9.親猫との勝負
前回からしばらく経ってます
「おっしゃ! いつでもいいぜ」
「ガウルッ!」
かかってこい! って感じで親猫が吠える。
吠えられている相手ってのは、この俺だ。
俺は今、親猫との勝負に臨もうとしている。
「にゃうん……」
子猫が俺らの様子を眺めながらひと鳴き。
どことなく不安そうだ。
別にこれは喧嘩じゃないってことは、あいつもわかってるだろうけどな。
もしかしたらどっちを応援しようか迷ってんのかも。
ちな、ボチは子猫の傍にも俺の傍にもいない。
今は一時的に引っ込んでいてもらっているんだ。
何故って、もちろん。
この勝負に勝つためよ!
「先手必勝! 【召喚】、ボーンヴァルチャー!」
「クエィ!」
俺の目の前に出現したのは、体が骨だけでできている鳥だ。『ヴァルチャー』ってのはハゲタカのことらしいんで、こいつは骨になったハゲタカだな。猛禽類にしてはちょっと小柄な気もするが、見た目がわりとかっこよくて俺は気に入っている。
【召喚】スキルのレベルが上がったことで呼べるようになった、俺の新たな仲間だぜ!
名前はキョロだ!
「行け、キョロ!」
そう言い終わる前にはもう、キョロは俺の意図がわかっていたかのように親猫へ向かって飛んでいた。
足の爪を光らせながら、親猫の頭へ掠らせるようにして過ぎていき、そしてすぐに戻ってくる。
「ガウッ……!」
「よしいいぞ! 付かず離れずでかく乱しろ!」
ぶっちゃけキョロに攻撃の役目は期待していない。
それだったらボチのほうが活躍できるだろう。
ただ、キョロにはボチにない飛行能力がある。
ボチだって割と足は速いが、機動力で言えば空を動き回れるキョロとは比べ物にならないからな。
なので、【召喚】で呼べる魔物は一度に一体という判明した制約を踏まえて、俺は今回キョロを起用することに決めたのだ。
キョロの役目はずばり支援。
ああやってギリギリ反撃を食らわない位置取りで親猫の周りを飛び回って、ちょいちょい爪でちょっかいをかけるふりだけして俺から意識を逸らさせる。
そしてその隙に俺が決めるって寸法よ!
「【武装】、『肉切骨』二刀流!」
両手に骨のナイフを装備して、走る。
キョロに気を取られていた親猫もこっちへ意識を向けてきたが、そこで俺は新スキルを唱える。
「【活性】!」
その瞬間、俺の体に力が満ち溢れる。
漲った活力を脚力に変えて、俺は一際強く地を蹴った。
「ガゥ!?」
親猫は俺の急加速に驚いたらしい。十分に反撃は間に合うと踏んでいたんだろうが、残念だったな。
その狙いを外させるために、あえて途中から加速したんだぜ!
「うおおぉぉっ!」
跳び上がって、両手のナイフを力いっぱいに振り下ろす。
速度で意表を突いてやったんだから確実に決まる。
と、思った俺は浅はかだった。
驚いていたくせに、親猫はそこからでも防御を間に合わせてきやがった。降ってくる俺にタイミングを合わせ、長く波打った例の牙を一閃。ナイフと牙がぶつかり合って甲高い音を立てた。
「ぐあっ!」
弾かれたのは俺のほうだった。
ちっくしょう、脚力だけじゃなく腕力だって上がってるはずなのに、あっさり力負けかよ!
「! 【武装】、『骨身の盾』!」
悔しがってる暇もなかった。親猫は自分でトスして自分でアタックするように、牙で弾いた俺に対して爪を振るってきた。俺はバレーボールじゃねえぞ!
「ぐぅ……!」
【武装】スキルのレベルアップによって出せるようになった、平べったい骨が組み合わさってできた盾で親猫の爪を防ぐ。
が、空中で受けたせいで踏ん張りが利かない。
爪で裂かれることこそなかったが、俺は衝撃に押されて石ころみてーに地面を転がることになっちまった。
「くそったれ!」
僅かにHPが減ったのを確認しながらすぐに立ち上がり、また新しく肉切骨を一本呼び出す。
【武装】はどうやら【召喚】とは若干仕様が違って武器と防具でカテゴリが別れているらしく、それぞれひとつずつは出しておくことができるようなのだ。
左手に骨の盾、右手に骨のナイフ、お供に骨の鳥という骨まみれ状態になった俺。
これじゃ死霊術師っていうかただの骨大好きマンだろ。まあなんでもいいけどよ!
「クエーッ」
「ガァウ!」
「クェ、」
俺がピンチと見るやキョロがわさわさと骨の翼を動かしながら親猫へ飛びかかるが、気を引こうとして近づきすぎたようだ。回避できる距離を誤ったキョロは、親猫の前脚でべちっとはたき落されてしまった。
「キョロ!」
ここでキョロがやられたらマズい。
ボチもそうだが、俺はまだ【召喚】で呼び出した魔物がやられちまったらどうなるか知らない。
ひょっとしたら二度と呼び出せなくなるんじゃないかと思うと、そんなの試す気にもならねえ。
だからまさか親猫がキョロをめためたにするとは思わないが、ものにははずみってもんもある。
【召喚】が強制解除されるぐらいにやられちまう前に、助ける必要があるわけだ。
「もういっちょ俺のナイフを食らいやが――あ、あらら?」
がくんと、力が抜ける感覚。
しまった! もう【活性】の時間が切れやがった!
新スキル【活性】はSPを3から12まで任意に消費して、そのぶんに合わせて身体能力が上がるっていうスキルだ。
実はこれ……強いは強いが、費用対効果っつーのか、コスパで言うと正直そんな良くない。
12ポイントって結構デカいのに、体感それの倍くらいの秒数しか持たない気がする。つまり二十四秒くらいな。三十秒は持たない。たぶんな。
しかもケチって最低の3ポイントだけにするとマジでほんの一瞬で解けちまう。
俺は今、6ポイント使った。
それでもう一撃くらいは入れられる予定だったんだが、地面に転がされたぶん計算がズレちまった!
「ガウル!」
「しまった……!」
今度はさっきと逆だ。
ここぞというタイミングで俺の動きが鈍くなっちまった。
俺からすりゃ攻めにくくなったが、親猫にとっては……絶好の的ができたって感じだ。
「ぎっ! ぐっ! げえーっ!」
爪を一発、二発。
そこまでは咄嗟にナイフを捨てて両手で持った盾で受け止めたんだが、それで限界だった。
体勢を崩された後にきた三発目で、俺はまた吹っ飛ばされてしまった。
まだ壊れちゃいないがそろそろ耐久が限界っぽい盾を、俺はなんとか手放さなかった……だけどもう一撃受けられるかっていうと微妙だな。
「ああ、くそったれ……」
つーかそれ以前に、俺のほうが盾より先にぶっ壊れそうだ。
まともに浴びた親猫の猫パンチ。
その威力は半端じゃなかった。
デカ鹿に角で投げ飛ばされた時もここまでは食らわなかったぞ。
HPバーの長さが、元の二割を切ってる。
それを確かめて俺はその下のSPバーへ視線を移す。
「よかった……」
既に実験したことではあるが、安心した。ちゃんとSPは回復してくれている。
よし……これなら使っても大丈夫そうだな。
「【補填】発動……!」
SPをがっつり消費して、その量に応じてHPを回復させる荒技だ。
いや、全回復に必要なHP量に応じてSPが減るって言ったほうが正しいのか。
とにかくこれのおかげで、なくなったHPの八割が瞬時に戻ってきた。しかしその代償としてSPは殆どガス欠だが……けど時間さえ稼げればこっちもどうにかなる。
「キョロ! まだ飛べるな!?」
「――クエェーッ!」
HPを取り戻した俺が立ち上がると同時に、キョロも雄叫びを上げて地面から飛び上がった。よし! 見た目通りに骨のあるやつだぜ!
「時間稼ぎ頼んでもいいか!」
「クエクエッ」
心強い返事を寄越して、キョロはまた親猫の傍を飛び回る。
顔に纏わりつくようないい飛び方だ。
それでいてさっきの失敗から学んだのか、すぐに牙も爪も届かない高さにまで離れる芸達者ぶりだ。
あれは親猫からすると凄まじくウザいだろうな。
「ガゥ!」
「おっと来やがったな!」
埒が明かないと思ったのか、キョロに視界を遮られながらも親猫は俺のほうへやって来た。が、俺は盾を構えつつとにかく逃げ回ることだけに専念する。
情けない話、キョロがこんなに頑張ってくれているのに俺にはこれしかできないのだ。
だがこれはただ逃げてるってだけじゃない。
待っているのだ。
「もっと早く回復してくれてもいいんじゃないか……!?」
じわじわと伸びていくSPバーを見ながら、俺は歯痒い思いをする。
冷静に考えりゃこれでも物凄い回復速度なんだが、猛獣の攻撃を掻い潜りながら待つにはちとのんびり過ぎる!
最初のうちこそレベルアップ時以外を除けば数時間につき数ポイントか、あるいは就寝して全回復させるかしか取り戻す手段のなかったSPだが、つい昨日レベルが10に上がったことで得たスキル――それこそが【SP常時回復】という神スキルだった。
同時に選択肢として出た【HP常時回復】と二択で選ばされて死ぬほど迷ったが、他にも回復スキルがあるHPのほうは取らずにSPにした。
HPは命に直結しているがSPのほうは言うなれば、それを繋ぐための命綱も同然だ。
今こうして、強すぎる相手にはSPが切れたら何もできないってのを改めて実感したことで、昨日の選択が間違ってなかったと確信が持てたぜ。
「よしよしよし! これくらい戻りゃあなんとかなる!」
SPが半分近くまで回復したところで、どうにかこうにか時間稼ぎは終了。
さあ、場も整ったことだし……いざ『とっておき』を使わせてもらおうか!