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72.仲良く逃げよっか

 メイルがボクサーのように拳を構える。

 それに対しヨルは両足を広げ、体の前にだらりと腕を垂らした、なんとも独特な格好を取った。


「…………」

「…………」


 ドン! と石畳が二箇所めくれ上がった。


 そしてその中間で凄まじい激突音が響く。


 互いの拳と爪打を受け止めた彼女たちはそこから床を蹴って跳んだ。玉座の前の高い天井に一足飛びで到達した両者は、そのままそこを足場に、なんと上下逆さまのままで打突の応酬を繰り広げた!


「ひゃ、ひゃー。なんですかアレ……」

「むちゃくちゃ」


 なんだかショーを見てる観客みてーな態度でいるサラとメモリだが、気持ちはわかる。俺もなんと言やあいいのか、あの戦いっぷりに理解が追いつかない部分がある……こーいうのをヤ〇チャ視点っていうのか? マジで目で追えねえもんな、あいつらの動き。


 だけどここでぼーっと戦闘を見物してるわけにはいかねえ!


「ボチ、来てくれ!」

「バウッ」


 呼ぶとすぐに反応して駆け付けてくれたボチに、俺の傍に転がっている『不浄の大鎌』を口で咥えるように指示する。


「そいつは俺から離れすぎると消えちまうが、サラの位置ならたぶんギリ大丈夫だ。上手いこと刃の部分を檻に当てて、不浄のオーラを流し込んでくれ」


「待ってください、まずはゼンタさんのその、体を包んでいる石をどうにかしたほうがいいんじゃないですか? そうすればゼンタさんが自分で鎌を持てるじゃないですか」


「いや、たぶんだがこいつは檻よりも硬ぇ。触っててそんな感じがするんだ。壊せないことはねえだろうがそっちよりも時間がかかりそうだ。だから、頼めるかボチ」


「バウ!」


 俺の言った通りにボチは鎌を加えて持ち上げてくれた。かなり持ちづらそうだが、ボチの顎の力はけっこうなもんだ。檻に刃を当てるくらいのことは難なくこなせるだろう。


「がぁっ!」


「!」


 ボチがサラの救出へと取りかかったところ、少し離れた位置にヨルが落ちてきた。いや、落ちてきたってよりは床に激突したって言ったほうがいい。そしてそれをさせた張本人もまた、激突するような勢いでその横に降り立った。


「ふん!」

「ちぃ!」


 すぐさま拳を打ち下ろしたメイルだったが、ヨルは横たわったままの姿勢からでも信じ難いほどの俊敏性でそれを躱した。


 しかし殴打こそ躱せたものの、メイルの拳が埋まった床から飛び出した何本もの石槍は回避しきれなかった。さっきのように突き刺さるようなことこそなかったが、体のあちこちが抉れて動きが鈍る。そこをメイルは逃さない。


「『ストーンレンジ』」


 ヨルの周囲に石礫が浮かぶ。礫と言っても一個一個が岩と呼んでもいいくらいにデカいものだ。なのにそれが、その大きさや重さを感じさせない速度でヨル目掛けて飛んでいく。


「血性変化」


 そこでヨルは、飛び出た自分の血を鎧として纏った。真っ赤な装甲に身が包まれた瞬間、ヨルの姿を押し寄せる石礫たちが隠した。


 一拍を置いて、石の塊から手足が引き千切れかけた少女が飛び出してくる。ボロボロだ。着込んだばかりの鎧は完全におしゃかになったようだったが、あれがなければ全身はグシャグシャだったろう。


 撃ち出された矢のような速度で敵へ迫るヨルは、その間に手足の損傷を元通りにしていく。

 そして爪をギラリと光らせて手刀を突き立てる――その攻撃に合わせて、メイルは完璧なカウンターを入れた。


 見切っていたのだろう、抜群のタイミングで振るわれた拳はヨルの顔面を陥没させちまった!


 ――が、それもすぐに元通りになる。


「資料通り……いや! それ以上の再生力だな、化け物め!」


「それを狩るのが人間なんだろう、盲目の愚物めが!」


 身を翻したヨルの背中の小さな羽が、鞭のように伸びてしなる。

 パンッとそれを拳で打ち落としたメイルは同時に、反対の拳をヨルのほうへ向けていた。

 それを見て超速でヨルはそこから退いたが……躱しきれてはいなかった。


 血しぶき。

 石槍で右足をごっそり持っていかれた少女は、しかし残る左足だけでぐっと膝を曲げて跳躍。

 

 欠損もなんのと自らの死角に回り込もうとするヨルを、メイルは決して許さなかった。


「ぴょんぴょんとよく跳ねる。だがそれで逃れられると思うなよ!」


 驚異的な脚力で宙を疾るヨルを、なのにメイルはきちんと視界で捉えている。そしてそれだけじゃない。そこにピンポイントで攻撃も合わせたんだ。


「『ストーンハンマー』!」


 石槌が降る。空中にいるヨルを上から抑えつけたそれは、あたかも墓標のように石畳へ振り落ちてきた。激しい衝撃。石槌と床でプレスされたヨル。


 これはさすがにマズい、と思った俺だったが。


「……!」


 そそり立つ石槌が、じゅわりと溶けた。


 いや、それは溶けたんじゃなく溶かされたんだ……それも、内側から!


「血性変化……酸性血」


 血塗れになりながらもヨルは石槌を溶かしきって立ち上がってみせた。おそらく全身がぺしゃんこになっていたはずだが、その状態からでも彼女は五体満足の姿に再生したらしい。


「……なるほど、これが吸血鬼の王。うちの一級構成員でも手間取るのは間違いないな。そして私のハンマーを容易く溶かすほどの血とは……それはアンクルガイストを真似たのか?」


「ふん……勝手に住み着いた不埒者にも、多少の学ぶべき点はあるということよ……」


「さすがは、かつての血の支配者の末裔。それくらいは朝飯前か」


 さっきまでの冷めた顔付きと違って、今のメイルは少しだけ楽しそうにしている。もしかすると、戦闘が好きなのか? きっとヨルを褒める言葉にも嘘はないんだろう。


 だが、ヨルのほうは明らかに最初より苦しそうだ。


 再生にも限度があるのか、あるいは何かしら無理をして戦っているのか。


 なんにせよヨルは、まず勝てない。

 だってメイルにはまだまだ余裕があるんだからな。

 それは奴の表情や戦いぶりからも察せられることだ。


「……っ、ヨル!」


「なんだ、ゼンタ……」


 肩で息をするヨルに、俺は思い切ってその提案をしてみる。


 サラは檻から出て、今はボチと一緒にメモリを救出しているところだ。離れすぎているんでもう大鎌は消えているが、慌てずに何かをしている様子なんで脱出の目途は立っているんだろう。


 つまりもう、動けないのは俺だけ……だがもし動けるにしたって今からやろうとしていることは、すげえ無茶だ。それにヨルの大切なもんを、めちゃくしゃにしちまう行為でもある。


 だが、この場でメイル・ストーンを止める手段がないからには――こうするしかねえ!


「悪ぃが、玉座の間がなくなっちまっても構わねえか!?」


「!」


 俺の言葉に、ヨルは固まった。相対するメイルは眉をひそめている。


「今度は何を言っているのか……まあ、いい。これで二度目の邪魔だ」


 メイルの拳がブレた。それは発射の合図。


 来る、と思った衝撃は……こなかった。


 俺に飛んできた石槍を、射線上に飛び出したヨルが身代わりになって受け止めたからだ。


「ヨル!」

「――構わん、ゼンタ。存分にやるがいい」

「っ、ああ!」


 胸に突き刺さった石槍を力づくで引き抜きながら同意してくれたヨル。


 その決意に、俺も応えなくっちゃならねえよな!


「【契約召喚】――来いよ『ドラゴンゾンビ』!」


 既に命令は済んでいる。だから風の渦から飛び出したドラッゾは、すぐさま俺の思った通りの行動を取ってくれた。


「そうだドラッゾ……! 力の限り、盛大に暴れろぉ!!」

「なんだと……!?」


 出現した途端、いつもは屋根のある場所では封じてる両翼をめいっぱいに広げて、ドラッゾは周囲の柱や壁も巻き込みながら上昇。その巨体を玉座の間の天井へ思い切り衝突させた。


 ズゴォオオオオオオンッ!!


 けたたましい音が鳴り響き、岩盤が砕け、すぐにも崩落が始まった。

 崩れた天井からは、メイルの石礫と比べてもなお巨大な岩石がいくつも降ってくる。


「ヨルと一緒に通路に戻れ! そんで地上へ逃げろ! ボチもあいつらについて行ってやってくれ!」

「え、待ってください! ゼンタさんはどうするんです!?」

「俺は来訪者だ、生き埋めになったって死なん! いいからお前らはとっとと走れ!」


「――ちっ」


 崩落音に混じっていても、メイルの声は何故かよく響いて聞こえた。


「つまらない真似をしてくれる。……キッドマン!」


「はいはーい。ちゃんと準備してるよ」


 メイルの呼びかけに応えどこからともなく現れたそいつは……見るからにただの子供でしかなかった。


 何が楽しいのかやたらとニコニコしたその少年は、こんな状況でも一切焦らず、場にいる一同を見回して。


「じゃ、みんなで仲良く逃げよっか!」


 ぱん、と両の手を打ち鳴らす。


 そして俺は、何かに吸い込まれるような気分を味わった――。


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