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92.どこまで高みに行くのかを

「なあビート。アンダーテイカーの噂を聞いたってんなら、俺たちがどういう冒険者かも知ってんだろ?」


 俺とメモリは職業クラスを公表している死霊術師ネクロマンサー。他の連中からは珍獣扱いされるほど珍しい存在で、言うまでもなくその戦いかたは一般的な冒険者の参考にはならない。


 残るサラはさっき僧侶プリーストにジョブチェンしてたが、こいつはこいつで他の冒険者の手本にゃならないだろう。俺たち以上に戦闘法が独特だもんな。


「つまり、弟子になったところでお前さんが得られるもんがあるのかって話だ。そもそも俺たちはまだDランクの下位冒険者だぜ?」


 Aランク入りを確実視されてるってのは嬉しい限りだが、本当にそうなれるかは今後次第だ。まだまだ浮かれて弟子なんか取れるような立場じゃねえだろう。


「それはわかってる! 自分が無茶な頼みをしてるってこともだ。だけど、ゼンタさんは俺が手も足も出なかったカロリーナって女のパンチを耐えてみせた。あいつと同等以上はあるだろうルチアに、サラさんは勝ってみせた。そしてメモリさんのただならぬオーラ! これだけでも十分に、三人とも噂以上のものがあると確信させられた。だからこそこうして頼み込んでる! どうかお願いだ、俺を鍛えてくれよ……!」


 ……ビートの熱量はガチのマジだな。


 見た目からしてサラよりも年上だろうに、俺やメモリにまでさん付けするくらいだ。

 本気で弟子になりたがっているのがわかる。


「ビートさん、ご家族はいらっしゃらないんですか?」

「あるいは……仲間、とか」


 サラとメモリがそう訊ねたが、ビートは頭を横に振った。


「どっちもいない。両親は幼いうちに亡くした。それっきり俺はずっと一人だ。孤児院で暮らすようになって、すぐに働かされた。いずれはどこかで定職を持つはずだった。……だが、それじゃダメだと思った。俺は強くなりたかった。戦える男になりたかったんだ。じゃなきゃ、また一瞬で何もかもを失うことになるかもしれない。そんな恐怖を抱えたまま普通の暮らしなんてできるはずがない……俺はいっぱしの戦士にならなくちゃならないんだ!」


 ふうむ。伊達や酔狂で言ってるわけじゃねえってことか。


 何かしらの事件か事故で家族を失って以来、どんな悲劇も自分の力で撥ね退けられるほどに強い男を目指して生きてきたんだろう。ビートは真剣だ。気圧されちまうくらいに熱い眼差しをしている……。


「よくわかったぜ、ビート」


「! じゃあ!」


「いや……まずは確認をしてえな。お前のことはわかったが、逆にお前が本当に俺のことをわかってんのかってのを」


「え?」


 俺の言葉にビートは怪訝そうな顔をする。


 ま、まずは見てもらったほうが早いだろう。口で言うよりも何倍も楽だ。


「【契約召喚】。来い、『ドラゴンゾンビ』!」


「グラァアアアアッ!」


「うお……!?」


 呼び出され、空へ向かって咆哮を上げるドラッゾの威容にビートは尻もちをついた。


「まだだ。【召喚】、『コープスゴーレム』!」


「ゴアァアッ!」


「うわっ!?」


 グロテスクな肉塊が人型となって唸るモルグの姿に、ビートはますます腰を抜かした。


「そんで【武装】、『不浄の大鎌』!」


 黒緑の毒々しいオーラを纏う臓物の鎌をくるりと回し、ビートの横へと振り下ろす。


「ぬわ……っ! な、なにを!?」


「これが俺だ」


「へ……?」


「俺が来訪者ってことも知ってるよな? そうだぜ、俺はこうやって戦う。スキルを使って自分を強化したり、仲間を呼んだり、武器を生み出したりする。サラよりも俺のほうがむちゃくちゃだ」


「そこで私と比べる意味ありますか?」


 後ろからのツッコミも今は無視する。


「こんな俺が、アンダーテイカーのリーダーなんだぜ。どうだビート。これを見てもまだお前は、俺たちに師事したいと言えんのかよ?」


「……、」


 ドラッゾの暗い眼窩に見下ろされ、近距離からモルグに睨まれ、すぐ隣ではじゅくじゅくと音を立てる刃から悍ましい不浄のオーラが蠢いている。


 盆とハロウィンがいっぺんに来たようなこの世ならざる気配ってもんをビートは最大限に味わっているはずだが……しかしその目に宿る情熱は少しも揺らがず。


「ああ……! むしろ確信が強まった。ゼンタさんは凄い! どうしても俺はアンダーテイカーについていきたい! ただ強くなりたいだけじゃなく……あんたたちがどこまで高みに行くのかを知りたくなった! 俺も一緒に、その高みへ行かせてくれ!」


「……大したもんだな」


 こんなに不気味な光景をまざまざと見せつけられて、萎えないどころか余計に意思を固めるなんてな。すげえ男だぜ。


 こうも覚悟を見せられちゃ、もう無下にはできんな。


「修行をつけるんですか? ゼンタさんがそうしたいと言うのなら反対はしませんけど……」

「でも、どうやって?」


 ……そう、そこが問題だよな。ビートは鍛えてもらいたがっているし、できるもんなら俺だってそうしてやりたいが、教えてやれることがひとつもねえ。それこそ実戦っぽく戦ってみるぐらいしかやれることがなさそうだ。


「うーん。今考えても埒が明かんな。ビート、とりあえず俺らと一緒にポレロまで来いよ。それからどうすっか考えようぜ」


 ドラッゾを呼び出したことでSPの大半を使っちまったし、【SP常時回復】で取り戻すのを待ちながら、のんびりと一旦パヴァヌにまで戻ろうと提案したら。


「……どうせ呼び出したのなら、ドラッゾに運んでもらえばいい。時間も馬車代も浮く」


「あ」


 そうだ、ドラッゾは飛べる。

 それもデカいから背中に何人だって乗れるぞ。

 安全を思うと五、六名が限界かもしれんが、それにしたって俺たち全員くらいは余裕で乗車ならぬ乗竜できるだろう。


 空を飛べるカスカやヨルを羨ましいと言いながら何故思いつかなかったのか、俺よ……。


「よし、みんな乗ったか?」

「うっす!」

「はーい!」

「……掴まってる」

「ゴァ!」


 メモリの素晴らしいアイディアを採用して俺たちは精一杯姿勢を低くしてくれたドラッゾに尻尾のほうから乗り、首付近から順に座って鱗に掴まった。


 ドラゴンゾンビがボーンヴァルチャーみたいに骨だけの姿だったり、ゾンビドッグみたいに半分腐りかけじゃなくて助かったぜ。


「それじゃドラッゾ、出してくれ! ただし安全運転で頼むぜ!」

「グラウ!」


 景気よく応えてくれたドラッゾは想像した以上にふわっと飛び上がったかと思えば、優しく風を切って飛んだ。かなりのスピードだが、決して飛ばし過ぎちゃいない。こりゃ最高の乗り心地だ!


「ドラゴンの背に乗って飛ぶなんて、夢みたいだ……!」

「まるで物語の登場人物になった気分ですねぇ」

「すごい」

「ゴァゴァ!」


 後ろでみんなもはしゃいでらぁ。メモリのシンプル過ぎる感想に笑っちまったが、物言わぬゴーレムのはずのモルグも思いのほか楽しそうだな……っておい!


「あれっ? モルグは乗る必要ねーよな!?」


 大鎌と一緒に戻すのをうっかり忘れちまってたぜ。


「まあいいじゃないですか、ドラッゾちゃんも負担じゃなさそうですし」


「グゥラ!」


「ほら、こう言ってますよ」


「わかんのかよ?」


「いえ全然。なんとなくですね。でもほら、何事にもフィーリングって大事じゃないですか」


「おおもう、お前ってやつはマジで……」


 サラの与太はともかく、ドラッゾがモルグの重さを気にしていなさそうなのは本当のようだ。


 あの体格で肉がみっちりと詰まっているからには、俺らとは比べ物にならんほど体重がありそうだが……ドラッゾがいいなら良しとするか。モルグも楽しそうにしてるから、ここでスキルを解除するのは忍びない。


「この調子だとすぐ着きそうだが、それまでは空の旅を楽しむとすっか!」


「グラァ!」


「はは! 張り切ってスピード出しすぎねえでくれよ、ドラッゾ!」


 この通り、空路はすこぶる快適だし面白かった。そのせいで飛んでる間はなんも考えちゃいなかったんだが……ポレロの街中で人をかきわけて着陸したそのときになってようやく、そんなことをすりゃ当然大騒ぎになるって気付いたぜ。


 警団ガードから厳しめの事情聴取を受けましたとも。


 ……アンダーテイカーの噂がまた妙な方向に行っちまいそうだな、これ。


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