74.いずれお前たちを追い詰めるだろう
「またずいぶん急に身を引く気になりやがったな。口ではそう言っといて、後ろから刺してやろうとでも考えてんじゃねえだろうな?」
「ないなーい。だって君たち、覚悟が決まり過ぎてて怖いんだもん。もちろんそれでも――」
ちらりとメイルに視線をやって、キッドマンは続けた。
「メイルさんが負けるなんてことは、ありえないけどね。だけど相打ち覚悟で何をしてくるかわからない死霊術師なんて、できれば相手にはしたくないんだよ」
確実に勝てはする。
だが、甚大な被害を受ける可能性もゼロではない。
特に死ぬ覚悟を決めたネクロマンサーや吸血鬼が、ここには三人もいるんだ。キッドマンはそのリスクを踏まえて撤退の提案をしたと言う。
「冷静なんだな。子供にしか見えねえが、お前も特級構成員の一人なのか?」
「僕がエンタシスだって? それこそないない! 僕はただの二級構成員、使い走りみたいなもんだよ。 今回はサポート役としてメイルさんにくっついてきたけど、ほらこの通り。僕が戦えるやつに見える?」
レヴィ曰く、エンタシスはアーバンパレスの最高戦力と認められた者だけが名乗れる特別な名称だ。
つまりキッドマンがエンタシスだとすれば、メイルに並ぶほど強くなければいけない道理になるが……確かにとてもそうは見えんな。少なくともメイルほど強者然とした雰囲気はない。
ツーマンセルということでエンタシス同士が組んでいるのかと思ったが、俺の勘違いだったみてぇだな。
そう納得していると、メイルが話を戻した。
「私としては強行策を取りたいところだが、ここは引こう。ただし、ヨルヴィナス・ミラジュール。お前の容疑が晴れたわけではないことを理解しておけ。状況証拠からお前は黒寄り……だがまだ灰色の範疇。だからこそ今は見逃すが、もし新たに怪しい要素が見つかれば、そのときこそはお前をアーバンパレスの本部へ連れていく。嫌がろうと抵抗しようと、引き摺ってでもな」
行くぞキッドマン、とまた空間魔法を使わせようとするメイルに対してヨルが「待て」と声をかけた。
「……なんだ」
「貴様らは、何を知っている。我が父と母は戦の最中に死んだはずが、それを為したはずの人間どもは何も覚えていなかった。……誰が、吸血鬼の軍勢を滅ぼした? アーバンパレスはそいつと繋がりがあるのか」
「仲間たちの死などどうでもよくなったのではなかったか?」
「いいから答えろっ! 嘘偽りは許さん!」
気勢を発するヨルに、メイルは首を振った。
「悪いがそれは話せん。話さないのではなく、話せない。私にその権限がないからだ」
「……! ギルドの秘匿情報。それも幹部級でも口には出せないほどの機密……そう思っていいのだな?」
「思うだけなら、お前の自由だ」
それはほとんど肯定したようなもんだ。ヨルが唇と一緒にぐっと拳を握り込む。メイルは彼女のそんな様子を黙って見つめていたが、やがてキッドマンへ手を伸ばした。
メイルの傍に寄ったキッドマンがその手を取った。それから何かの魔法を使おうとした――ところを、メイルがふと思いついたように止めた。
「アンダーテイカー。ついでだ、お前たちにも言っておこう」
「んだよ?」
どうせ偉そうなことを言うんだろうと思ったら、まさしくその通りで。
「格上に威勢よく噛み付くことばかりが勇気ではない。考えなしに他者を救おうとすることが、必ずしも正義ではないように。お前たちはそこを履き違えている。改めなければ早死にするぞ」
「履き違えてねーよ。そもそも、そんなこと考えてねーんでな」
「なに?」
「俺たちはただ、やりたいようにやってるだけだぜ。勇気だとか正義だとか、そんなもんは知ったことじゃねえ」
俺の行動が正しいかどうか、そんなのは後からついてくる結果でハッキリするだろう。それで俺が後悔や反省をするかどうかってのは、また別の話だけどな。
「……そうか。ますます度し難いな」
ふう、とため息を零したメイルは最後に、声にこれまで以上の真剣みを持たせて忠告の言葉を口にした。
「その無軌道さが、いずれお前たちの命脈を追い詰めるだろう。いや、既にそうなのかもしれないな。――サラ・サテライト」
「は、はい? なんでしょうか」
いきなり名を呼ばれてサラはびっくりしている。そらぁ、俺から見ても唐突だったんで、あたふたすんのも無理はねえ。慌てて返事をした年下の少女にも、メイルは冷たく偉そうな態度のままで言った。
「面倒なのに目を付けられているぞ」
「え……」
「少々目立ち過ぎたな。しかし身から出た錆だ、どのみち逃れられるものではない。それは、お前こそがよくわかっているんだろう」
「……私は」
何か言おうとするサラを、メイルが片手を上げて制した。
「何も語る必要はない。私はお前にも、アンダーテイカーにも然程の興味はないからだ。……ただ、そんなスタンスのままでこの先いったいどれだけ生き残れるのか。それには少しだけ興味を引かれるがな」
僅かに口角を上げたメイルは、キッドマンに「いいぞ」と言った。
「はーい。それじゃバイバイ、吸血鬼の王女様に葬儀屋さんたち。また会えたらよろしくしてね!」
パチン、と小さな指を鳴らす。
それだけでそこにいたはずのメイルとキッドマンは影も形も残さず消え去った。
す、すげえな……さっき俺も体験したもんではあるが、傍から見てるほうが実感できる。
これが瞬間移動かよ――動くこともなく、マジで一瞬でいなくなっちまいやがった!
「制約込みとしても、優れた術者だ。このレベルで空間魔法を使いこなせる者は時代を遡ってもそうはいない」
「そんな奴がパシリをしてるって?」
「幹部ではない、というのは嘘ではなさそうだったが。だからとて、奴が下っ端同然の強さだという保証はなかろう」
「……アーバンパレス、ガチで油断のならねえギルドだな」
ともあれ、どうにか血みどろの戦いを続けることは避けられた。
メモリはネクロノミコンを閉じ、虫の召喚を解除する。ヨルは羽を元のサイズに戻し、気を落ち着けている。俺も【武装】を解いて、ボチとドラッゾにお疲れと言って帰してやった。
戦闘態勢じゃなくなったことで本当の意味でホッとできたぜ。
「ねえみんな。ちょっと、住処に戻ってみてもいいかな?」
獣のように縦に伸びていた瞳孔を元に戻したヨルは、口調も王女モードじゃなくなっていた。そんで、地下王国がどうなったかを確かめたいと言う。
ドラッゾに命じて崩落を起こさせたのは他ならぬ俺だ。かなり気まずかったが、それだけになおさら同行しないわけにはいかねえ。出発しようとしたそのとき、「あのー」とサラがおずおずと声を出した。
「メイルの言ってたことなら、今は聞かせてくれなくていいぜ」
「いえ、そのことじゃなくって……ちょっと『ヒール』を使いたいので、移動の前に祈る時間をくれませんか?」
「あ」
サラが自分の腕を切り裂いたことをうっかりと忘れていた俺たちは、大人しく『ヒール』での治療が終わるを待つことにした。
もう太陽も見えなくなってすっかり暗くなった山林の中じゃあ、サラの全身を覆う光がそらぁもう眩しかったぜ。
◇◇◇
ヨルを先頭にして戻った地下王国の入り口は、物の見事に潰れて跡形もなくなっていた。そこだけじゃなく、辺りにあったはずの起伏や傾斜がなくなっていることから、地盤沈下のごとくにそこら一帯の高度が下がっていることは明らかだった。
「玉座の間から崩落が全体に広がったんだね。地下王国、ヨルの代でとうとう壊滅しちゃった……あはは」
「ごめん! マジでごめん!」
平謝りする俺に、ヨルは思いのほかいい笑顔で「怒ってないよ」と言ってきた。
「本当はもう、あの時代に壊滅してたんだ。いつまでも捨てきれなくて、ヨルがしがみついてただけ。だからこれでようやく……区切りがついたよ」
大切な物は全部この中にあるしね、とヨルは自分の影を示した。
「玉座だけは持ち出せなかったけど、それでよかったとも思う」
尖らせた左手の五本の爪を、右手の五指の腹に食い込ませて傷を作る。そこから流れる血を、ヨルは勢いよく腕を振ることで崩落地の上に降らせた。
「心まではここから離さない。けど、これをもって決別の証とする。――ヨルは今日から、新しい道を行くよ」
どこか寂しそうに、けれどそれ以上の決意を秘めた表情で、王女は小さな王国へ別れを告げたのだった。




