71.生きたまま連れ帰って
「ヨル! うぉあ!?」
どう見てもやべえ傷を負ったヨルの下へ駆けようとした俺だったが、地面からぼこりと生えてきた何かに行手を遮られた。
今度は何が出てきた、と思う間もなくそいつは俺の周囲を覆っちまう。
「こりゃあ、石の檻か……!?」
掴んで力一杯に揺らしてみるが、硬くてびくともしない。かなり頑丈だ。こいつは【活性】を使っても壊せそうにないぞ……!
「ゼンタさん!」
「……、」
見ると、サラとメモリも同じようになっていた。円柱状の小さな檻にまるで見世物のように閉じ込められている。
「くそっ、ふざけんな! 俺らの依頼人に何をしやがる! こっから出しやがれ!」
「喚くな。吸血鬼についてきながらまったく知識もないのか? 腹をぶち抜いたくらいじゃ、そいつは死なない」
鬱陶しそうにメイルは言った。確かに、石槍が突き刺さった衝撃で尻餅をついて座り込んでいるヨルだが、普通なら即死級のそんな攻撃を受けても彼女の意識はしっかりとしているようだし、痛がってはいてもそこまで苦しそうではない。
これだけの傷でも吸血鬼にとっちゃ致命傷に程遠いってことか――だけど、傷付けてる時点で論外だ。
死ななきゃいいってもんじゃあねえだろ!
「てめえの目的はなんだ!?」
「それは私から話すまでもなく、そいつには大方察しがついているだろう」
その言葉にヨルは忌々しそうに歯噛みしてから、「そういうことか」となんらかの確信を込めて呟いた。
腹に槍を抱えたままで、ぐっと立ち上がった少女は。
「ここ最近感じていた視線の正体は、貴様だな。魔皇を名乗る輩か、その配下がまた手下欲しさにやって来たのかとうんざりしていたんだが……まさか人間側の組織だったとはな」
「ほう。なら私たちと危惧の中身が一致していたわけか。こちらも、吸血鬼。お前が魔皇の配下なのではないかと疑っていた……魔獣の変異と異常発生、並びに各地で散見される魔皇に関する情報。お前には先代魔皇との繋がりもあり、こうしてアンクルビーストを増殖もさせていた。疑惑を持たれるに十分だという自覚はあるだろう?」
「ふん……大した知見ではないか。妾の一族に関するもはや古びたその知識を、どうやって仕入れた? ここで増えたアンクルビーストについてもだ」
「アーバンパレスの情報網と調査力を舐めるな、とだけ言っておこうか。ヨルヴィナス・ミラジュール」
そこでメイルはゆっくりと、血と死骸だらけになった玉座の間を見渡した。
「お前が魔皇の配下であると見るなら、わざわざ増やした魔獣を冒険者を雇ってまで屠る行為には整合性がない」
「そりゃそうだぜ! こいつらはヨルが増やしたんじゃねえ、勝手にデカくなって増えただけなんだからな!」
「だが」
俺の言葉なんて耳に入っていないかのようにメイルは続ける。
「それがあるいは、作戦ならばどうだ。お前は私の視線にも気付いていた。視線の主を探し回って夜ごと暗い森を飛び回る姿はなんとも滑稽だったが、見つけきれずに痺れを切らしたことで魔獣の繁殖を続けるより、それを使い捨ててでも、別の策に切り替えようと企んだ可能性もある。即ち人間社会に堂々と潜り込むという、新たな奇策をな」
「片腹痛い。妾が人間に迎合すると? それもよりによって、魔皇なんぞの命令に従ってか」
「黒に近いグレー……と言ったところかな。であれば黒として扱おう」
「! ぐっ……、」
今度は拳ではなく、開いた手の平を振ったメイル。すると五本の指の先から飛んだ細長い石の杭が、ヨルの両肘両膝と首をぶすりと刺して貫通した。
仰向けに倒れたヨルは、首と両手足の動きを封じられたことで自分の力では起き上がれそうになかった。
「ヨルっ! てめえこの野郎、まだやるか!」
「喚くなと言った。吸血鬼の、王族だぞ。ここまでやっても死にはしない――死なせるものか。これからこいつを生きたまま連れ帰って、吐ける限りの情報を吐かせるんだからな」
「なん……!」
こいつ、ヨルを攫うつもりだってのか!? そして拷問にでもかけようとしてるのか……!
メイルはこつこつと革靴で床を叩きながらヨルの傍にまで寄って、じっと見下ろす。観察するように、全身に石が刺さった吸血鬼少女を眺めて、なのにメイルはまったく感情を感じさせない声で言った。
「真相がどちらにせよ、アーバンパレスはお前から真実を引き出す。確実に全てを明らかにしてみせよう」
「ずい、ぶんと……余裕がないな、アーバンパレス……! その霞がかった思考と視界で、何ができるものか」
「できることは、お前たちがここでやったことと同じだよ。『虱潰し』。少しでも怪しいと思えば調べ上げて、魔皇についてより深く知ること。その勢力や目的を暴くこと……情けないことだが現状、私たちが能動的にやれるのはそれくらいだ。そして、だからこそ敏感にもなる。推察されるお前の背景と、お前がアンクルガイストと名付けたこれら。魔皇との繋がりはほぼ確定だと思ったんだが、少しばかり雲行きが怪しくなってしまったな」
「つまり……考えるのが、面倒になったと。故に妾をかどわかし、この身に直接聞こうというわけ、だな」
「平たく言えばそうなる」
「くはは! なんともふざけた言い分だ……、」
「なんとでも言え。疑わしきは、罰せよ。私にはそのほうが後悔がない」
何をするつもりか、倒れたままのヨルへ直に拳を振るうような素振りを見せたメイル。
――ちっ、仕方ねえ。これ以上は見ていられんからには、ここで仕掛けるしかねえな。
そう決意した俺は、声を張り上げた。
「だからそれがふざけてるってんだよ、メイル・ストーン! そんな奴はこの石くれみてーに、俺がぶっ壊してやろうか!」
「! どうやって石檻を……そうか、その鎌の力か」
檻を叩き壊しながら叫んだ俺を驚いたようにメイルは見てきたが、すぐにそのタネが武器にあると見抜いたようだった。
もっとたまげてくれりゃあよかったんだが、しょうがないか。ジョニーやレヴィよりも上の、ギルドの最高戦力。そんな奴が簡単に動揺を見せるはずもねえ。
俺はぐっと『不浄の大鎌』を握りしめる。
本当ならサラたちを捕えている檻もこいつの不浄のオーラで脆くして壊したいところだが、もうそんな時間はなさそうだ。
メイルは意識をヨルから完全にこちらへと移し、戦闘態勢に入ってるんだからな!
「邪魔するな、とも言ったはずだが。まさか死にたがりか?」
「へっ、誰が。てめえ一人で死にさらしとけ」
じり、と俺は動く。【活性】と【集中】は既に発動しているが、それでも通用するかと言ったらかなり厳しい。こいつの攻撃はべらぼうに速ぇからな。石槍も石杭も、発射の動作だけで実際に飛んでくところはまるで見えなかった。気が付きゃヨルが串刺しにされてた。俺からすればそんな感じだ。
だから、それに反応できたのは相当な幸運だった。
「! ほう、凌ぐか」
「ヅっ……、ってぇなクソが!」
飛来してくる石槍を、どうにか大鎌で弾いた。ずどん! と後方の柱に突き刺さったそいつには、まともに食らえばHPのほとんどが消し飛ぶだろう威力があるってことは想像するまでもなかった。
弾いた衝撃で腕がビリビリしているが、それができただけでも御の字だ。
アンクルガイストの群れと戦ったことでレベルが19になったんで、【集中】のスキルLVも2に上がってる。そうじゃなかったら絶対に防げなかっただろうぜ……!
「一応は見事と言っておこう。だが一撃やり過ごした程度で浮かれすぎだ」
「んだとコラ、こんなんで誰も浮かれちゃいねえ――ウッ?! なんだこりゃ!」
突然足の下で石の床が変形し、俺に纏わりついてきていた。察知が遅れたせいで逃れることはできなかった――が、それを抜きにしてもそいつの浸食スピードは半端じゃなかった。
瞬く間に足先から膝、腰、胴体、そして首の途中まで石に掴まれた俺の体は、もう顔の筋肉以外はどこもピクリとも動かすことが叶わない。
ギョッとしてる暇もなかった……まるで石膏像になっちまった気分だぜ!
野郎、こんなことまでできるのかよ!
「石魔法が専門でな。拘束に適した術も多くある」
と、俺の動きを封じてもなんの感慨も抱かない口調でメイルは言う。
「寛大な心で一度までの邪魔は見逃してやろう。それはお前が、目の前のことに気を取られて足元を疎かにするような、ただの若輩者でしかないからだ」
「――なんだそれは。自己紹介をしているつもりか?」
「!? くっ……!」
背後からかけられた声に、メイルが振り向く。
よりも先に爪を剥き出しにしたヨルの掌打が叩き込まれた。
メイルは吹き飛ぶが、あの一瞬でガードが間に合っていたらしい。しっかりと両脚で着地し、そして険しい瞳で吸血鬼の少女を睨みつけた。
ヨルの手足と喉を貫いていた石杭は、もうなくなっていた。
「馬鹿な……自力では抜けないように刺したんだぞ。吸血鬼が人間を超える怪力を持っていようと関係なくな。いったいどうやった?」
と、そこでメイルは、ヨルの後ろから前に出てきたボチを見た。
「ちっ、そうか。私としたことがそいつの存在を失念していた。まだ召喚されたままだったのか」
「ふ、その通りだ。ゼンタが気を引き、その隙にボチが妾の枷を解いた。足元を疎かにしていたのは貴様のほうだったな……ぬん!」
言いながら、ヨルは腹の石槍を強引に引っこ抜いた。ぽっかりと覗く穴。だがそれも、喉や手足の傷と同様にすぐに消えてなくなった。
「もう油断はせん。この王国から、妾が手ずから貴様を排除してくれよう」
「……面白い。私に勝てるなどと思える、お前の古びきった脳みそがな」
ヨルとメイルは同時に構えた。




