554.パートナー/相棒
手前味噌ではあるが、マクシミリオンからの評価はなんら間違っちゃいないだろう。神の次席。俺のポジションを一言で言うならそれが一番わかりやすい。三つある席のうちのひとつだけどな。
『灰』以来かつ、人間から選ばれた初の管理者。その稀も稀過ぎる肩書きはまあ、傍から見れば偉業をやり遂げたようにも見えるはずだ……が、しかし。まだ仕事も一度しかこなしていないぺーぺーもいいところの俺は、他人に偉ぶれるほど何かすげーことを成し遂げたわけじゃあない。それは全てこれからにかかっているんだ。
そもそも上位者・『灰』・『灰の手』っつー組織図のラインに組み込まれていない俺は、言うなりゃ遊撃隊のようなもんだ。あくせく働かされることが確定している以上ふんぞり返ってはいられねーし、何よりそんなやつが上位者に次ぐ立場だなんて名乗るのは変だしな。
だから俺はこう返す。
「悪いけどマクシミリオンさん。管理者になったって『灰』とは違って俺ぁ人間だ。人類の代表に収まったあんたを差し置いて上に立つつもりなんざねえっすよ」
「そうなのか? そちらについてもお前を頼ろうかと思っていただけに、残念だ」
と、冗談めかしつつも半分ぐらいは本音なのを感じさせる口調で言ったマクシミリオンは、それからその表情を少しだけ変えた。笑みはそのままに、いたずらな雰囲気がこちらを気遣うそれになった。
「『アンダーテイカー』全体は元より、特にゼンタは今後際立って多忙を極めそうだ。中央に不在の時間も多くなるだろうことを思えばお前を新時代の御旗にするのは少々無茶かもしれないな。それに――上位者もまだ自身や『灰』を表に出すつもりはないんだな?」
「今んとこは、そうっすね。まだなんの目途も立ってねえ状態なんで上位者が嫌う『神の存在の誇示』はできるとしても先のことになりそうだ――つって、それもたぶんそう遠い未来じゃねえけど。俺の仕事が順調にいくなら半世紀もすれば、誰もが上位者を知ってて当たり前の世界になんじゃねえですかね」
「半世紀もすれば、か……まるでたかだか数年先のように軽く言ってくれるな」
「……!」
おっと……人間だと自称しておきながら長すぎるスパンで物を言っちまったぜ。俺が上位者相手に謁見してたときと同じような気分をマクシミリオンも味わってんだろうな。この人も大概歳の割に若々しい人だが、それでも見かけは常識の範疇だしな。一部の例外を除けば半世紀先ってのは大抵の人物にとってかなり先の話だ。
少なくともマクシミリオンが現役のうちは上位者が動くことはない。と宣言したようなもんであり、大任を与って今後ますます苦労が増える彼に対して「一生それが続くぞ」と切り捨てた形だ。
「すんませんね、マクシミリオンさん。だいぶ怪物染みてきてるって自覚はこれでも持ってるんで、人らしさを忘れねーようにと自戒してるつもりなんすけど」
実際、これは何も俺の心構えだけに終わる話じゃあない。
人らしさを持つ。人としての視点、観点を有すること。これははっきり言って現状三人の管理者の中で俺だけが持つ特異性であり、優位性でもある。無論のこと上位者にも欠けているそれを補完するのが俺一番の役割だと言ってもいい。
だってのに、『神の使い』になったことでその大事なもんを失くしちまったら意味がない。なんせ俺ぁ最も人に寄り添える管理者を目指してるもんでな……だからこそ戒めは常に意識してなくちゃいけないんだ。
だが、どうにもな。やっぱ変わっちまう部分は出てくるわけで。今の発言もそうだし、この前はレンヤへの言葉のチョイスもがっつり間違えた。早くもボロが出まくってるなこりゃ。本当は「落ち着いた」なんて言われ方をするのも良くはないんだろうが、けどしょうがねえ。
こっちに来て色んな体験をして、少なからず成長したのと同じように。
管理者になった俺が以前の俺と何もかも変わらずになんていられるはずもねえ。
だからやるべきはやはり、以前の俺ってもんを忘れねーようになるだけの努力をすることなんだろうな。
「それは素晴らしいことだと思う。俺とてゼンタの変化を責めるつもりもない。ここで言いたいことはつまり、お前にかかる多大な負担がいつか――」
「ゼンタ!」
「オレゼンタさん!」
マクシミリオンの言葉を遮ったのは、俺を呼ぶふたつの声。それもどちらもが剣呑で、かつ底冷えするような寒々しさを伴ったものだった。
「メイヤ! それにユーキも……どうしたよ?」
戦闘中を思わせる猛々しいオーラを纏って仁王立ちする二人に恐る恐るそう訊ねれば、両者は同時にビシッと互いを指差して言った。
「ねえ、こいつはなんなの?」
「この人はなんなんですか?」
表現に違いはあれど発言の内容はまったく一緒だった。キッ、と睨み合う様もまるで鏡映しのようだ。
なんでこんな険悪な雰囲気なんだ、と戸惑ったのも一瞬。俺はすぐに納得したね。――そりゃあこの二人は合わねえわ。
メイヤは先代魔皇の一人娘。つまりは本来の次期魔皇だったやつだ。先代魔皇の娘なんだから本人も当然魔族であり、種族も父と同じソラナキだ。そんな彼女は魔族戦争終結後しばらくしてから『灰』に拾われたことで逃亡生活を終え、上位者に興味を持たれて温情的にとある実験場の主(と言う名の飼育員)をやらされていたそうだ。
長いこと見送られていたとはいえ一応は先に管理者候補になっていたこともあり、俺の管理者就任に合わせてメイヤも見習いとしてまず俺の補佐を行うことになった。と、急に教えられて紹介されたのも(体感)一年ぐらい前のこと。俺自身も見習いみてーなもんなのに素人と素人を組ませて大丈夫なのか、なんてそのときは思わなくもなかったが、ソラナキの力を持つ者同士俺たちの相性そのものは悪くない。どころかめちゃくちゃ良いと訓練中にわかったんで、まあなんとかやってけるだろうと結論付けた。
いずれは補佐の肩書きを外すことを目標としているメイヤだが、俺からすれば新たな仲間でしかない彼女もユーキからするとちょいと事情が変わる。
なんせ母親が討った世界的な巨悪の一粒種であり、その正統後継者だ。
上位者のシナリオに沿ったものだとはいえ、もしもマリアが立ち上がっていなければ先代魔皇は人間をほとんど殺し尽くし、今頃は荒れ地の女王として娘を掲げていたはずだ。そんなまさしく魔皇としか言いようのない大悪党の血を継いでいるメイヤを、大悪党を倒した女の娘であるユーキが見過ごしておけるはずもない。
またメイヤ自身、さすがは先代魔皇の子といったところかめっぽう野望的でもある。
今んとこは管理者として高みを目指しているだけだが、その在り様がユーキの目にどう映るかはまた別問題。ともすれば獅子身中の虫として上位者や『灰』を相手に父の無念と夢を晴らそうとしていると見做すこともできる。
これは初めから疑うことを前提とした考え方ではあるが、ユーキにとっては別に偏見でもなんでもない。
それに対するメイヤも人を宥めたり誤魔化したりってのはてんで苦手そうなやつだと俺もわかってきているんで、こうなるのも自然の摂理だったかとため息をつく。生まれもそうだが、単純に性格が合いそうにない。二人の初接触にはもっと注意しとくべきだったな。
どうやって仲を取り持とうか、と悩む俺に威嚇のし合いを先にやめたメイヤが。
「貴方からも言ってやりなさいよゼンタ。パートナーの私に向かって失礼なことを言うこのガキに『その口を閉じろ妄言吐きが』ってね」
それを受けてユーキも。
「呆れますね……なんて野蛮で失礼な口の利き方でしょうか。オレゼンタさん、この人はあなたの相棒である私に向かって先ほどからずっとこの調子なんです。どうか窘めてあげてください」
「あら面白い。ガキが私をガキ扱いするつもり?」
「当然です。あなたの精神年齢は幼児を通り越して赤子も同然ですから」
「幼児なのは自分じゃないの。私が見抜けないとでも思った? 無理して体を大きくしたってガキはガキ、ゼンタのパートナーには相応しくないわ」
「私の言っていることが少しも理解できていないようですね、残念です。そんなあなたこそオレゼンタさんの相棒には相応しくありませんよ」
「私は管理者で、しかもゼンタの補佐よ?」
「そうですか。私は『勇者』です」
「それが何よ!」
「こっちの台詞です!」
「…………、」
「あー……そういえばこのパーティーを機にもう一度エイミィやレヴィともじっくり話をしたいと思っていたんだった。すまないがゼンタ、俺は少し外させてもらうぞ」
「えっ、マクシミリオンさん……!?」
唖然としてた俺の肩にそっと手を置いてそう言ってから、マクシミリオンは逃げるように背を向けて離れていった。
み、見捨てられただと……!?




