7.まるでゲームじゃないみたい
「条件、達成だって? いったいなんの条件だよ?」
そう声に出したからなのか、触れてもなければ念じもしてないのに、目の前に画面がブンと現れた。
そこには思った通り『条件達成』の説明が載ってた。
『取得条件:レベル3以上:生物を傷付ける』
またなんとも嫌な感じの説明文だな!
これは要するにレベルが3以上に上がっている状態で、動物かなんかへ怪我をさせるのが条件だったってことか。
確かに、俺はちょうどレベル3だし、鹿の首にナイフを刺して傷をつけた。
ここに書かれてる条件は満たしてる――でもやっぱ気分がよくねえな!
まあそれはともかく、俺が何をゲットしたのかについて。
『スキル【血の簒奪】を取得しました』
とあった。
一刻も早くボチたちへ加勢したいところだが、新スキルなら今の内に確認しときたい。急いで【血の簒奪】ってのに指で触れた。
『【血の簒奪】:流れる血は生命力の喪失。あなたはそれを強敵から奪うことに快感を覚えるだろう』
「だからなんで説明が毎回ちょっとポエミーなんだよ!」
パッと見じゃ伝わってこねーんだが!? 説明なんだったらもうちょっと書きようがあるだろこれ!
……いや落ち着け、クールになれ俺。
詳しいことはわからないが、大体の予想はつく。
ポイントは『生命力の喪失』と、『それを奪う』って部分だ。
生命力はわかりやすい。
なんせ俺は既にそれを何度も見ている――要はHPのことだろ。
文章から察するに、俺の手で血を流させれば、そいつから体力を奪い取れるってことじゃねえか?
「こりゃ使わないっつー選択はないな……!」
すぐにデカ鹿を倒せるようなスキルではないが、状況を有利にしてくれるスキルだ。
今ここでこれを取得できたのは超絶ラッキーってもんだぜ。
「【血の簒奪】発動ぉ!」
と叫んでから気付いたが、どうやらこのスキルは念じるまでもなく発動済みのようだ。【武装】や【召喚】のようにSPを消費して使うタイプとはまた違うらしい……条件を満たしさえすれば発動するかどうか選べるって感じか?
自分で好きに発動できないのは痛い気もするが、SPが減らねーのは素直にありがてえぜ!
「おらぁ! 第二ラウンドだ鹿野郎!」
「キュゥアッ!」
こいつ、やっぱ俺を一番に警戒してやがるな。
まだ無事でちょこまか動いている足元のボチと子猫より、復帰してきた俺へターゲットを移してきた。
俺はボチたちに比べると体もデケーし、武器も持ってるしな。
だけど動きは速くねーから倒そうと思えばすぐに倒せると。
なるほど、合理的な判断だと言えるだろうよ。
実際さっきはあっさりと投げ飛ばされたしな。
「だが今度はそうはいかねーぜ!」
首に刺してやった骨のナイフ【肉切骨】を見せつけながら一定の距離まで近づく。デカ鹿が確かにこちらの手元へ注意を寄せているのを感じた瞬間、俺はナイフをぶん投げてやった。
狙いは上々、思った通りのコースで飛んでいくナイフ。
顔目掛けて迫るそれは予想外だったか、デカ鹿は大袈裟に首を振って躱した。残念ながら当たりはしなかったが、構わない。
俺から注意が外れればそれでいい!
「うおぉおおっ!」
「キュア……!」
デカ鹿の見せた隙へ、全力で飛び蹴りをぶちかます。
首元の俺が与えた傷を蹴るように意識したそれは、思った以上にデカ鹿を仰け反らせた。
馬よりデカい鹿だ、体重的にはこうはならないはずだが……やっぱ俺のパワーって地味に上がってないか?
「ようし! とにかく食らえ!」
命中さえすればナイフは消えずに地面に落ちていたはずで、それを拾って攻撃できたんだが、躱されてどこぞへと跳んでいったことで残った一本ももう解除されてしまった。
仕方がないのでもう一度【武装】を使って【肉切骨】を新たに一本呼び出し、すぐさまデカ鹿へ突き刺してやった。
もうSPはほぼ空っけつなのでこいつは大事にしねーと、と思いながら振るったがやっぱ硬ぇ! さっき以上に気合込めて刺してんのにマジでちょっとしか刺さらねえよ!
「キュアァッ!」
「ぐべっ!」
調子に乗り過ぎちまったらしい。
攻めっ気を出し過ぎて回避が遅れた俺はデカ鹿の前蹴りをモロ腹に食らってすげー勢いで転がされた。
……痛み自体は、やっぱりそんなにないな。
だがHPは食らった分だけ減る。
今ので満タンだったHPバーが一気に半分近くまで短くなった――あ?
満タンって、馬鹿な。網みたいな角でぶん投げられて三割は減ってたはずだろ。
――まさか、今の一瞬でもうそれが全快したってのか。
「マジか……!?」
起き上がって敵の様子を見る。俺を庇ってくれているのだろう、必死な様子で飛びかかるボチと子猫を鬱陶しそうに角で払おうとしているデカ鹿。
心なしかその動きは俺を投げたときよりもだいぶ重くなっている気がする。
そうやって観察している最中にも、俺のHPはみるみる回復していくじゃないか。
一気にではなくじわじわとだが、それでもかなりの早さだぞこれ。
これ、あれだよな。もしかしなくてもデカ鹿のHPを、俺が奪ってんだよな。
マジかよ【血の簒奪】……めっちゃ有能じゃねえか!
これならいくらでもやりようがあるぜ!
「おっしゃぁ!」
「!」
HPが全快するってタイミングで駆け出す。
向かう先はデカ鹿、じゃなくって奴の逃がした小鹿たちが去って行った方向だ。
そうすると思った通り、デカ鹿は敏感に俺の動きに反応した。
纏わりつくボチも子猫もぶっちぎって、そりゃあもう尋常じゃねー雰囲気で俺に突っ込んでくる。
かかったな!
「俺はてめーを誘ったんだぜデカ鹿ぁ! ぐっはあ!」
どんなに強く体を打っても骨折とかはしないらしい、と学んでいるからこそ。
あえてデカ鹿の突進を避けず、防御を固めた状態で食らってやった。
またしても宙を舞う感覚。
そして背中からの墜落。
ぐう、何度やっても痛ぇな……! だが本来なら痛いじゃ済まないんだろうな、これ。
「HPは……」
六割以上は減ってるか……。小鹿を想う気持ちが思った以上にデカ鹿にパワーを発揮させたらしいな。安全のためにもここまで減らす気はなかったんだが。
「うおっと、やべえ!」
吹っ飛ばした俺へ追いついてきて、前脚で踏みつけようとしてくるデカ鹿。
それを俺は地面を転がってギリギリで躱した。
今こんなの食らったらぜってー死ぬ。
だからそりゃあもう懸命に転がり続けた。
そしてそんなことをやってる間にも、HPはあっという間に九割ぐらいにまで戻ってきていた。
「キュ、ア……」
一瞬、デカ鹿が明らかに苦しそうな気配を見せた。
これは確実に俺のスキルがこいつを弱らせているからだろう。
その分、俺はどんだけやられても回復するってわけだ。
「わうっ」
「にゃうっ」
飛びかかるボチと子猫。デカ鹿はもう二匹への対処も覚束ないみたいだ。
とはいえ、振るわれる角や逞しい脚での蹴りを掻い潜れるのはボチと子猫だからだ。
俺がここで近づいても滅多打ちにされて終わりだ。
「ほら行くぜ!」
だから、また小鹿たちのほうへと走る。
こうすればデカ鹿も走ってきて、重い一撃で俺を仕留めようとする。
「! キュウア!」
「来やがったな! ぐふっ……!」
だが当たり方にさえ気を付ければ一撃死はないことをとっくに証明済み。
一発KOと追撃を避けるようにすれば、あとはスキルが勝手にやってくれる。
「キュア……っ」
ボチたちの助けもあってトドメを刺そうとしてくるデカ鹿の網角から逃れた俺は、相手の脚がとうとうふらついてきているのを見て決着が近いことを悟った。
「なんか、卑怯な戦法でわりぃな。……いやぶっちゃけ、悪いとは全然思っちゃいないんだが。食うもんがないと俺が死ぬし」
その後も何度かわざと攻撃を食らって【血の簒奪】でHPを吸い取って。
そうしてついにデカ鹿はへたり込んで、その場から動かなくなった。
生き物を自分のために殺すこと。それにまったく罪悪感がないわけじゃあなかったが。
だからせめて最後はスキル頼りじゃなく俺の手で終わらせたいと思った。
「つってもお前にとっちゃ、どっちにしろふざけんなって感じだろうがよ」
「……キュゥ」
「――なむさん!」
ゲームみたいな世界でも殺すってのは、まるでゲームじゃないみたいだったぜ。
『レベルアップしました』
嬉しいはずのレベルアップもいまいち喜びが少なかったけど……すまんが鹿よ、俺の糧になってくれ。