57.来訪者と来訪者の戦い
誤字多すぎて笑っちゃうんすよね
ご報告ありがとうございます
「来訪者同士が同意すれば使える機能。それが『決闘モード』よ」
訓練場を貸してもらうためにトードのところへ移動しながらだ。
画面を出して見なさい、というカスカの言葉に従ってみると、確かにそこには普段はない文字が出ていた。
『装備
スキル
ステータス
決闘』
相変わらずシンプルなデフォルト画面。追加の項目もまたシンプルだな。うっかりすると見逃しかねないくらいだ。
カスカはこれを、委員長と考察を重ねる最中に発見したらしい。
「試してみてわかったことは、これはゲームオーバーを防ぎつつ真剣勝負をするための機能だってこと。勝利条件は相手に降参の宣言をさせるか、HPを1まで減らすこと」
1!? そりゃ死の一歩手前じゃないか。
色々と試したというカスカたちでも、さすがにHPを0にする実験はしてないそうなんで、ゲームオーバー=死だとは決まってねえ。だが、そいつが気軽には試せないくらいに危険なものだという共通認識を俺たちは持っている。
慄く俺に、カスカは首を振った。
「ゲームオーバーにはならないってば。決闘中、HPは0にならない仕組みなの。どちらかが1まで減った途端に勝敗が決定して、双方のHPは決闘開始時の数値に回復する」
「それを聞いて安心したぜ。……おいカスカ。俺、すげえことを思い付いたぜ!」
「ダメダメ。それ、すごいことでもなんでもないから」
思い付いた内容を聞きもせず、にべもなくカスカはそう否定した。むっとする俺にカスカは、覗き込むような上目遣いをしながらこう言った。
「あんたの悪知恵くらい、お見通しよ。決闘モードで経験値稼ぎをすれば、安全を確保しながらいくらでもレベル上げができる……そう閃いたんでしょ?」
「う……そうだ」
そのものずばり言い当てられて、怯んじまった。そんな俺を見てカスカは「やっぱりね」とため息をついた。
「そんなの私や委員長だって思い付くわよ。けど、ダメだったの。決闘モード中は一切経験値が入らないのよ。その間に他の相手と戦おうとしても、決闘モードが解除されて終わりよ」
「げっ、そうなのか。裏技みてーに経験値を稼げるかと思ったんだが、残念だな」
「実現すれば最高の安全マージンだったんだけどね。推察するに決闘機能はあくまで、来訪者同士の衝突を穏便に解決させるためのものなのよ。賭けの対象を決められるのもその一環ね」
「賭けだと?」
あんましギャンブルに良い思い出のない俺はそのワードに顔を顰めるが、決闘モードには勝負を始める前に任意で、お互いに差し出す物を決められる機能もあるそうだ。
そして、むしろこれこそが決闘なんてもんが用意されている本質だとカスカは言う。
「【収納】で仕舞ってある水筒を賭けてみたの。委員長は何も賭けなかった。それでも互いに合意したら賭けは成立。そこで私はすぐに降参を宣言したわ。すると、その時点で委員長の手に私の水筒があった」
念のために【収納】を使用して確かめてみたが、確かに賭けた水筒がなくなっていたとカスカは真剣に言った。
「成立した賭けは決着で即座に適用されて、覆らない。水筒は普通に返してもらったけどね。だけどこれの真に恐ろしいところは、賭けられる範囲の広さよ。どうしてもと委員長が言うから私たちはレベルも賭けたんだけど……」
「レベルを、賭けた?」
一瞬、言葉の意味が飲み込めずに俺は馬鹿みてーに呆けちまった。
それでどうなったのかと先を聞けば、なんとそれでも賭けは成り立ったんだそうだ。
「委員長の1レベルが私に移った。経験値が入ったとかじゃなくて確実にレベルが移動したのよ。委員長は1、レベルダウンして。私は1、レベルアップした」
「マジかよ……」
「大マジよ。私たちを取り巻くシステムは絶対。決闘で賭けた内容への強制力も例外じゃない。おそらくこれは、目に見える物や数字に限らないでしょうね。『負けたほうが勝ったほうの言いなりになる』。……そういう賭けでもたぶん成立するわ」
お、恐ろしい。迂闊にそんな賭けをして、そんで敗北しちまったなら、俺はずーっとそいつの奴隷になっちまうわけか。
もしそれを取り消したいときはどうするのか……相手がそれを許してくれない限りは、きっと取り消しを賭けてまた決闘をするしかないんだろう。だが普通に考えれば、相手が二度目の決闘に乗ってくれるとは思えないがな。
「まあ、合意さえしなければ賭けも決闘も始まらない。一方的に吹っかけても対戦相手からの了承がないと成立しないんだから、そう怯えるほどのことでもないけど……一応は危険性を理解していてほしかったら、この説明をしたわ」
「もっともだな。俺だけじゃなく全員がそうだが、よくわからずに決闘機能を使うと大変なことになりかねん」
逆に言うと、熟知していると悪用の余地だって見つかっちまう気もする。
俺は教えてもらえて素直に助かったが……。
「私も、三ヤベの他の二人に話す気はないわ」
「俺はいいのかよ?」
「あとの二人と違って、あんたは率先して人を嵌めるようなことはしなさそうだから。自分からちょっかいさえかけなければ大丈夫、っていうのがクラスの女子内でのあんたの評価よ。成績は焼け野原で手も早いけど、言葉は通じるし正義感もある……他の三ヤベには欠けてる、正義感がね。私はそれを信頼するわ」
こりゃあ、褒められてんのか貶されてんのかどっちだ? ……まっ、信頼されてるらしーんでここは喜んどいていいだろう。
人語を解するゴリラみたいな扱いを受けてることに若干の不満もないではないが、自分でもそういう認識を持たれて当然だっつー思いもありはするからな。
「私はあんたに、純粋な決闘を申し込むわ。賭けはなし。単純にどっちが勝つかでこれからのスタンスを決めましょう」
「俺が勝てば、お前の協力が得られる。お前が勝てばそれを拒否すると」
「そうよ」
鷹揚に頷くカスカだが……この勝負、俺に不利な点が何もない。カスカばかりが今後の行動を左右されるリスクを背負っているんだ。だって俺は負けてもこれまで通りの生活を送るだけだからな。
カスカの力が借りられないってのは痛いが、それは元からなかったものだ。
俺から差し出すものはなく、実質的にノーリスクハイリターンな絶好の機会となっている。
カスカだって何も、それをわかってないわけじゃなく。
「いいのよそれで。私から言い出した決闘よ? 納得していないはずがない。あんたは、正しさの中にいる。新しい自分に浮かれて、自分と同じようにこっちでの生活を謳歌しているクラスメートをたった二人見つけただけで、全員がそうだろうと思い込んでいた私は……間違いなく正しくない。そうよね、帰りたい人だっているかもしれない。――でも、私は帰りたくないのよ」
「……カスカ」
もしも、元の世界への帰還条件に『クラスの全員が揃うこと』が含まれていたとしたら。
一人残らず帰らなくてはならないとなったら、どうするのか。
その悩ましいはずの問いへの答えを、カスカは既に出していた。
「断じてNOよ。私の我儘で帰りたい人が帰れなくなったとしても、どうしてもこっちに残りたい。こっちで、天使として、みんなから認められながら生きていきたいの」
「だってのに、決闘で負ければ俺に協力するのか?」
「クラス全員の安否と意思を確かめること自体は、ね。どのみち委員長から頼まれていることでもあるし、そのついでにあんたの手伝いだってしてあげてもいい。――勿論、すべてはあんたが勝てたならの話だけどね。私のそれなりの強さは、見せたでしょ?」
「はっ。確かに翼の一撃にはたまげたがな……そんなんで俺が怖じ気づくとでも?」
「そうこなくっちゃ」
俺の返事に、カスカは満足そうに不敵な笑みを浮かべた。
◇◇◇
訓練場で向かい合う俺たちを、例のごとくかなりの数の観客が見守っていた。堂々と大勢がいる中で決闘の話をトードへ持ち出したカスカの言葉はあれよあれよと広まって、瞬く間にこんな状況になっちまった。
これじゃジョニーとの決闘のときの再現だな。
いや、あのとき以上に見ている人数が多いようにも感じるぞ。
「来訪者と来訪者の戦いに、みんな興味津々みたいね」
「こりゃあ恥ずかしい勝負はできねえな」
「あっさり負けるのが怖ければ、今からでも中止してもいいわよ」
鼻で笑うことで返事してやると、カスカは何やら画面を操作した。
「そ。それじゃあ申請を送ったから、後悔しない自信があるなら決闘の許可をして」
「許可……これか」
パッと勝手に出てきた画面を見る。
『シロハネ・カスカから決闘が申し込まれました。
許可:する・しない』
俺は迷わず『する』を押した。
『決闘モードON。決闘開始まで残り5秒』
「決闘が受諾されたわ。すぐに始まるわよ、準備はいい?」
「ここに立ってる時点でできてらぁ。ムカデを倒して2レベも上がったところだ、存分に暴れさせてもらうぜ」
「2レベね……そういえば、あんたってレベルいくつ?」
「16だ」
「ふーん。私は23よ」
「えっ」
『決闘開始』
想定外のレベル差に目をぱちくりさせると、そこに勝負の始まりが告げられた。
ばさりとカスカは翼を広げて。
「さ、戦いましょうか。お互い頑張ろうじゃないの――恥ずかしい勝負にならないように、ね」
こ、こんにゃろ……やぁってやろうじゃねえか、くそったれ!




