83.あんたらを探してる連中が
クイーンラット退治の翌日、俺たちは報酬を受け取りに冒険者組合へと足を運んだ。
クエスト完了後にも顔を出してすぐにそれを報告したんだが、そんときゃちょうどボパンさんが外していたところで、こっちもそれなりに――特にラステルズの面子が――へとへとに疲れてたんで、簡単に言うだけ言って帰ることになったんだ。
次の日には、ボパンさんはちゃんと俺たちが来るのを待っててくれたぜ。
「ご苦労様だね、アンダーテイカー。先に来たラステルズから話は聞いたよ? 大活躍だったみたいじゃないか」
「大活躍……つってもクイーンラットは俺だけでぶっ殺しちまったし、ランドが危うく死にかけたし、あんましちゃんと依頼をこなせたつもりはねーっすけどね」
「そうかい? あんたはそうでも、ラステルズの意識は良い方向に変わってるようだったけどね。無事に帰ってきたことと合わせて何も言うことはないね。あたしの頼みを聞いてくれたあんたらには、これをやろう」
ボパンさんは金以外にも何かをくれると言って、取り出したブツを机の上に置いた。なんだなんだとじっくり見てみればそいつは革で出来たポーチみてーだった。腰に巻くタイプのやつだ。
「これは?」
「次元格納ポーチさ。収納制限なしの一級品だよ」
「く、空間魔法の施された品物ですか!?」
サラのリアクションで何やら凄そうなものだとわかる。
んで、次元格納ってのは具体的にはなんなんだ?
「キッドマンという子が使っていた空間魔法の一種によって、ポーチの中が次元を超えて広がっているということです。しかもこれはその限度がないという超高級品ですよ」
ほー、いくらでも物を出し入れできるってことなのな。ポーチの口を通るサイズの物しか入れられはしねえだろうが、その点を除けばカスカの【収納】スキルとほぼ一緒だ。こいつはめちゃ便利だぜ。
「高級って、いくらくらいする物なんだ?」
「そうですね……私も相場には詳しくありませんが、ポーチ型でも億は下らないと思います」
「おく……億?」
「はい、億です」
「…………」
手に取ってマジマジと眺めていたポーチを、俺はそっと机に戻した。
いやいやいやいや! 億て! そんなん怖くて触れねーわ、壊したら弁償のしようがねえ!
「だからそいつをやるって言ってんじゃないか。壊したってあんたたちの物なんだから、あたしに弁償する必要なんてどこにもないよ」
「ほ、本気でこんな貴重な物を貰っちゃっていいんですか?」
「ああ、いいとも」
「報酬もくれたのに、ついででコレまでくれるってのか?」
「ああ、そうだとも」
「……怪しい」
「ああ、そうだろうとも」
いつでもクレバーなメモリらしい浮かれ気分ゼロの単刀直入な言葉にも、ボパンさんは動じずに頷く。恰幅の良さと合わさってなんとも大物感がすげえ。
「トードから話は聞いたって言ったろう? アンダーテイカーはもっと上に行けるパーティだ。それだけの素質があるだろうとあたしの勘は言っている。あんたらも実際そのつもりなんだってね? だってのに、三人とも呆れるくらいに軽装なもんだから、あたしからするとついつい心配になっちまうのさ。老婆心ってやつさね」
「だから、このポーチを?」
「餞別代わりだよ。あたしも人から譲ってもらったものだけどね。せいぜい有効活用して、今後はポレロだけでなくパヴァヌも是非ご贔屓に……いやさいっそ地域を代表するくらいに目覚ましく活躍して、どんどん名を売っていっておくれ。その頼みも込みでの餞別だね」
そうなると他の冒険者たちもいい具合に刺激されて活気がつく。有名ギルドのいないここら一体の活性化にも繋がるはずだ、とボパンさんは語った。
「そういうことなら貰っておくよ。ボパンさんの期待に添えられるくらい有名になれっかは、ちと自信がねーがな」
「未来は誰だって未知数さ。自分の足跡だけが確かな道になる。だけどあんたらはまだ若い。振り返るよりも今は、道なき道をひたすらに進むことだね。そうやって初めて何かが見えてくる……運命を切り開くってのはそういうことさ」
おお……含蓄ある言葉だ。貫禄のあるボパンさんだからこそ様になるセリフってやつだな。俺が同じこと言ってもこれだけの重みは出ねぇ。たぶん、同い年になっても無理だな。
先人様からの助言と贈り物に礼を告げて、ポーチを受け取る。
一応ちょっとだけ話し合ったが、こいつは俺が持つことになった。
腰に巻いてある制服のシャツの下に隠すようにしてつける。
こうすれば、俺の体同様に傷のつかねー制服がポーチを守ってくれるって寸法さ。
腰につけてる実感がわかねーくらいに軽いが、これはまだ何も入れてないからかと思えば、ボパンさんが言うにはどれだけ物を入れても重くならないそうだ。
それも次元格納の利点のひとつらしい……聞くほどに便利な代物だな、これ。
冒険者垂涎のアイテムじゃねえか?
「だけど入れすぎるとそのぶんゴチャつくからね。整理整頓をきっちりしとかないと、いざってときに必要なもんが取り出せなくなって慌てることになるよ」
なるほど、つまり緊迫したシーンでドラ〇もんが陥るあのパターンか。
そこはいくらでも物を仕舞えるからこその弊害だな。
ただまあ、物を出し入れする際に気を付ければ異次元空間でもある程度は配置の融通が利くそうなんで、そこまで心配はしなくていいだろう。
「俺は物の整理とか、割と几帳面なんで」
「え、ゼンタさんってそうなんですか? とてもそうは見えませんけど……」
サラめ、ナチュラルに失礼なやっちゃ。まあ、まず制服くらいしか所有物がねえ今の俺を見てっとそう思って当然かもだが。
俺は育ちが育ちなもんで、自分だけの物ってのをあまり持ってこなかった。
施設のは漫画もゲームも共用品だったしな。
しかも、微妙に古くせーもんばっかりでよ。
そういう環境だと衣服だとか歯ブラシだとか自分だけの物ってのは貴重で、だからそういう貴重品の管理については子供の頃から結構徹底してたんだ。
そう意識してるってわけじゃなく、自然と根付いたって感じだけどな。
「それの使い方はゼンタに任せるとして……もうひとつ、あんたらに伝えておかなくちゃならないことがある」
「なんでしょう?」
「あんたらを探してる連中がここを訪ねてきた。ちょうどクエストに出たすぐあとだったね」
そいつらは二人組で、真っ白なマスクとフード付きのローブで顔も服装も隠したどうにも怪しい風体だったとか。なので対応に当たったボパンは「アンダーテイカーはここにいるか」という問いにすっとぼけたそうだ。
「依頼をここで受けた記録があるか調べるふりをして、今は街の外だろうと答えたよ。行き先は守秘義務があって教えられないと告げると、何も言わずに出ていった。あたしの嘘に気付いているのかどうか……ともかくアレはどっちも只者じゃなかったね」
「二人とも話をしたんすか?」
「いや、喋ったのは片方、小さいほうだけだね。もう一人の大きいの……トードと並ぶほどの体格の良さだったが、そっちは一言も口を利かなかった。ちなみに、小さいほうは声からして女だよ。くぐもっていて少しわかりにくかったがおそらく間違いないだろう」
「女と、大柄な無口っすか……」
トードと並ぶってのはかなりデカいな。つーことはそいつは男なのか……と思ったがこっちの世界って割と背のデカい奴が多いからな。
たとえばテッカさんとか見た目もサイズ感も着ぐるみみてーな感じで、かなり大きいしよ。外見を隠されちゃ種族からしてなんも断定はできねーな。
「心当たりはないみたいだね?」
「……いや。そいつら自体は知らねーけど、俺らを訪ねて来そうなのには覚えがないこともねえ。はっきりとは言えないっすけど」
「そうかい。ま、もし助けがいるようなら遠慮なく言いな」
「あざっす、ボパンさん」
もう一度礼を言って、俺たちは組合を出た。通りを歩きながらどうしても警戒しちまう。今にもその角から例の二人組が飛び出してくるんじゃないかってな。
「……どっちだと思う?」
組合から離れてしばらく、俺とサラに挟まれて歩くメモリがぽつりとその問いかけを口にした。




