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75.お酒飲みたい!

「っぷはあ~! うんまい! やっぱ人間の食事は最高だね!」


 ジョッキをテーブルに叩き付けて、ヨルは上機嫌にそんなセリフを吐いた。


 崩れた地下王国をあとにした俺たちは、またレッドムーン号に乗り込みパヴァヌの街へと移動した。そしてまずは食事を取ろうってことになったんで、どこで何を食べたいかとヨルに希望を聞けば……。


「お酒飲みたい! お酒に合うものを食べたい!」


 子供がおもちゃをねだるような口調でアルコールを要求してきやがった。


 ちと面食らった俺たちだったが、ひとまずはヨル行きつけだという店にやってきたんだ。そこはいわゆるビヤガーデン形式で、屋根のないところで開放的な気分になって飲めるのがいいのだとヨルは力説していた。あと、ここは料理も美味いんだとか? 


 ありゃ完全にオキニの店を語るおっさんだったな。


「フライドポテトうま~。この串焼きも焼き加減絶妙! そしてこれをビールで流し込む……んー! この瞬間がたまらない!」


 よく食うし、よく飲むな。

 しかも吸血鬼のイメージに沿った赤ワインとかじゃなく、ビールなんだな。


 それが悪いってんじゃないが、なんつーか……つい数時間前に決意を感じさせる眼差しで思い出の地に別れを告げたやつの態度には、とても見えねえぜ。


 いや、思い出と決別したからこそ、こんなふにゃふにゃの状態になってるのかね。


「ゼンタさんは飲まないんですか?」


 よくわからん種類の魚のムニエルを肴に白ワインをちびちびとやりながら、サラがそう言ってくるんで、俺は呆れて返事をした。


「俺ぁ十五歳で、まだ未成年だって話をしたばっかじゃねえか。飲むわけがねえ。メモリもダメだぞ」

「…………」


 アルコールを拒否する俺と、それに素直に頷くメモリを見てサラは「えー」と不満げな声を上げた。


「ヨルちゃんにお付き合いするということで、今日くらいは無礼講でいいんじゃないですか? 四人中二人が素面だとお祝いって感じがしませんよ」


「そらまあ、旅路の門出を祝ってやりたくはあるが」


「ですよね。私もゼンタさんと乾杯したいです。さあ飲みましょうやれ飲みましょう」


「お前が宴会したいだけなんじぇねえかよ!」


 いかにもヨルのためを装って、なんてやつだ。


 そっちも嘘ではないんだろうが、たぶんサラは場の雰囲気にあてられて騒ぎたい欲求がうずうずしてんだろう。


 夜空の下で飲んでるせいか周りの客たちもうるせぇし、すげえ楽しそうにしてっからな。


「つか、ヨルはよく酒を出してもらえたな。いくらそこらへんのルールが緩いからって、こんな小さな子供がビールを注文したって普通持ってくるか?」


「だってヨルは子供じゃないもーん。百歳越えだよ、百歳越え。そう頻繁にじゃないけどここにももう長く通ってるし、常連って言ってもいいよ。……コホン! そこな店員、近くに!」


「はいただいまー!」


 騒がしい中でもヨルの呼びかけを聞き逃さずにやってきた制服を着たおねーさんに、ヨルは例の尊大な演技をしながら言った。


「『いつもの』を頼もうか」


 いつもの、だと……! それで注文が通じるってのは確かに、この上ない常連の証だ。


 ちゃんと理解してもらえるのだろうか、と俺たちの意識はおねーさんの返答に集中したが、にっこりと笑った彼女は「はい喜んでー!」とオーダーを伝えに行った。


 これはガチで通じてるっぽいな。

 ヨルばかりが常連になったと思い込んでる痛いパターンではなかったのか。


「当たり前だよ、ここはヨルが心の底から気に入ったお店のひとつなんだから!」


「まー気に入るのはわかる。どの料理もうめーし、店員たちも愛想がいいしな」


「そうだね。でもヨルが一番気に入ってるのは……」


「なんだ?」


「特別メニユーだよ」


 どん、とテーブルの真ん中にでっかい皿が置かれる。そこには一匹の豚がこんがりと焼かれた状態で乗っていた……! 


 ぶ、豚の丸焼き! これがヨルの『いつもの』だってのか!?


「十種香草焼きのトロリ豚一頭、お待たせしましたー!」


「ふふ、これこれ! みんなも遠慮なく食べて!」


 慣れた手つきで小さく切り分けた肉を小皿に持って寄越してくるヨル。


 そのうきうきのテンションに押されるように豚肉を口に運べば……たーらったらー! こいつは確かにべらぼうにうめえぞ……! 


 ジューシーなのに脂っぽくはなく、しっかりとした肉の歯ごたえがあるのに柔らかい……そして何より香りが絶品だ。複雑な風味なのに鼻を抜けていく香草の風味は肉の味を邪魔せず、むしろ最大限に引き立てている。口に入れた瞬間は濃い味付けに感じられたのに、後味がこんなにもさっぱりしてるってのはもはや神業と評価してもいい。


「テッカさん特製の炎の中華料理にも負けてねえぞ、こいつは……!」


「もぐもぐ……へえ! この料理に匹敵する味を知ってるんだ……もぐもぐ。ヨルもそれ食べてみたいな……ごくごく。ぷはぁっ! そこな店員よ! ビールをおかわりだ!」


「はいただいまー!」


 いやあ、肉も酒も消費が速いったら。

 早食いってだけじゃなく、ヨルの食べる量がまずハンパじゃねえんたよな。


 メイルとの激闘があったから特別腹が減ってんのかと思いきや、聞くにこいつはいつでもこれくらいペロリといっちまうらしい。


「だってヨル、いつも何を食べてたと思う? パパたちがたまに調達してくる人の血以外ではね……生肉! 生肉だよ!? 今思うと信じられないよね!?」


 生肉て。

 そら信じられんな、色んな意味で。


「それが伝統的な吸血鬼の食法なんだって。火を通すと血が流れないでしょ? あと味付けして血の風味を汚すのもダメ。だから調理も料理も基本は禁止なんだよね。それが当たり前だったから当時はなんとも思わなかったけど……人の食事を知った今じゃもう無理だよ。とてもあの頃の食事には戻れない」


 ほーん。血と生肉くらいしか口にしてこなかったんじゃ、そりゃあ人間の作るちゃんとした料理は異次元の美味さに感じるだろうな。


 味覚がまったく違ってるてんならともかく、血を美味と思うこと以外は吸血鬼と人間にそれほどの違いはなさそうだし。


「これまでは街に下りてもずっと一人で食べてたから、みんなとご飯が食べられて嬉しいよ! 付き合ってくれてありがとね」


「なんだよ、水臭ぇじゃねえか。俺たちゃただ友達と一緒にメシ食ってるだけだぜ? 礼を言われる必要なんざどこにあんだ」


「というか、奢ってもらうんですから私たちのほうからお礼をするべきですよね」


 む、確かにそうだ。


 ここでの食事代も含めて、トードの言っていた報酬につけるの一環にするとヨルが言って、全額支払いを持ってもらうことになってるんだったな。


 まー頼んだうちの五分の三はヨル自身が飲み食いしてるはずだが、奢られる側だってのに代わりはないからな。


「あー、つっかれたー。お姉さん注文いいかしら? このフレッシュオレンジのジュースに、トマトとナスのパスタをお願いね」


「はいただいまー!」


「ん?」

「ん?」


 隣のテーブルについた新しい客の声に聞き覚えがあって振り向けば、向こうも同じタイミングでこっちを見た。


 まさかと思えばそのまさかで、そいつは先日ポレロで別れたばかりのカスカだった!


 店内の幅に合わせて小さく翼を折りたたんだ自称天使様が、何故だか居酒屋の席に座っておられるじゃねえかよ。


「ゼンタ!? それにサラたちも……なんでここにいるのよ?」


「そりゃこっちのセリフ――でもねえか。お前、近くの街をうろうろするって言ってたもんな」


「そーよ。でもパヴァヌは空振りみたいだから、ちょっと休憩中」


 ポレロと同様、この街もかなり広そうなんだが、クラスメートはおらずその手掛かりらしいもんも見つからなかったそうだ。丸三日かけた探索が成果なしで終わればがっくしもくるだろう。


 そこで休憩場所に居酒屋、それもビヤガーデンをチョイスするのはよくわからんがな。それはカスカっぽくもなければ天使っぽくもねえぞ。


「うるっさいわねー、あんたに私や天使の何がわかるって言うのよ。私のすることが天使のすること、それでいいの」


 と乱暴なことを言ったカスカは、そこで俺たちの中の見慣れぬ顔に目をつけた。


「で、そこの子は誰? この数日で新しくパーティメンバーでも追加したの?」


「んぐ?」


 追加した大盛焼きそばを啜るのに忙しかったヨルが顔を上げる。そこでようやく、天使のような翼を持つ少女と悪魔のような羽を持つ少女は、お互いを見やった。


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