64.害虫どもをせん滅しようぞ
前話、前々話の誤字の多さ申し訳なす
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「もう行っちまうのか?」
「ええ、ポレロにばかり滞在しているわけにもいかないもの。でもすぐには離れないわよ。ここを中心に近くの街や村を見て回るつもり。クラスメートがいれば【道標】が反応するし、もしかしたらまた【宣告】の予知もあるかもしれないしね」
そう言うとカスカは、俺と一緒に見送りに来たサラとメモリのほうを見た。
「サラにメモリ。苦労させられることも多いと思うけど、ゼンタをよろしくね」
「俺の親かお前は」
「任せてください! ちゃんとお守りしますよ」
「……うん」
サラたちの返事に「よかった」と頷いたカスカは、前にも見せたやらしい笑みをまた浮かべた。
「しかし男子ってのは手が早いわね。天満くんもそうだけど、向こうじゃ女っ気のかけらもなかったのに、こっち来てすーぐこれだもの。しかもゼンタは二人も抱えてる。大したものだわ」
「おうコラ、だから変な目で見るんじゃねーっての。俺たちはそういうんじゃねえって言ったろうが。なあ?」
「そーですよカスカさん。私たちは男女の垣根を越えたソウルメイトなんですから! ねっ、メモリちゃん」
「…………、」
メモリはそれに答えず、ただじっと俺を見つめるばかりだった。
いやまあ、メモリの口数が少ないのはいつも通りのことだが、ここはサラみたくすぱっと否定してくれよな。
なんか意味深な感じになっちまってるじゃねえか。
「さーてどうだか。私は男と女じゃ純粋な友情なんてないと思っているタイプだからね」
「俺はお前とも友達のつもりだけどな」
「……ま、そうね。もう友人と言えなくはないかも。それにしてもあんたとこんなに打ち解けるとは、ちょっと前までは考えられなかったわね」
「そりゃ言えてるぜ」
異世界に迷い込むなんていう奇天烈な体験があってこそだろう。
同じ教室に長いこといてもほとんど話さなかった相手だってのに、この何日かでこれまでの数十倍は会話してるくらいだしよ。
そう考えると少し可笑しくなって、俺たちは互いに苦笑する。
つくづく妙なことになっちまったもんだと思いながら……まあ、それをカスカはけっこう楽しんでるようで何よりだけどよ。
「それじゃあね。他の子が見つかっても見つからなくてもまた立ち寄るから」
「おう、またな」
「お気をつけて、カスカさん!」
「……」
飛び立っていくカスカへ、俺たちは手を振った。うーん、遠目になるとマジで天使にしか見えん。あれで髪色が白か金ならもっと宗教画とかの天使みてーになったと思うんだが、なんでドピンクなのかね。不思議と似合っちゃいるが。
ちょうどカスカが飛んでいくのを見ていた子供たちが無邪気に走って追いかけていくのを横目に、俺たちは宿に戻ろうとしたが。
「あ、探しましたよアンダーテイカーの皆さま」
「あれ、受付の姉ちゃんじゃんか。俺たちになんか用か?」
「はい。アンダーテイカーに推薦依頼が受注されました。……正しくはこれから受注されるんですけどね」
珍しく組合の外で顔を合わせた受付嬢の姉ちゃんは、それだけを伝えてすぐ俺たちを連れて行こうとする。
その性急さに押される形で向かった冒険者組合は、少しばかり荒れていた。
「なんと! 妾の言葉を妄言の類いだとでも?」
「いやぁ、何もそういうわけじゃねえがな、嬢ちゃん」
「現に貴様は信じておらんのだろうが。この翼を見よ! この牙を、この爪を! 誇り高き我が威容を前にしてなにゆえ疑うか!」
「蝙蝠の獣人にしか見えねぇんだよなぁ」
「コウモリなんぞと一緒にするなー!」
トードに掴みかからんばかりに興奮しているのは、背中に蝙蝠っぽい小さな翼を生やした一人の女の子だった。
背の低いメモリよりももっと小さい、人形のように小柄な少女だ。
それが顔を真っ赤にして怒っているんだが、あれじゃ可愛らしさばかりが目立って迫力ってもんがまるでねえ。
手を振り上げてもトードの腰にも届いてねえしな……。
まあそれはトードがかなりの長身のせいもあるけどよ。
「あの子、どうしたんです?」
「それが、命じた通りに冒険者を差し出せと言うんです。なんでも仕事内容は害虫駆除らしいんですが……」
「害虫駆除ぉ?」
なんでそんなもんを冒険者にさせるんだと一瞬疑問に思ったが、そういや駆け出しの冒険者なんてほとんど街の何でも屋みてーなもんだったな。だったらゴキブリとかの退治に出向かされるのもなんも変なことではねーか。
という理解をした俺たちに、受付の姉ちゃんはふるふると首を振った。
「ビギナーランクに任せられるような依頼ではないんですよ。彼女が出した冒険者の条件は、まず確かな戦力になること。そして黒魔術師か死霊術師……いわゆる闇属性のエキスパートの代表格である職業を習得していることです」
むむ? 一気にきな臭くなったぞ。
ただの虫退治ならそんな条件をつけるわけがねえもんな。
「何者なんでしょう、あの子……」
「自称、吸血鬼らしいです」
「え! 吸血鬼ってあの吸血鬼ですか?」
「はい、あの吸血鬼です」
どの吸血鬼なんだろうか。
色んなモンスターがいるんだし、吸血鬼くらいは普通にいそうなもんだが……サラの反応からすると天使と同じくこっちでも珍しい存在っぽいな?
「吸血鬼というのは人によって見解が分かれる種族なんですよ。あくまで人間の一種族と見做す人もいれば、魔族側だと主張する人もいる。はたまたそのハーフだという人もいれば、蝙蝠の獣人種の突然変異だとする人もいて……滅びたとされる魔族とは違って吸血鬼の王族は途絶えていない、という話ですが、実際に吸血鬼を名乗る人を見たのは私はこれが初めてです」
サラの説明に「私もそうですね」と受付の姉ちゃんが同意する。どっちも初かよ。するとあの少女の自己紹介が本当だとすれば、俺たちはかなり稀少な種族を目にしてるってことになるんだな。
「彼女、依頼申請の手続きを煩雑だと言って拒否したんです。そしてとにかく希望する冒険者をすぐに出せの一点張りで」
「そらまた横暴っすね」
手続きをして、該当する冒険者が受けるか吟味して、そいつらの気が乗らなければしばらくクエストボードに貼られて放置されて……という待ちぼうけパターンを嫌ってるわけだな。
緊急性の高い依頼だと推薦依頼となって相応しいパーティが指名されるが、そうでなくとも何かしら事情があれば、組合が気を利かせて優先的に片付けようとしてくれることは多いという。
癇癪を起さずに何故急ぐのかをきちんと説明すりゃあそれなりに話も進むだろうに、あれじゃ組合からの印象が悪くなって逆効果だぜ? そんくらいは、俺にだってわかることだ。
「たぶん彼女はそれすらも待てないんでしょうね。それだけ切羽詰まっているということですよ」
「そうなんだと思います。ここで騒がれても他の依頼主や冒険者の方々の迷惑にもなりますから……お話、聞いてあげてくれませんか?」
サラと受付嬢は割と、今もトードにキーキーと喚いている少女に同情的な雰囲気だった。そしてそれは俺も同感だ。
吸血鬼云々の信憑性は別にしても、小さな子があんだけ必死に何かを訴えている姿ってのは心にくるもんがあるわな。
「さっそくネクロマンサー独占パーティとしてやるべき仕事が舞い込んできたってわけか……メモリ、いいか?」
「あなたが決めたことに、わたしは従う」
もう一人の純正ネクロマンサーからも許可を頂けたんで、俺たちは騒ぎの元凶へと近づいていった。するとすぐにトードが気付いて、ほっとしたような顔で俺たちを手招きする。
「よく来た、アンダーテイカー!」
俺たちのパーティ名を少女に聞かせるトード。若干わざとらしかったが、その名にぴくりと少女は反応してこちらを向いた。
異様なほど白い肌に、血を思わせる真っ赤な瞳。宿のアップルの薄い黒髪や、メモリの青混じりの黒とは違う純黒で艶のある髪……少女ながらにどことなく妖しさを感じさせるそいつは、俺とメモリへと素早く視線をやって、それから尖った八重歯(牙か?)を覗かせてにたりと笑みを見せた。
「来たな。心地良き闇を纏う者たち。――さあ、妾についてまいれ。共にあの憎き害虫どもをせん滅しようぞ」
褒美はたっぷりと取らす、とどこかの国の王女のように少女は言った。




