76.パヴァヌで休養を
「っつーことがあってな。今はヨルの旅立ちを祝してささやかながら宴会を開いてるってところか」
「ヨルちゃんのお金ですけどね」
うるせえな、余計なことをぼそっと言うなよサラ。たまには空気を読めって。
「これまでの居場所を離れて、新しい道を……」
と、ヨルの事情を大雑把に聞かされたカスカは思いのほか感じ入ったようにしていた。そんで、隣に座るヨルの肩に優しく手を置いた。
「あなた立派じゃないの。そういう決断ってなかなかできることじゃないわ。私も似たようなことをしているところけど、自分でそうしたんじゃないもの。偶然機会が巡ってきたからそれに便乗しただけ」
「妾とてそうだとも。つい今朝まではあそこを離れるつもりなど毛頭なかったのだからな。戦いでの崩落をいい契機と捉えたのだって、他に考える余地がなかったというだけのことだ」
とても決断とは言えない、と自嘲するヨルにカスカは「そんなことない」と力強く否定をした。
「経緯はどうあれ、拠り所もないままに新しい自分になることを選んだんですもの。それは十分に決断と言える。言い換えるなら、不退の覚悟よね。あなたはそれを持った。そんな自分のことを卑下する必要はこれっぽちもないのよ」
「シロハネ」
「カスカ、でいいわ。私もヨルって呼んでもいいかしら」
「ああ、構わん――ううん。ぜひそう呼んでよ、カスカ!」
盛り上がる二人を見ながら俺たちは顔を寄せ合った。
「なんだかすごく意気投合してますね」
「似た境遇?」
「だな。もう二度と会えない覚悟で親元を離れて一人暮らしする新社会人同士、みてーなもんかね?」
「ちょっと例えが限定的過ぎますね……」
「少し不適切」
あらら、不評だな。俺に比喩のセンスはねーらしい。そんな感じに見えたんだけどなぁ。
ともかく、割とずけずけ物を言うカスカと普段は人間に偉そうな態度を貫くヨルとでは、ひょっとするとすぐ喧嘩になるんじゃないかと相性ってもんを心配した俺たちを余所に、当人たちはあっという間にえらく仲良しになっちまった。
ま、人と人の関係なんてこんなもんだよな。
相性の良し悪しなんざそいつらが実際に会って話してみねーと、側から見てるだけじゃわからねーもんだ。
「私もこの宴会に参加させてもらうわよ。天使の矜持として、未成年飲酒をするわけにはいかないからジュースでの乾杯になるけど、それは構わないかしら?」
「もちろんだよ! じゃあみんなで、せーの――」
「「「「「乾杯!」」」」」
宴の本番、というかヒートアップはそこからだった。じゃんじゃか料理を頼んで、その大半がヨルの胃に収まったが、意外とカスカのやつもよく食った。
背中から羽を生やしてるやつは大食いになる法則でもあんのか?
「ゼンタさんだってかなり食べてますけど」
「俺は食い盛りだぜ? 男子中学生としちゃ普通だ」
それにほら、ヨルやカスカと比べるとうちの女性陣は食が細いもんだしよ。
サラはまあ一般的な女性の食い方だろうが、メモリが凄い。どの料理も一口ずつしか食べてない。それもちょびっとな。こいつは普段からこんな感じで、めちゃ低燃費なんだよな。放っとくとずーっとじっとしてることもあって、なんだか小学生の頃にクラスで世話してた亀を思い出すぜ。
というわけで二人に期待が持てないぶん、アンダーテイカーを代表して俺がたくさん食べるのだ。ヨルとカスカに三人がかりで負けるわけにはいかねえからな……って別に大食い勝負してるんじゃねーけどよ。
「え、カスカってアンダーテイカーの一員じゃないんだ? 別行動してるメンバーだと思ったのに」
「違うわよ。こっちでもそんな噂は聞いてないでしょ?」
「話題の天使様がアンダーテイカーのメンバーだとは確かに聞かなかったけど……じゃあ、どういう関係? 仲間じゃないの?」
「まあ、それは……仲間ではあるかも、だけど」
カスカはちらちらと俺のほうを見ながらそんなことを言う。どういう類いのアピールなんだ、それは。
「仲間同士だな。パーティでこそないが俺はそう思ってるぜ」
なんて言ってほしいのかは知らんが、とにかく思ってるまんまを言った。
するとカスカは顎を上げてにんまりとする。
どうやら俺の答えはやつのお気に召したらしいぞ。
「ほら、やっぱり私も仲間扱いなんだわ。ゼンタはこういう勝手なやつだから、ヨルも付き合ってくなら気を付けなさいよ」
「あ!? んだその言い草。今お前、明らかに嬉しそーにしてただろ!」
「してませんー。あんたの見間違いの勘違いですー」
「ムカつくな、おい……お前学校とこっちで雰囲気変わり過ぎだぞ!?」
「こっちが私の素よ。教室では優等生を気取ってただけだから」
「あっさりと打ち明けやがるこいつ」
俺に対してやたら当たりが強いというか遠慮のないカスカには腹の立つところもあったが、俺たちのやり取りでヨルが楽しそうに笑ってるんで、まあよしとする。この場はとにかくヨルが楽しんでくれたらそれでいい。
「よーし、今夜はとことん飲もうね!」
「おうよ。朝までだって付き合うぜ」
「私もうお腹いっぱいになっちゃいました……」
「あそこに歌うためのスペースがあるみたいよ。腹ごなしに一曲どう?」
「…………、」
朝の七時まで営業する店だということもあって完徹を目指した俺たちだったが、日中の疲れと腹が満たされたことで湧き上がってきた睡魔には勝てず、一人また一人とテーブルに突っ伏していき……結局、営業終了時刻に店員のおねーさんに起こされて、他の同じように寝落ちした客たちと一緒に店の外に出されちまった。
うーん、慰労会も兼ねてたはずが、余計に疲労が溜まった気がするな。
◇◇◇
「行きたいところがあるわけじゃないのよね?」
「うん。ヨル、ここら辺のことしか知らないし、パヴァヌ以外には長く滞在したこともないから」
「だったらしばらく私と一緒に行動しない? 周辺を見て回ったらポレロに戻るつもりだから、そのときにまたゼンタたちとも会えるわよ」
カスカは本気でヨルのことを気に入った様子で、自分の旅に同行することを誘う。
特に行くあてもないヨルはどうしようかと少し考えたようだったが、彼女もまたカスカのことを気に入っているようで、すぐにその手を取った。
「カスカがいいなら、ヨルも一緒に行きたいな」
「良くないなら誘わないわ」
ちぇ、あっさり話がまとまっちまったか。
行き場がないなら俺たちと冒険者をしねえかって誘うつもりでいたんだが、カスカにかっさわれちまったな。
ま、いいさ。
これもヨルが自分で決めたことなんだ。
もう会えないってわけでもないんだし、惜しむこたぁ何もねえ。
「ポレロに寄ったらテッカさんのとこで飲もうぜ。そんときは俺らが奢るからよ」
「うん、楽しみにしてるね!」
妙な眠り方をしたってのにどっちも元気に去っていくカスカとヨルに手を振って、さて俺たちはどうしようかと三人で顔を見合わせた。
「トードさんにゃもうクエスト完了を伝えたが、今すぐ戻る気にはなれんな」
「バワーホースの脚力がないとここからポレロまではちょっと時間がかかりますもんね」
普通に移動したら、日中だけ馬車を走らせて夜には合間にある村や運行組合で休みながら進むことになるんで、一週間ぐらいはかかるんだっけな。
改めて考えると移動だけにしちゃ相当な日程だよな。
ヨルやカスカのように空を行けるやつらが羨ましいぜ。
「……疲れが残っているなら、しばらくパヴァヌで休養を取ればいい。長期間になってもここにも組合があるから、問題はない」
「おー、冒険者組合な。パヴァヌにもあるのか……って、俺たちポレロ組もこっちで依頼受けていいのかよ?」
「それを禁ずる規則はない」
「そうですね。冒険者としての登録地と拠点が別のパーティってそんなに珍しくないと聞きますよ」
もちろん拠点をポレロから移すつもりはねーが、こっちで依頼を受けてみるってのは悪くない案かもしれん。組合や街ごとにクエストの傾向ってのも違ってくるかもしれねーし、一回くらいは試しにやってもいーんじゃねえか?
「ちょっと組合を覗いてみっか! ……どっかの宿で少し眠り直してからな」
「賛成です!」
「わたしも」
天使や吸血鬼と違ってただの人間でしかない俺たちは、足りない睡眠時間を補うためにまずはよさげな宿探しから始めた。




