらよかったんだが……いかんせん今後のことはまったくの白紙だ。明日のことすら俺には何もわからん。


「生き方がハードボイルドすぎない? もうちょっと計画的に生活しようよ」


「そうは言ってもな、冒険者なんてのはがっぱがっぱと大金を稼ぐような上位の連中でもない限りは、その日暮らしが当たり前だって先輩らが」


「別にBとかCの中位だろうとDとかEの下位だろうと、計画立ててるパーティはしっかり貯金しながら生きてるから。それ言ってた連中が単に金を宵越しできないってだけでしょ」


「え、そうなのか? じゃああのおっさんたち信用できねえな……」


 とはいえ俺らに計画性がないのは事実だし、何をするにも先立つもんは必要だ。金がなきゃ時間も確保できねえんだからな。


 ビートを鍛えるための時間を捻出するには生活に余裕ができないと無理だ……つまりはもうしばらく稼ぎの日々を送らねえといけないってわけよ。


「それまではビートもゼンタたちもうちに泊まるわけ?」


「そのつもりだ。別に迷惑ってこたぁねえだろ? 部屋余ってるし」


 迷惑じゃあないけど……と変に言葉を濁したアップルに代わって、カウンターに戻ってきたパインが俺に言った。


「迷惑とは言わんが、いつまでもここを拠点にしてんのはよろしくねーな」


「え、なんでだ? ……そうか! ここがボロの安宿だからか!」


「そうそう、こんなみすぼらしい宿なんてとっとと出ていくのが正解――って誰の店がみすぼらしいって!?」


「それは自分で言ったんだろ!」


 ギロリと威嚇してきたパインだが、ジョークだったんだろう。すぐに落ち着きを取り戻して「そうじゃなくてな」と話を続けた。

 なんだったんだ、今のノリツッコミは。


「宿の良し悪しに関わらず、ずっと同じ場所を根城にすんのは外聞がイマイチでな。そういうパーティが皆無ってわけじゃあないだろうが、やっぱ冒険者ってのは見栄張ってなんぼのところがある。ランクが上がるにつれ高級宿に移っていくのが普通なんだ。そして行く行くは自分たちだけのホームを持つのが王道の成り上がりだな……いわゆる『ギルドハウス』ってやつだ」


「ギルドハウスね……有名なとこはみんなそれを持ってるもんなのか?」


「そりゃあお前、ギルドに認定されてるところは例外なく家を持ってるに決まってらぁ。そうじゃなきゃ大所帯を囲い込めねえだろ」


 ギルドへの認定は、組合長もしくは他ギルドの団長の合計三名から認められるか、あるいは統一政府セントラルに自ら申請して許可を貰えた場合に限り、正式に決定されるらしい。


 好き勝手にうちのギルドですー、自分が団長ですー、とは名乗れねえってことだな。


 や、名乗れはするがそれじゃ闇医者ならぬ闇団長だ。


「そうだな、非合法ギルドってのもあるにはあるぞ。そん中にゃ、汚ねえ仕事を専門にしてるようなのもあるんだとか」


「ギルド自体が非合法ってことは、そこの所属は冒険者資格を持ってねえってことだろ? いたとしてもちゃんと活動してない。それじゃただのならず者集団じゃねえか」


「正論だ。だが組合長や団長三名から認められるってのはえれー大変なこった。セントラルから認可を受けるのはそれ以上にキツい。諦めて勝手に看板掲げるのもそりゃあいくつか出てくるってもんだ」


 ……んじゃパインは、そんな難しいことを俺らにやれと言ってるのか?

 まず今の段階じゃ家を持つどころか高い宿に移ることすらできねーんだが。


 というか、多少部屋の質がよくなろうとリンゴの木から離れたいとは思わねーけどな。よっぽど好条件のところじゃない限りは、ここがいい。慣れたってのもあるし、パインやアップルとも仲良くなれたってことで離れがたいんだ。


「宿屋冥利に尽きるセリフだがな。それでも冒険者として大成したいならいつかは巣立たねえとなんねえさ」


「いつかは、だろ? まだそんな話する時期じゃねーって。そもそもギルドハウスなんてどこに構えられるかって話だ。土地ってたけーんだろ? 家自体もな。んなもん建てる余裕ができるのは何年クエストやり続けりゃいいのか検討もつかねー」


「確かに一から建てるなら高くつくがな。だったら元からあるもんを使えばいい」


「元からあるもん?」


 首を傾げれば、俺の横でちびちびとオレンジジュースを飲んでいたアップルがコップを置いて、そういえばと口にした。


「うちの横にあるね。ずーっと空き家になってるのが」


「え、右のあのデカい家か? あれ空き家だったのか……いつも暗いけどそういうバーか何かの店かと思ってたぜ」


 隣の家はリンゴの木にも負けないほど古ぼけた外観だが、作り自体はしっかりとした印象を受けるそれなりに大きな建物だ。家屋だとも店舗だとも思える外装だったもんで、てっきりパインたちみたいに住居と店を兼ねた生業をしてんだとばかり考えてたぜ。


 今まで通り過ぎるばかりでそう注目もしてなかったけどな。


「かなり前にあそこでギルドが解散しちまってな。それっきりそのままになってんだ。具体的な値段は知らんが、こうも長らく放置されてることを踏まえりゃそれなりに安く買いたたけるんじぇねえか?」


 居抜きで使うなら、まあ新しくギルドハウスを建てるよりは断然安く済むだろうが……にしたって家だぞ? 中古の服なんかを買うのとはわけが違う。いくら物件そのまま再利用だとしても金額はかなりのもんになるはずだ。


「なんにせよ、どんと稼げるようにならねーと夢のまた夢だな」


「どんと稼げるようになればいいんだ。高ランク目指してんだろ? ここに来たときはまだ冒険者ですらなかったお前たちの出世速度からすると、すぐに大金をばんばん懐に入れられるようにもなるさ」


 おうそうだった、とそこで思い出したようにパインが言う。


「さっき連絡があったぜ。呼び出しだ」


「呼び出し? 俺を?」


「アンダーテイカーを、だな。トードの野郎が組合にまで来いってよ。なんでも……冒険者ランクについての話があるんだそうだ」


 そう教えてくれたパインは、まるで話の内容について察しがついているような表情をしていた。


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