79.ラステルズだけでこの任務に挑んでいたら
誤字報告スパシーバ
ネズミ退治の進捗はすこぶる順調だった。
アンクルガイストでの経験を活かして端からぐるっと回りつつ中心地へ近づいて行ったほうがいい、という俺たちのアドバイスに関してはラステルズも素直に聞き入れて従ってくれたんだ。
対抗心はバリバリだが変に歯向かってきたりはしないのがこいつらのいいところだな。
おかげで無用なトラブルが起こることもなくラステルズをメインにネズミの駆除は進んでいった。
一度に出てきた数があまりにも多いってときにゃ俺たちも多少手伝ったが、退治したのはほとんどラステルズ、それも前衛を務めるランドが圧倒的に多くのネズミを殺している。
それと比べたらアンダーテイカーなんて何もやってないも同然だ……いやまあ、それが今回の役割なんで別にいいんだけどよ。
「いよいよこの先が伏魔殿だな……」
ボパンから借りた下水道の地図をルーナが広げ、それを見ながらランドが確信を込めて呟いた。
この先が、中心地。ネズミたちの本拠地中の本拠地と予想される場所だ。
これまで以上の数がいるだろうってのはもちろんのこと、ひょっとすれば今回の増殖の原因としてクイーンラットが潜伏している可能性もある。
つまりは激闘が確約されているってこったな。
「ここからはさすがに、俺たちも最初から戦闘に参加させてもらうぜ。今までよりもたくさんのネズミどもが湧いてくるのはほぼ確定してんだからな」
単純に自衛のためにもそうせざるを得ない、と説明すればランドはちょっと考えてから同意してきた。
「わかった、共闘しよう」
最終決戦も自分たちだけの力で片付けたかったんだろうが、傍にいながら俺たちが一切手出しせずにいるのは不可能だと判断したようだ。
ここで現実を見て反発してこない辺り、やっぱまともな感性をしてる。
そこんところ助かるぜ、マジで。
「ただし、中心になって戦うのは俺たちだ。それは今までと変わらないぞ」
「OKOK、俺らは最低限のサポートだけにするよ。ボパンさんにもラステルズの活躍は伝えるから安心しろって」
「それならいい」
と納得もしていただけたんで、ちょいとブリーフィングタイムだ。
「もしクイーンラットが本当にいたとしたら、何に気を付けりゃいい? ただ巨大化しただけのネズミってこたーねぇんだろ?」
「そんなことも知らないのか……」
知ってて当然の知識なのかと問えば、冒険者なら当たり前だと返された。そんでラステルズは冒険者学校で習ったことを俺に教えてくれたぜ。
「クイーンラットにはネズミを統率する能力があるんだ。指揮官と兵隊になったネズミは手強いと聞かされた」
「それだけじゃなく、クイーンラット自身にも強力な武器がある……菌さ。奴の爪や牙で傷をつけられるとすぐに治療しないと助からない。だから俺たちはこの通り、消毒薬とポーションを人数分持ってきているのさ」
「あと単純に、巨体のパワーと知性もあって熟練の冒険者でも仕留めきれずに逃がしてしまう例があるみたいなので、そこにも気を付けないといけないです」
ほうほう、魔獣に分類されるだけあってまあまあな厄介さだな。
もし群れたらアンクルガイストよりも面倒かもしれん……つっても群れの頂点にドでけえ一匹が君臨するからこそのクイーンラットであって、そこを比べることはできんかもだが。
「いてほしいところだな! ラステルズならクイーンラットだって倒せるはずなんだから」
熟練者でも逃がすことがある。
という文言から「仕留めきれたら熟練者にも並ぶだけの評価を得られる」と転換したようで、ランドは見るからに戦いたがって意気込んでいる。
これでいなかったりしたら今度はがっくし来ちゃうんじゃねえか? ちと心配だな。
「いないならいないで、それにこしたことはありませんよ。クイーンラットがいるとすればその周りを守るネズミたちの数も相当なものになるはずですし。ラステルズさんも、もう少し用心したほうがいいんじゃありませんか?」
珍しくサラが発した苦言。それに対してランドとステインは少しムッとした顔になった。
「そんなことは言われなくたってわかっているよ。油断なんてしてない」
「そうとも、そちらのリーダーと違って俺たちはちゃんと知識を持っているのだからな」
「仰る通りゼンタさんは物を知りませんけど、鼻は利きますよ。そして窮地に陥ったとしてもそれを撥ね退ける力と度胸があります。それって知識と同じくらい、冒険者にとっては大事なものだとは思いませんか?」
「俺たちが能力不足だって言いたいのか!?」
「今日の様子を見る限りでは危機察知と管理の能力が明確に欠けているように思います。ラステルズだけでこの任務に挑んでいたら、今頃はもう消毒薬もポーションも使い切っていたでしょう。クイーンラットでなくとも菌は持っていますし、牙や爪だって鋭いんですからね」
「なんだと、この……!」
「やめだやめだ! 落ち着けよランド。サラもだ。なんのための共同クエストだよ? 最終局面を前にいがみ合っても仕方がねえだろ。お互い足りねえところは協力して補い合っていく! それでいいじゃねえか」
愚痴を言い合うのならクエストが完了してからでいい。まずは生きて帰ることが先決だろ?
そう言えば二人は渋々と納得してくれた。
いや、どちらからも反論はなかったが、サラはともかくランドのほうはだいぶ感情を燻らせている感じがするな……だがこれ以上は俺からも何も言えん。なんせ言い争いの元凶みたいなもんだからな。
「おい、どうしたよサラ。らしくねえぞ。忠告するにしてももっと言い方ってもんがあるだろ?」
少しラステルズから離れてからサラにそう聞いてみる。
こいつはしょっちゅう突飛なことをするものの、言葉を選べないようなやつじゃない。
なのになんでピリピリしているあいつらに厳しい言葉を投げかけたのかと問えば、サラは少し反省したように。
「すみません。彼らがゼンタさんを馬鹿にするようなことを言うから、つい……」
俺に当て擦りめいたことを言い続けるのと、なのにクエストを軽く見るような態度をランドが取ったことで、思わず厳しめに苦言を呈しちまったらしい。
つっても言うほどキツい口調ってわけでもなかったが、まーランドとステインの負けん気全開の精神状態を思えば適切だったとは言えんな。
しかし俺のことを思って怒ってくれたということもあってなんとも言えずにいると、代わりにメモリが口を開いた。
「サラが言ってくれて、よかった。わたしもすっきりした」
メモリも割かし怒ってたようだ。溜飲が下がったとサラを褒めるのはいいが、それだけじゃあな。
「二人ともあんまし血を頭に上らせんなよ? 別にラステルズは俺たちを舐めてるんじゃねえ。ただパーティとして負けてないってことをボパンさんに証明したがってるだけなんだ。対抗意識を持たれるのはちょい鬱陶しいかもしれんが、ここは俺たちが大人になってやろうじゃねえか」
「わかりました。……でも珍しいですね、ゼンタさんがそんなことを言うなんて。普段はけっこうすぐに怒るのに」
「俺ぁ本気で舐め腐ってくる奴にしかキレねえよ」
そこでラステルズも一息つき終わったようで、「そろそろ進もう」と言ってきた。
まだ声が硬い感じはするが、そこは仕方ねえな。
ネズミとの戦いが始まれば嫌でも協力することになるんで、それで緊張がほぐれることを祈るとすっかね。
「慎重に歩こう。足音を立てないように……」
大群を警戒してこれまでよりも念の入った忍び足で俺たちは下水道の中心地へと足を踏み入れた。すると、いるわいるわ。ここに来るまでに屠ってきたネズミよりもっとデカく育ったのがうようよと、通路を埋め尽くすようにいたぜ。
中心部だけあって各通路は放射状に伸びていて、ここからでは見渡せない陰も多いが、少なくとも中央部分だけで数えても夥しい数のネズミがいるぞ。
「さて、こいつらを全滅させねえといかんわけだが」
「通路のいずれかにも間違いなく潜んでいる……と考えたほうがいい」
「ですね……あれ? 地図だと正面にも通路があったはずですよね?」
「そ、そうですね。壁が崩れて通路が塞がっているみたいです」
「ネズミの隠れられる場所がひとつ減ったのなら、俺たちには好都合だ」
「ああ。クイーンラットも見当たらないし、戦い方を変えなくてもいけそうだ」
クイーンラットの姿が見えないことに残念そうなランドだったが、ガッカリまではしてないようだった。しかしそのやる気が逸り過ぎたか、「これまで通りに」と仲間へ指示を出したかと思うと奴は俺たちを置いて飛び出しちまった。
おい、ここに来て独断専行かよ!?
慣れた様子でランドに続くステインの背中を追いかけようとするが、そこでどうにも嫌な予感がした。
「止まれステイン! ランドも戻ってこい!」
俺の声に切羽詰まったもんを感じたか、ステインは思わずといった感じで足を止めてくれた。だがランドはもう遅かった――あいつは既に中央へ身を躍らせて、そこにいるネズミへ斬りかかったところだった。
強化された剣技は今までよりデカいネズミだろうと関係なしに切り裂いた、けれど。
「よし――ぐぅあぁ!?」
塞がれた壁から飛び出てきた何かにランドは腹を刺されちまった。
ばしゃん、と浅い下水へ倒れ込んだランドに一斉に周囲のネズミたちが駆け寄り、無慈悲にその身へと食らいついた……!




