6.条件達成
見つけた獲物は鹿でした。
鹿、鹿ねぇ……割と勝てそうだな、とパッと見で軽く思った俺は馬鹿だ。
バンビっつーの?
小鹿が三匹で遊んでるのを見つけた時はやる気もあったんだがな。
その奥からのっそりと出てきた鹿がさ。
これまたデカいのなんのって。
デカ猫にも負けねーくらいなのよ。
たぶん小鹿たちの親だと思われるそいつは、体のデカさよりも角が特徴的だった。デカ猫の牙が目立つのと一緒だな。
そいつの角は体格と比べても相当大きく、そしてまるで木みたいに枝分かれしてうにょうにょと絡み合っている。
その先端部分はもう網って言ったほうがいいくらいだ。
邪魔じゃねーのかね、あれ。
こんな森の中じゃしょっちゅう本物の枝に引っ掛けちまいそうに見えるが。
まあ、何かしらそうならないやり方ってもんを心得ているんだろうな。今だって木が密集してない場所で休んでるし。
「ガウ」
んで、これよ。
鹿の群れを見つけたのはデカ猫なんだが、自分は行こうとしない。
代わりに俺たちを行かせようとする。
は? と思って卓越したジェスチャー(ただの身振り以下略)で対話を試みたところ、どうやらデカ猫は自分で狩るつもりはないらしく。
俺たちだけで狩ってこいと、そういうわけなんだな。
ここでパーティメンバーを紹介しよう!
まずは子猫! どこからどう見ても子猫としか言えない!
次にボチ! コーギーっぽい見た目のゾンビ犬! つまり子犬だ!
最後に俺! 中三男子! 骨のナイフを二本出せるぞ!
以上だ!
「いや無理だろこれ」
一人もまともな戦力がいねーのはヤベーって。
鹿とはいえ野生動物ってのは基本恐ろしいもんなんだ。
帰りたくなくて遅くまでぶらついてて野犬(ちな首輪してた)に襲われかけた経験のある俺は、それをよく知ってる。
ただの犬や鹿でもそうなのに、あの親らしき鹿は、馬とか以上にデカいんだぞ。
こんなん勝ち目あるか?
つーかなんなの?
蟹といい猫といい、この森はデカい生き物ばっかなのか。
兎と熊が普通サイズだったのは逆にどういうことなんだよ。
ひょっとしてあいつらも子供で、成長したらとんでもないデカさになったりするのか?
……だとしたらそれに出会わなかったのはラッキーだったな。
「にゃう!」
早くいこーぜ! って感じで子猫が俺の足を押してせっついてくる。それを見てデカ猫は満足そうだった。我が子の勇猛さが誇らしいんだろう。
あー、はいはい。
つまり親猫としては、息子(?)に狩りの練習をさせたいわけね。
俺たちにはその手伝いをしろという。
……あと、一応は子猫を庇って化け蟹に立ち向かった礼としてこの森での生き方を教えてやろう。みたいなニュアンスかね。
「わう」
お、この鳴き方からして意外とボチはやる気のようだ。
兎を連続で仕留めたことといい、化け蟹にも果敢に立ち向かったことといい、見た目と持久力のなさを除けばこいつは勇敢な猟犬だな。
いやほんと、これでその胴長短足な体型でさえなければもっとこう……いや、それを言うのはナンセンスだな。
「しゃーねえ。ガキたちがやる気出してんのに年上の俺がビビッてちゃ情けねーわな。やってやろうじゃねえか……!」
まだ距離はある。風下で、しかも茂みから覗いているために隠密は完璧だ。こちらが一方的に捕捉しているアドバンテージは大きい。
なるべくならこれを無駄にはしたくないが、課題はいかにしてあそこへ近づくまでにバレずに済むかってところにある。
「よし、極限に息を殺せよお前たち……匍匐で進むぞ」
時間が経ってるからか、それともひと眠りしたからか。
幸いなことに俺のSPは最大値に戻っている。
つまり必殺のダブルナイフが可能ってことだ。
不意打ちができる距離まで接近して、なるべく急所っぽいところにナイフを突き立てる……!
これしか手はないだろう。
正面からやり合っても百パー負けるのは目に見えてるからな。
俺を先頭にして、ボチと子猫も地面に体を擦りつけるようにして移動を続ける。鹿たちのいるところまではそう大して離れてもいないんだが、邪魔な草木を迂回するために体感としてはかなり長く感じた。
こそこそすることにしびれを切らしやしないか、と時々後ろを振り返ってみたが二匹はけっこう楽しそうにしていた。これなら心配はいらなそうだな。
鹿へ近づくにつれ、緊張が高まってきた。
僅かな前進にすらも気を使う。
そうしないと気付かれちまうからだ。
呼吸音も最低限に、用心して最後の直線を移動する。――これ以上先は、行けない。何故なら隠れられる場所がもうないからだ。
だがデカ鹿は目と鼻の先。
小鹿たちのじゃれ合いを眺めているその姿は、確実に俺たちの接近を察知できていない!
「……!」
最終確認としてボチたちを見る。二匹は凛々しい顔付きで意気込みを見せてきた。準備も覚悟も万端みてーだな。
だったら行くぜ!
「うぉおおおお覚悟ぉ!!」
「わうわう!」
「にゃあう!」
横手から飛び出してくる俺たちを見てデカ鹿は「!?」というリアクションだった。
やっぱりバレてなかった!
もしかするとわざと気付いていないフリをして誘い込んでいるのかとも考えたんだが、考えすぎだったらしいな。
なら何も気にすることはねえ!
「【肉切骨】ぇ!」
両手に二本のナイフ。
を、逆手持ちにしてデカ鹿の首目掛けて突き刺す。
俺と合わせてボチも前脚に、子猫ももう一本の前脚にそれぞれ噛み付いた。
これ以上ないってくらい完璧な奇襲。
やったぜ! という興奮はすぐに冷めた。
「キュァアッ!」
「うげえ?!」
「わうっ」
「にゃっ」
言うならアレだ。馬がよくやるイメージの、ウイリーってのか。そうやって上半身を勢いよく持ち上げたデカ鹿のあまりのパワーに、俺たちはまとめて弾かれちまった!
「ぐ、マジかよこいつ……!」
転がされはしたがなんとか受け身は取れた。
HPも減ってねえ。
だから俺が参ったのは弾かれたことじゃなくて、デカ鹿の負った傷を見たからだ。
奴の傷からは、ほんの少し血が滲んでるだけだった。
腕力だけじゃなく全体重をかけて、しかも二本とも一箇所へ集中させて刺したってーのに……あんなかすり傷みたいなダメージしか与えられてねえだとぉ!?
ボチと子猫が噛んだ脚に至っては血すら流れてねえ。
ぱっと見はまったく傷なんてねーように見える。
いやこれ、マジでマズくね……?
俺が想像した三十倍くらい戦力差があるんですけど。
「キュアウ!」
「! やべっ」
ひと鳴き。それで小鹿へ指示を出したんだろう、自分よりも後ろへと避難させたデカ鹿は、すぐに俺のほうへ突っ込んできやがった。
真っ先に俺を潰すつもりか!
「やられてたまるかよ!」
できるだけ引き付けて、飛び退く。
火事場の馬鹿力ってやつなのか、自分で思う以上の跳躍力でどうにかデカ鹿の突進を躱すことができた。
だけどそれを見越していたのか、デカ鹿は逃げられたとみるやすぐに急旋回をして、ぐるんと首を回した。
そしてまだ体勢の整っていない俺を――その網みたいな角で掬い上げてぶん投げやがった!
「ぐっは!」
ぶわっと浮かされ、どかっと地面に激突。い、痛え。今度は受け身なんざ取る余裕もなかったぜ……。
HPバーが視界に出る。う、こりゃ三割くらい減ったな……化け蟹の時よりもHPが残ってることを喜びたいところではあるが、悪い知らせもある。
投げられた拍子にナイフを手放したことで、一本無駄になっちまったんだ。
空中でフッと消えるのを見ちまったよ。
もう一本はすぐそこに落ちてるんだが……。
「な、るほどな。手から落とすだけじゃなくて、俺から離れすぎると消えるわけか」
残った一本を掴みつつ、立ち上がる。
向こうを見てみれば、ボチと子猫がデカ鹿に食らいついているところだった。
強さで言えばどっちもデカ鹿に敵うはずもないが、小ささと敏捷性で上手く立ち回っているようだ。
子供でも流石は野生の動物、ポテンシャルが半端ないな。
「足を引っ張ってんのは俺のほうか……ちくしょうが」
汗を拭う。ナイフを強く握りしめる。
やれる。体は動くし、闘志もむんむん湧いてきている。
絶対に狩ってやる――そう決意を新たに駆け出そうとして。
「ん……!?」
HPバーの下にいつもとは違う表記があることに気が付いた。
――『条件達成』。
そこには確かに、そう書かれていた。