55.元の世界に戻りたいと
「なにぃ!? 最初に再会したのが委員長だって? しかも、お前にクラスメートを探してくれって頼んだのもあいつかよ!?」
「そうよ。委員長は私よりも何日か早くこっちへ来ていたらしいんだけど……会ったときにはもう何か、他にやることができていたみたい」
「やることって、そりゃなんだ?」
「さあ。とにかくそうとしか聞いていないの。でも、『自分に代わってどうか級友たちを見つけてほしい』って……あの委員長から頼まれちゃったら、誰だって断れないでしょ?」
この世界での出現位置がクラスメート一人ごとに違っているというのは、自分たちを例としてカスカも委員長も予想がついていたらしい。そうなると、なんのあてもなく全員を探そうってのはかなり厳しい条件だ。
しかしカスカには【道標】という便利なスキルがある。それをどっちへ行けばいいのかわからないってときに使用すると、自分の探し物がある方向がわかるんだそうだ。すげーよな。これを使って、俺以外にもこれまでに二人のクラスメートと会うことができたってわけだ。
ちなみにポレロは【道標】でのナビゲートと【宣告】での予知が一致した珍しいケースだったらしい。
つまりはそんだけ、超巨大ムカデの出現がビッグなイベントだったってことだろう。
「しかしお前、便利なスキルをいくつも持ってんな」
俺たちは今、組合の一室を借りて二人きりで話している。来訪者同士の話っつーことで内々のこともあるだろうとトードのほうから部屋を使えと言ってくれたんだ。
なんで、場所自体は借してもらったもんだが、俺たちが飲んでいるジュースは組合じゃなくカスカが用意したもんだ。どっかから買ってきたとかじゃなく、明らかに何もない空間からコップと一緒に取り出したところを俺は目撃している。
「ああ、【収納】のことね? あんたも使いたいなら頑張って手に入れることね。私が思うに、スキル取得はランダムだけど、必要に駆られたものが入手しやすくなるわよ。【収納】だとたぶん……持ち切れないだけの物を持って移動を続けていたら、そのうち手に入るんじゃないかしら?」
そんなしち面倒なことをしなくちゃならねえのか……。冒険者をやってりゃ長距離移動の機会も多そうだが、両手を塞いで遠出するのはリスキーすぎるぜ。そこで襲われたらどうしたって対応が遅れることになっからな。
つーかまず、そんな大量に物を持ってねえし。荷物なんざ組合で買った携帯食料くらいだ。【収納】、使い勝手は良さそうだが俺にゃしばらく縁がなさそうだな。
「あんただって【召喚】とかいう面白そうなものを持ってるじゃない。委員長たちもそれぞれ変わったスキルや強いスキルがあったわよ。ランダムの仕様上、スキル構成は十人十色になるみたいね。なら、人のスキルを羨んだってしょうがないわ」
「そりゃそうかもしれんけど。俺のと比べるとお前のは汎用性がかなり高く見えんだよなぁ」
「天使ですもの」
「なんの自信だよ」
とまあ、スキル談義は一旦置いとくとしてだ。
聞いた中で気になった部分を確かめておかねえとな。
「まず、こっちの世界へ来た日にちに差があるってのはどういうこった?」
「ああ、それ。委員長とも話したんだけど、たぶん……教室にいた位置が関係してるわ」
「教室での位置?」
首を傾げるとカスカは「あのときを思い返してみて」とホームルームでの謎の光について言及した。
「光り出したのは、黒板のほうからだった。あそこから出てくる光に飲み込まれて私たちは別世界へ渡ってしまった……つまり、教室の前にいるほど早くこっちに来ている可能性がある。この理論で言うなら、一番最初に別世界の土を踏んだのはナガミンでしょうね」
「なるほど! 委員長は一列目の席で、お前が三列目の席。そんで俺は最後列の五列目だから筋は通ってるな」
聞けばカスカは俺よりも十日ぐらい長くいるらしい。そんなカスカよりも委員長のほうが滞在期間が長いようなんで、確かに前の席にいた奴ほど先にこの世界についていることになる。
「他の二人がいつこっちへ来たのかも聞いたけど、やっぱり教室の席がどこだったかで前後しているみたいだった。でも、ちょっとおかしいのよね。委員長から私までの距離と、私からあんたまでの距離は大体一緒でしょう? なのに日数の差がけっこうあるのよね……」
委員長とカスカは数日の差だが、カスカと俺は十日以上の差。
言われてみると、ちょいと奇妙な感じだな。
「向こうとこっちで時間の流れが違うんじゃないかって委員長と話し合ったんだけど、もしかするとこれは……システムの問題なのかもしれないわね」
「システムだぁ?」
「そう、あの光。人為的かどうかはともかく、私にはなんらかの作為的なものが感じられた……。ねえゼンタ。来訪者っていうのは、偶然の産物だと思う?」
俺はなんとも言えなかった。そんなピンクの瞳でじっと見つめられても、カスカが何を言いてえのかがちっともピンとこねえよ。
「レベルやスキルのことも含めて、私たちはこの世界の『異質』よ。それを意図的に招いて世界に放り込む不可解で不可思議なシステムのようなものが、確実に存在している。私はそう考えているわ。それを証明する手立ては今のところないけどね」
とにかく、とカスカは話の流れをやや強引に戻した。
「この世界がどれだけ広いのかまだ実感はないけれど、とにかく狭くはなさそう。それだけはハッキリしているわ。委員長はクラスの全員がそれぞれ孤立しているだろうと予測して、だからとっても心配していたわ。委員長、ああいう性格してるでしょ? ホントは自分で探したかったはずだけど、どうしてもそれができないから、泣く泣く私にその役を引き受けてくれって頼み込むことになった」
「お前が見つけた二人も、やっぱ単独でこっちに来てたのか」
「そうよ。でも、あの二人に関しては割とのびのびやっていたようだから、特に心配はいらなかったけどね」
再会した一人、周防カナデは職業が『歌手』なのを活かして、どっかの芸術面が強い街でアイドルデビューを目指していた。
もう一人の天満ハヤテは『流星騎手』の力でガールフレンドができて、その子を守ることを最大の目標にしている……ってマジかよ!? どっちも異世界をエンジョイしすぎだろ!
「本当にね。というか歌手はともかく、流星騎手って何よ。そんな職業聞いたことないわよ……そもそも私の天使だって普通は種族であって職業ではないでしょ。変よ。他のゲームでこんなのありえないわ」
ぶつぶつと呟いていたカスカだが、「まあそれはそれとして」と意識を切り替えて。
「カナデと天満くんは一人でも元気にやっていけそうだし、いいわ。あんたはどうなのよ?」
「俺がどうした」
「鈍いわね。あんたがこの先、こっちで何をするつもりでいるのかって聞いてるの。ま、途方に暮れてるようには見えないけど、頼まれた手前そこはちゃんと確かめておかなきゃね」
あぁ、俺がこっちの生活に苦しんでねえかを確かめるってことか。
だったらそいつはいらん世話だな。
「見ての通り、どうにかやってく目途は立ってるぜ。仲間もできたし、冒険者にもなれたしな。何をするつもりかって言やあ、お前と同じだ。クラスのみんなを探して、そんで元の世界に帰るんだ。そうだ! どうせ探すんだったら一緒にみんなを集めようぜ。俺もやれることは手伝うからよ」
「……あんた、本気で言ってる?」
既に俺含めて四人見つけてるとはいえ、残る二十二人をたった一人で探し出すのはいくらスキルがあっても骨だろう。しかもこいつはその合間に人助けもしているわけだからな。
一緒に行動するにしろ別行動で情報だけ共有するにしろ、カスカも助かると言って喜ぶだろうと思っての提案だったんだが……なんと喜ばれるどころか、胡散臭いものを見るような目付きをされちまった。
いやおかしいだろ。
善意の申し出になんでそんな目を向けられなくっちゃならねえんだ。
憮然とした表情になっていただろう俺の顔をじろじろと眺めて、それからカスカはけっこうなデカさのため息をついた。
なんだってんだ、いちいち失礼なやっちゃ。
「どうやら本気で言っているみたいね」
「当たり前だろ。どこに嘘つく要素があるんだよ」
「そういうことじゃなくって……あのね、ゼンタ。真面目な話、一個聞かせてもらうけど」
少し間を置いて、カスカはこう言った。
「あんた、元の世界に戻りたいと、本当に思ってる?」




