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91.弟子にしてくれ

「君たちに依頼がしたい」


 と、急にルチアが思いもかけないセリフを放った。


「い、依頼? なんだよまた突然……」

「……組合所属の冒険者として、組合を介さないクエストの受領は、褒められる行為ではない」


 単純に戸惑う俺と、規則を守るべく乗り気ではないメモリ。だがサラだけは元同僚への恩義も手伝ってか話を聞く姿勢を取っていた。


「どういう依頼なんですか? わざわざ私たちに頼むということは、それなりの事情があるのだとお見受けしますけど」


「そういう理解は相変わらず早いクマね。助かるけど……今はちょっと話せないんだクマ」


「話せないって、それじゃ受ける受けないの判断もできねえじゃんか」


「私たちだってこの場で頼もうというわけじゃない。きちんと冒険者組合……そうだな、組合長を通して依頼させてもらう。ポレロでそのときを待っていてくれないか?」


 サラに、というよりも俺とメモリへ頼むように視線をやりながらルチアはそう言った。


 なんだかまた込み入った話になりそうな予感がするが……トードさんを通すってんならそれは普通の依頼と変わらねえ。サラの前の仲間云々は抜きにしたって、内容も聞かないうちから断ったりはしないさ。


「いいぜ、待つには待とう。だけど絶対に受けるとまでは約束できねえぞ」


「それでもいい。私たちからの依頼が来ることだけを覚えておいてくれればね」


 マスクを拾い、ローブを羽織り直し、立ち去る準備を進めるルチアは、その途中でこの場にいる唯一の部外者へと声をかけた。


「ビートくんだったか。君も、すまなかったね。私もカロリーナも手荒な真似をしてしまった。謝って済むものではないが……せめてもの贖罪の気持ちだ。どうか受け取ってほしい」


 馬車を止めさせた御者へ支払ったのと同じように、百万リルはあるだろう札束をビートへ渡そうとする。


 その金をじっと見つめたビートは。


「そんなものはいらない。好き放題されたのは俺が弱かったせいなんだからな……と言いたいところだが。これを受け取らないと、あんたたちも安心できないってことだろ?」


「……そうだね、口封じの一環も兼ねている。それは否定できないかな」


「だったら仕方ないな、貰っておく。だから安心してくれていい。俺が今日見聞きしたものを、他の誰かに言いふらすことは絶対にないからな」


 おお……なんだよこいつ、三白眼で人相が悪いわりに、善良にも程があるだろ。馬車から放り出された挙句に首まで絞められたんだぞ? 


 俺だったらそらーもうキレ散らかしてる自信がある。


 なのにビートは、いまいち話だって理解できてなかっただろうに、ルチアたちの背景を汲み取って口を噤もうとしている。こんなのなかなかできることじゃないぜ。


「ありがとう。改めて、本当にすまなかった」

「気絶させようとしてごめんだクマ」


「いいよ。それは俺が弱かったせいだし、こうして大金も手に入ったんだしな。得したくらいさ」


 懐に納めた札束をぽんぽんと叩いて笑うビートは、ぱっと見じゃ怪しい取引を終えた悪人にしか見えねえが、言ってることはマジで善人そのものだ。


「ゼンタくんにメモリくん。二人にももう一度謝りたい。この通りだ」

「ゼンタくん、今度またバトルの続きをするクマ――いたい! 脇腹を無言で殴るのはやめるクマ、ルチア!」


「もう謝ってもらうこたぁねえよ。あんたらのおかげでサラだって助かってるわけだろ? なあ、メモリ」

「……うん。利益こそあっても、実害はない」


 ま、冷や冷やさせられたし多少はムカつきもしたが、その苦情を言うべきは運悪く巻き込まれただけのビートを除けばやはり、サラしかいないだろう。


「サラ。乱暴な再会を選んでしまったことを、今は少し後悔している。だけどこうでもしなければお前と本気で戦うことはできないと思ったし……別れが余計に辛くなると思ったんだ」


「わかります。ルチアさんの優しさは全部、ちゃんと伝わってますよ。私のことを公にしないでくれたのも、クロスハーツを持ち出してくれたのも、決闘で『バニッシュショット』しか使わないでくれたのも……全部、私のことが好きだからですよね?」


「な……! そ、そうやってすぐ調子に乗るのがお前の悪い癖だぞ! 言っておくが、そのむちゃくちゃな性格が嫌いだっていうのは紛うことなき私の本音だからな!?」


「と言いつつ、イヤよイヤよも好きのうちクマね」

「カロリーナ!?」

「……ツンデレさん」

「メモリくん!?」

「まあ、愛の形も人それぞれだよな」

「ゼンタくん!?」

「最近では女同士も珍しくないって話だ」

「ビートくん!?」

「い、いきなりそんなこと言われても私困っちゃいます……ぽっ」

「サラ!? 私は何も言ってないぞ!? 顔を赤らめるな! どうしてこんな流れになるんだ!」


 もういい、帰る! とまるで子供みたいな言い方でカロリーナの手を引いたルチアは、最後の最後にぽつりと言った。


「――これで本当にさよならだ、サラ。せいぜい冒険者生活を楽しむといいさ」


「はい、ルチアさん! カロリーナさんも! 絶対また会いましょうね!」


「……、」


「あ、また会おうって言われてすごく喜んでるクマ。自分こそさっきからほっぺが赤い――」


「『リターン』!」


 カロリーナの言葉を遮るように魔法を使ったルチア。

 その途端に二人の体は光の柱へと変わって、一瞬で空を飛んで見えなくなってしまった。


 ほほー、『リターン』って傍からだとこんな感じに見えるのか。インガを相手にも逃げ出せたのが納得の移動速度だ。ルチアが唱えた瞬間にはもう空の星になってる感じだったぜ。


「やつらも行ったことだし、俺たちも帰るか」

「そうしましょうか。まだ時間も早いですし、パヴァヌに戻ってまた特急に乗ります?」

「……それが賢明」


 先を行くよりも戻ったほうが歩く距離は短くて済むだろうとサラとメモリが言うんで、そうすることにした。


 サラはたぶん適当ふかしてるだけだが、ここらの村や街の土地勘を持ってるメモリがそう言うってことは間違いないだろう。


「ビートも来るか?」


 行くか戻るかの選択。

 もしビートも後者を選ぶんであれば一緒に行動したほうがいいだろう。


 馬車のルートはめったなことじゃ魔物や魔獣の類いが出ない道となっているが、それも出にくいってだけで絶対じゃないらしいからな。


 徒歩の単独行動はなるべく避けるのが吉だ。


「ぜひ一緒に行かせてくれ」

「おお、いいぜ。パヴァヌまで寄り合いといこうか」


 軽く了承した俺だったが、ビートは何故か首を振った。


「いや、そうじゃないんだ。ただ道を一緒にってことじゃなく……俺をあんたたちの弟子にしてくれないか!?」


「はぁー!?」


 まったく予想外の頼み事に諸手を上げて驚く。そんな俺の足元へ縋りつくようにしてビートは頭を下げてきた。


「あんたたちがあの『アンダーテイカー』なんだろ!? ポレロへ向かってたのはあんたたちを一目見たかったからなんだ。ここらで初めてのAクラス候補だってもっぱらの噂だからな!」


「だからってなんで弟子入りなんてことになる!? そこはふつーパーティ入りを希望するところじゃねえのか!?」


「いや! そんな自惚れは持ってない。あんたたちの仲間になれるほど強くないってことくらいは、自分でもわかってるんだ。俺は強くなりたい! だが、冒険者学校じゃ時間がかかるし馴染める気もしない。警団ガードは合わなかったし、有力ギルドには門前払いされた。どこにも行き場がないんだ!」


 だから、既に有名になってるギルドへの加入は諦めて、これから有名になりそうな冒険者へ当たりを付け、そいつから直に教えを請おうと考えたのだとビートは言う。


 俺だって、たまたまインガと出くわしていなかったら今でもFランクっつー半冒険者の位でうだうだやってただろうってことを思えば、ビートの悩みは我がことのように理解できる。


 強くなりたいって部分にも大いに共感できるし、こんな熱心に頼み込まれちゃどうにか力になってやりたいとも思う。


 でもなあ……。


「俺たちが師匠になって、何を教えるよ?」

「私はたぶん、そういうの向いてないですね……」

「サラだけじゃない……わたしもそう」

「そして俺もな」


 そう、わかりきったことだが……俺ら三人ともとてもじゃねえが教鞭を取るようなタイプじゃねえんだよな。ましてや弟子なんて論外だろ、普通に考えて。


「そんなこと言わず頼むよ! 俺をどうか弟子にしてくれ!」


 三人揃って難色を示してもビートはちっとも諦めようとしない。


 ひえー、こりゃ参ったな。

 いったい俺たちゃどうすりゃいいんだ……?


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