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87.推して参ります!

「【活性】発動!」


「クマ?」


 身体強化で一気に距離を詰めた俺は、熊女の腕を蹴りつけてやった。ぶっとい枝みてーな蹴り心地ではあったが、どうにか若いにーちゃんの拘束は解けた。


「いたた。やるクマね」


 男を奪われたことで熊女は悔しがる、と思いきや楽しそうに笑ってやがる。


 ちっ。馬鹿にされてるようで腹が立つが、今はこいつの無事を確かめるのが先だ。


「おい、大丈夫か? あんた名前は?」

「ごほっ! お、俺はビートだ……げほっ。なんとか、助かったぜ。礼を言う……」

「そうかビート、無事で何よりだ。巻き込んじまって悪い……しばらくそこで休んでな」


 抱き留めたビートの体を地面に下ろして、俺は熊女へと向き直る。


「こいつらは俺たちのお客さんだ。もてなしはきっちりとしてやるぜ」


「クマママ! 迷いのない男の子だクマ。威勢がいいのは嫌いじゃないクマよ?」


 そう言いつつ、熊女はぐっと腕を大きく引いた。殴る構え。見え見えの攻撃――だがプレッシャーがハンパじゃねえ!?


「威勢だけじゃないならもっと好きだけど――」


「っ、【武装】、『骨身の盾』!」


「――クマぁっ!」


 装備した骨の盾にずしんと響く、熊女の拳。タイミングばっちりに受け止めたはずが、俺の体はかなり後ろへ押された。


 見た目通りのパワーだな……! 【活性】込みでもこっちが押し負けるかよ!


「おっ、持ち堪えるクマ? だったらもっと力を出してもよさそう……」


「カロリーナ!」


「クマッ!?」


 ますます楽しそうにぐるぐると腕を回した熊女……カロリーナが、ルチアから鋭い声音で名を呼ばれたことでビクリと固まった。


「何を勝手に始めているのかな? 君はただの見届け役。ここへ来たのは私が、サラと、直に話をするため。ピクニックじゃあない。ましてや、遊ぶためでもない。わかるはずだね?」


「う……はーい、ルチア。ゼンタくんだっけクマ? ごめんね、叱られちゃったから続きは今度だクマ。今日はルチアが主役だから我慢しなくちゃクマ」


 なんの我慢だ? という疑問は、俺の代わりにサラが訊ねた。


「話……というのは、いったいどんな? ルチアさんもカロリーナさんも、私を教会へ連れ戻しにきたんじゃないんですか?」


「それも考えてはいたさ。だけど……」


 そこでルチアは、俺を見た。そして実はこの場で最も殺気立っているメモリ――いざというときのためだろう、どす黒いオーラを全身に纏って大技を繰り出す準備を終えている――のことも見て、それからくすりと笑った。


「これが、今のお前の仲間か。よりにもよって闇属性の、それも死霊術師ネクロマンサーが二人とはね……」


「なにか文句でも?」


 むっとしたサラに、ルチアは「まさか」と肩をすくめた。


「文句なんてあるはずがない。血の気も多いようだしサラにはよくお似合いの面子だよ。そう思えばこそ、やはりお前はシスターに相応しくない。そう結論づけなければいけないところだけど……決して多くはない光属性の使い手。その中でも更に限られた奇跡魔法の使い手を、何もせず放っておくことはできないな」


 今となっては教会へ所属する素養に欠けている。

 しかし、素質自体は十分だとルチアはサラを褒めているのかその逆か極めて微妙な評価を告げる。


 そしてそのうえで。


「見込みありと判定されたお前を一から育てるためにかかった費用と時間、人材。学べるだけ学んで、教会が払ったそれらを全部無視するだなんて惨い話じゃないか? せっかくシスター入りが決まったというのに……聖女様からの認定を受けるために本部へ向かう最悪のタイミングでお前は逃げた! 教会も、そして聖女様のことも愚弄しているとしか言いようがない!」


「私が逃げたのは、困っている人のためにあるはずの教会が、そうじゃなかったと気付いたからです! ルチアさんだっておかしいと思っているのでは? 力なき人に寄りそうはずの奇跡を、教会はセントラルのためだけに独占と行使をしている……こんなことが、」


「おかしいと思うのなら! 私と同じようにシスターとなって! その上の大シスターとなって! 認められてから聖女様に談判し! 内部から教会を変えればよかったんだ! お前は何を為そうともせず、現実から逃げ出しただけじゃないか!」


「……ルチアさんから見れば、そうなりますよね。あれだけ期待してもらったのに、酷いことをしたとは思います。でも! 私には私なりの考えがあるんです。あのまま教会の一員となってもきっとダメだって思ったから……何かを為すためには、まず私自身の力で! サラ・サテライトという人間を強く育てる必要があると思ったから!」


 名を売る。

 冒険者になることを決めた夜、サラの口から飛び出したその案には、俺が思う以上の覚悟があったのかもしれない。


 普段のサラからは想像もつかない、真剣で、血を吐くような独白を聞いて俺はそう感じた。


 同じようなことを、立場も意見も違えどルチアも感じたようで。


「なるほど、理解したよ……軟弱な理由だけで逃亡したわけじゃなさそうだ。それがわかっただけでも、こんなところにまで足を運んだ甲斐はあった」


 少なからずの納得を見せて、ルチアはサラなりの決意ってもんを認めた。だが、彼女の言葉にはまだ続きがあった。


 ちゃり、とサラの母親の形見だというクロスを掲げて。


「けれど。素質ありとされながらも、体の弱さで見習いから脱退してそのまま引退したという、お前の母。そんな先達が教会より下賜された、洗礼を受けた聖装たるこの『無二の十字オンリークロス』。……これが果たして、母の願いも形見も後にして教会を離れたお前が持つに相応しい代物かどうか。その点についてはまだ疑問が残る」


「……! では、どうすればそれを証明できますか。どうすればルチアさんは……私がそのクロスに相応しいと認めてくれますか」


「愚問だね。私はシスターで、お前はそうなるはずだった人間。シスターに大切なものは、なんだ?」


 言いながらルチアは……自らの手にあるクロスを放って、サラへと投げ渡した!


 目を丸くしながらもサラは咄嗟にそれをキャッチした。


「ルチアさん……!?」


「シスターに最も求められるもの、それは――強さ。悪しきを挫き、流れず、祈りを捧ぐ。そこには常に弱く儚き者への庇護の精神がなくてはならない。だが、力なき祈りにはなんの価値もない……それこそが教会の開祖である聖女様唯一の教えだよ」


「ええ、それだけは私も忘れていません」


「他は全て忘れたと? まったくお前は、教会を抜けても変わっていないな……だがそれさえ覚えているなら話は早い」


 サラを真っ直ぐに見つめ、その顔に人差し指を突き付けたルチアが、厳かに宣言する。


「『決闘』をしようじゃないか、サラ。ここで私と戦うんだ。そのクロスを私に奪われ、また手放したくなければ……一対一で私に勝ってみせるんだ」


「決闘だと……?! サラが、一人で戦うってのか!?」


 何を言い出すんだ、このルチアって女は!


 ピンチや強敵相手にも怯まねえだけの度胸はひょっとすると俺以上のサラだが、戦闘能力は皆無に等しい。なんせクエストでの役割は壁を張って守ったり、回復魔法で傷を癒したりという、完全なサポート型なんだからな。


 決闘をしようにもまず攻撃手段がねえじゃねえか! と、不利どころかまず条件が成立してねえ勝負を吹っかけてきやがったと憤る俺とは反対に、サラはごくごく冷静だった。


「決闘に勝てば、私を認めてくれるんですね」


「実力以上の指標は、この世にない。私より強ければ否が応でも認めざるを得ないさ」


「……、」


 ルチアの言葉を聞いて、サラは手元へと視線を落とした。

 そこにはサラが取り戻すことを熱望していた母の形見が収まっている。


 ぎゅっと、まるで祈るようにそれを握りしめたサラは。


「……わかりました。勝負を受けましょう」


 いつかのように決意を秘めた眼差しで決闘に応じることを了承した。


「サラ……!? お前、マジで一人だけで戦るつもりか!?」

「無茶が過ぎる」

「大丈夫ですよ、ゼンタさん。それにメモリちゃんも……どうか私を信じて、見守っていてくれますか?」


 そこにいてもらえるだけで、千人力ですから!


 なんて笑顔で言われては、俺もメモリももう口を挟むことなんてできなかった。


「……わかった。ただし、やるからには勝てよ!」

「応援する」


「ありがとうございます。――アンダーテイカー所属、魔術師メイジ改め僧侶プリーストのサラ! 推して参ります!」


「教会員本部所属『シスター』ルチア。推して参る」


 カッ! と口上を放った二人の体が同時に光を放った……!

 これはなんの輝きだ!?


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