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66.世界最後の吸血鬼

「おーい、ヨルヴィナス様よ」

「ヨルでいいぞ。なんだ?」

「や、このまま行くと街を出ちまうんでな。運行馬車の停留所なら逆方向だぜ?」


 馬車に乗ると他ならぬヨルが言ったんで、だったら方向が違うと指摘したんだが。


「案ずるな。馬車なら自前の物がある……妾専用の一級品がな」

 

 ヨルはそう答え、ずんずんと先へ歩いていく。早歩きだが、俺たちと歩行速度はそう変わらんな。


「すごいですね、自前の馬車があるなんて。旧金貨をポンと出しちゃうのもそうですけど、ヨルちゃんは本当に大金持ちなんですね」


「旧金貨ってそんな価値のあるもんなのか?」


 馬車の個人所有がまあすげえってのはわからんでもないが、金貨のほうはさっき初めて見たんで何がどうすごいのかピンとこない。


 金ピカでいかにもお宝感があったのは確かだけどよ。


「まだ魔族が人類の次に多い種族だった、過去のこと。その時代に流通していたのが金貨。その下に銀貨、銅貨もあった。……多く製造されて多く残っている銅貨にはコレクションアイテム程度の価値しかないけど、銀貨以上は今でも貨幣の代わりに使えるだけの、高い市場価値がある」


「特殊な製造法だったらしく、今では同じ物が作れないんですよね。だからこその稀少性でもありますし、単純に金貨は素材そのものも高価な物ですから」


 リルが使われる前のお金ねぇ。俺たちの感覚で言うなら……元号が五つくらい前の紙幣ってところか? や、モノホンの金で出来てる上に特殊な細工がしてあるってんなら単純な比較にはならんか。


 とにかくそれだけ貴重で高価なもんをあんだけジャラジャラ持っていて、しかも支払うのを躊躇わない気風の良さってのは確かに、貴族的な余裕を感じさせる。


 本人が言うには貴族どころか、王族なわけだが。


「ここらでいいか」


 街の外で、人通りがないことをキョロキョロと確認したヨルがそう呟いた。


「? どうしたよ。馬車はどこに駐めてあるんだ?」

「誰が野ざらしにするものか。馬車ならここに仕舞ってある」


 しゃがみ、自分の影へ手を伸ばすヨル。普通なら地面に触れてそれ以上は何も起こらないが、なんとヨルの手先はとぷっと水面に沈むように影の中に入っていった!


 そして何かを引っ張り出すような仕草をすると、ずあっ! と影から大きな馬車が飛び出してきたじゃねえか。


「これぞ妾の一族専用の馬車。その名もレッドムーン号だ」


「ほえー……」


 名前はちょっといまいちだが、馬車そのものは自慢するだけあってめちゃくちゃ豪華な造りだった。

 全体がデカく、屋根も壁もあるキャリッジというタイプで、漆塗りのように真っ黒でツヤッツヤの光沢を放っている。その光り方はまさに高級車のそれだ。


 このぶんだと内装も豪勢になってるんだろうなと乗り心地に期待を寄せた俺だが、すぐにとある問題点に気が付いた。


「おい、ヨル。肝心の馬がどこにもいねえじゃねえか。車体だけあっても動力が不足してちゃ意味ないぜ」


「そちらも案ずるな。妾がどうやってここまで移動してきたと思っている?」


「その羽で飛んできたとか」


「……答えはこれだ!」


 何故か俺の言葉をスルーしてヨルは指先を牙で傷付けると、そこから垂れた血をピッと払った。するとあたかもその血が変質したかのように、首のない馬が二頭そこに出現した……! ど、どういう技だこれ!?


「血を媒介にした召喚術は、そこまで珍しくない。彼女が本当に吸血鬼なら、血を力に変える芸当はお手の物のはず……」


「お、おう? 血が首なし馬になったんじゃなくて、血を餌に召喚したってことか」


「ちなみにこのお馬さんたちはバワーホースという、馬のアンデッドですよ」


 バワーホースはヨルに命じられると大人しく馬車の前に立った。そしてどうしてだか革紐なんかが勝手に装着されていく。これ便利だな……。


「バワーホースは妾の忠実なるしもべ。休憩メンテナンスの必要もなく昼夜問わず休みなく走り続けられる最良の動力エンジンだぞ」


「ああ、もう死んでるアンデッドだから疲れ知らずなのな。しっかし、二頭だけで大丈夫かよ? この馬車かなり重そうだし、引くにはもう一頭くらい要るんじゃねえか」


「ふはは! そこらの馬と同次元に語ってくれるな。バワーホースは限りなしのスタミナに加えて通常の馬を凌駕する馬力も持ち合わせているのだ。それに乗り心地も心配はいらんぞ。この通り貫革も車輪も特別製だからな。どれだけの荒れ地でもそうとは思わせない走りをしてやろう……さあ、乗るがいい」


「それじゃ失礼しまーす」


 とサラがいの一番に乗り込み、メモリも無言でそれに続いた。

 アンデッドが引く馬車にも躊躇なく乗れるんだな……アンダーテイカーの女子は逞しいぜ。


 あ、そうか。ヨルが街中からこいつを出さなかったのは、騒ぎを避けるためだったのか。冒険者ならともかく一般人はどうしたって、首のない馬がパッカパッカと目の前を通り過ぎて行ったら怖がるだろうしな。


「うむ。パヴァヌではそれで、えらく注目を集めてしまったこともあってな」


 やれやれだ、とそのときの感想を零しつつ俺たちと向かい合う座席に腰かけるヨル。

 それから彼女は窓へ顔を向けて「出せ」と言った。


 小さな声でも馬車はしっかりと動き出した……つか、頭がないってことは耳もないってことだよな。どうやってものを聞いてるんだかな。


「おー。本当に快適だな。今までの馬車とは段違いだぜ」

「この速度で、揺れがほとんどない。すごい」

「席もふっかふかですしね! 私ここで眠れちゃいます!」


 実際に乗ってみての感想は、三人ともに大好評だった。

 それを聞きながらご満悦って感じの笑みを浮かべていたヨルだが、途中から会話もそこそこで熱心に景観を眺め出した。


「……もうポレロは見えないな」


「うん? ああ、そうだな。さすがアンデッド馬だけあって速いぜ」


「ふひー、依頼するの緊張したー。ヨルくたびれちゃったよ」


「「「!?」」」


 背筋を張った上品というか高貴風な座り姿から一転、座席に沈み込むようなだらしない姿勢になったヨル。しかも口調までもがさっきまでとは全然違う。やたら尊大だったのが、年相応になった。


 そのことに俺たちがぎょっとしていると、そんなリアクションが可笑しくてたまらないといった具合にヨルはけらけらと笑い出した。


「普段からあんなエラソーにするわけないじゃん! あれはねぇ、人間に舐められないための作った態度なの。ふふ、騙された?」


 もち、すっかり騙されてた。だがなんだってそんな演技をするのかがわからんな。


「だってヨルは吸血鬼の姫なんだし? そこは一応、気を付けてるんだ」


「ヨルちゃんが吸血鬼の王族だという話は、本当のことなんですね?」


「あったりまえだよ! ヨルは身分を偽ったりしないもん。態度はともかく、それだけは嘘なんてつかないよ」


 自らの身分に対して並々ならぬ誇りを抱いているのは真実らしいヨルはそう毅然と言い放ったが、そうなると気になるのは他の吸血鬼のことだ。


「両親はどうしたんだよ? お前が王女ってーと、王様と女王様だな。なんでまだ子供のお前を人間の街に寄越したりした?」


「パパもママももういない。他の吸血鬼だっていない。魔族と一緒に消えたっていう話は間違いじゃないよ……だから、ヨルが世界最後の吸血鬼なんだ」


「……マジか」


 こりゃあ、悪いことを聞いちまった。まだガキだってのに、ヨルは天涯孤独の身のようだ。


 同情だとか、人のことを「かわいそー」だとか言うのは俺ぁあんまし好かねえが……孤児って立場に対してはどうしても同情的になっちまう。


 そんな感情を俺の視線から読み取っただろうヨルは、くすりと笑って。


「そー気を遣わないでよ、ゼンタ。これでもヨルはゼンタよりぜんぜん年上だからね?」


「何言って……あー、そうか。人間とは歳の食い方が違うってパターンか?」


「そうそう。ゼンタってまだ成人してないよね?」


 はて? そりゃあ成人はしてないが、見るからに中坊の俺にそんなことを聞いてくる時点で違和感があるな。


 もしかするとこっちの世界での成人年齢は日本とは違うんじゃないかと思えば、やっぱその通りで。


「十六歳からが大人扱いですよ。未成年でも十歳以上なら社会の一員として働けるので――それより下は非公認のお手伝いさんという立場ですね――あまり厳密な区別はされていないが実情ですけど。あ、アルコールは一部地域を除いて十五歳以下が禁止ですね。これもあんまり守られていませんけど。賭博も年齢制限がありますけど、やっぱりこれもそこまで厳守されていません」


「何も守られてねーじゃねえか! なんのための成人指定だ」


 ってかそうか、じゃあ俺はこっちでもまだ名実共に子供か。

 そんでもってサラは十七歳だから、もう大人なわけか……なんか釈然としないな。


「メモリはいくつだっけ?」

「今年、十三歳になった」

「じゃ、ゼンタたちで大人なのはサラだけだね!」

 

 ヨルの言葉にサラがえっへんと胸を張る。普段は着痩せしてあまり目立たない胸部装甲が、こうすると途端に激しく主張を始める。正直言って目に毒なんでやめてほしいぜ。


 仲間に欲情なんてしたくねーんだが、俺も男なんでな。認めがたいが、サラの見た目だけはマジでタイプだしよ。


「…………」


 何故かメモリの視線から圧が増したのを感じつつ前を向けば、ニコニコ顔のヨルと目が合った。


「ふふふ……みんな仲良しさんでいいねー。ポレロまで行ってみて良かったよ」


 俺たちのやり取りを見て微笑ましそうに、だがどことなく寂しそうに自称王女様は言った。


 首なし馬の引く馬車は、俺たちをあっという間に新しい街へと運んだ。


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