548.お出迎え
「……あぁ?」
総勢四百名を超える闇ギルド連合を背中に引き連れた階戸辺レンヤは、盛大に表情を歪めた。
『最強団』のメンバーであるヴィオ・アンダントが時空間を制したことで実現した大規模長距離転移魔法。それによって自らを統一政府本拠地まで運ばせたのはいいが、転移先の光景は目を疑うようなものだった。
――待ち構えられている。
出現位置すら完全に読み切っていたとでも言うように正面に仁王立つふたつの人影。それを見て目を細めたレンヤの心境にあったものは……高揚であった。
二人とも白いローブ姿であり、顔をフードで覆い隠してはいるが、見間違えるはずもない。あのうちの一人は確実に己が好敵手である男。彼を見据えながらもさりげなく周囲を確認したレンヤは、どこにも伏兵の気配が感じられないことでますます昂った。
「たったそれっぽちでお出迎えとは豪胆じゃねえか。なぁ、ゼンタ」
襲撃が読まれていたのだとしても、それ自体はそう大したことではない。先日『灰の手』から裏切り者が出たことは周知されている。それも一部の長命な者たちを除けば古参にも数えられていいような古株が抜け、よりによって目下最大の敵組織である統一政府へ寝返ったのだという。
このことを踏まえれば、寝返りが成った時点で『灰の手』という集団の情報はある程度売り渡されており、それを元にカルラなり政府長なりが襲撃の時期をかなりの精度で予測することは十分にあり得るだろうとレンヤは考えていた――故に、待たれていたことそのものに対しての驚きはない。
その危惧は作戦の段取りを早めたローネン自身も抱いていたもので、レンヤも転移先での罠への対処を最優先するように言い含められてここに来ている。その言葉に唯々諾々と従うつもりもなかったが、それでも彼もある程度の警戒心は持ってこの地に立ったつもりだ。
それがどうだ。罠が用意されている様子など一切ない。どころか、目の前の二人以外に兵がいる様子すらもない。
襲撃の規模を読み違えたか? そう思わないでもなかったが、ローネンが様々なリスクを勘案しそれでも断行すべきと決することまで見通してなければ、今このタイミングで相対することはなかったろう――つまり誰が知恵者であるにせよ、戦力だけを大きく見誤るようなことは考えにくい。
で、あるならば。
「……あっちじゃいつも一人だったお前が人見知りしちゃいけねえと思ってな。気ぃ使ったんだよ」
フードが取り払われた。挑発であろう小さな笑みとともに現れた素顔は、果たしてレンヤの想い人そのものだった。
柴ゼンタ。生まれながらに暴力の才に溢れていたレンヤが唯一、自身と互角であると認めた同世代の男。――否、年齢や性別に限らず。こと喧嘩においてはゼンタだけが自らを満足させられる存在なのだとレンヤは確信している。
そんな彼がたった一人のお供だけを連れて、これだけの人数を前にも余裕綽々でいる。距離があっても不思議と響く彼の声音と発言内容ににわかにざわつき出した背後の烏合の衆へ、レンヤは片手を上げた。
途端、ピタリと四百名超の荒くれ者たちが押し黙った。獰猛な笑みを浮かべるレンヤとは裏腹に、男たちの表情には色濃い畏怖の感情があった。これでけでも闇ギルド連合の頂点としてレンヤがなんの不足もないことがよくわかる。
ほー、と感心したようにその様を見るゼンタ同様に、レンヤもまた彼とその傍らの人物を油断なく観察していた。
(……あれは誰だ?)
ゼンタの雰囲気が以前と違うことには、当然気付いている。一年前と比べれば背丈が伸び体付きも厚くなり、精悍になっているが。けれど、そういう見かけ上のものとはまったく別の変化が起きていることをレンヤは第六感にも近しい感覚で見抜いていた。
ゼンタは会うたびに見違えて強くなっていく。異世界に来てこれで三度目の邂逅だが、その都度彼の変化は顕著であった。だからまあ、それは当たり前の範疇として。
問題は正体不明の隣人である。ゼンタと比べて細身、低身長。ちらりと覗く足元のヒールブーツ。そういった特徴からその人物は女である可能性が高いが、わかることと言えばそれくらいで――いや。
その佇まいからして彼女もまたかなりの強者であることをしかとレンヤは読み取っている。
しかし該当者が思い浮かばない。レンヤは敵の変装を無効化するスキルを持っている。敵が誰であれどんな姿であれ、正体を偽っていれば自ずとそれを看破できる。だがそのスキルになんの反応もないことからして、逆算、彼女は何も隠そうとはしておらず、そしてレンヤが素性を把握している人物でもないということになる。
クラスメートの誰かでもなければ、ゼンタが運営するギルドや『恒久宮殿』のメンバーでもない。言うまでもなく、噂に名高い『勇者』とも違う。
ローネンでも予見できなかった未知なる強者。そんな奴がまだいたのかとレンヤは嬉しく思った。それがどこの誰であろうと、この状況下でゼンタが唯一並び立たせることを良しとした人間というだけで合格だ。自分に蹂躙されるだけの資格は有していると言える。
と、そんなレンヤの思考を見透かしたように。
「言っとくが、お前らの相手をすんのは俺だけだぜ」
「…………」
またやにわに騒ぎ出した後ろの馬鹿共へレンヤは睨みを利かす。怒りがダイレクトに伝わる彼の眼差しに屈強な男たちは恐れをなして震えあがり、再び口を閉ざした。今度こそ何を言われても誰も騒々しくはしないだろう。もしそうなったら最初に口を開いた人物の首を飛ばしてやる。そう思いながらレンヤはゼンタへと視線を戻す。
慄く男たちとは違って、その眼差しを真正面から受け止めてもゼンタの顔には変わらず笑みがあった。
「楽しそうだな、レンヤ。立派にお山の大将やれてるようで安心したぜ」
「ああ、案外悪くねえもんだ。つるむのは弱ぇ奴のすることだが、こうして烏合の衆を従えときゃ俺様の強さの証になる。当然、持ち物の価値が上がれば上がるほどに俺様の偉大さも上がるってわけだ……どうだゼンタ。以前と考えは変わったか? 一言詫びさえ入れればまだ配下に加えてやってもいいんだぜ」
「馬鹿言え。お前のほうこそどうにかなんねーのか? 襲撃はまだ未遂だ。ここで手を引いて、以降大人しくするってんならお前だけは見逃すぜ」
「……見逃すだぁ?」
その偉そうな物言いに腹が立ったレンヤだが、それ以上に気にかかった。
今の発言はとてもゼンタが発するようなセリフだとは思えなかったからだ。
戦うと決めたからには問答無用で叩きのめそうとしてくるのが、この柴ゼンタという男だ。一旦スイッチの入った彼は自分以上に話の通じない危険人物としてクラスメートや学校中、そして他校にまで知れ渡っていた。
そんな彼が、見逃すと。
それも手を引く判断をしたとしても、自分以外は見逃す気などないと。
そう宣言したことにレンヤは激しい違和感を覚える。
思えば如何に彼が強かろうと、どれだけレベルを上げていようと。これだけの人数差があり、そして四百名の中にはレンヤでも幹部に仕立てたいと考えるだけの実力者もいるのだ。仮にレンヤを除いたとしても決して甘く見積もってはいけない戦力である上、肝心のレンヤはどうかと言えば男たち全員を足してもなお足元にも及ばないほどの、まさしく一騎当千の戦闘力を誇る来訪者なのだ。
そんな武力を前にして、何故それほど強気でいられるのか――何故そんな、高みから見下ろすような目ができるのか。
何かがおかしい。
久方ぶりにゼンタと本気の喧嘩ができるのだと燃え上がっていた闘争心に、一抹の冷や水。
これは。この状況は。単にゼンタが待ち構えていたというだけではなく。
「――ひとつ聞かせろ、ゼンタ」
「なんだ?」
「つい一週間前、俺様直属の部下が消えた。お前にも見せたクラスの男連中だ。突然煙みてーにパッと消えて、それきり動向がまったく掴めねえでいる。いずれは見つけ出してキツく折檻をしてやろうと考えていたが……お前か? あの四人をどこぞへやったのはよ」
「俺がやったことじゃない。けど、原因は俺だな。……お前が無理矢理従わせてたあいつらなら、無事に元の世界へ帰ってるはずだから安心しろよ」
「……!」
ゼンタのその言葉に、レンヤは瞠目するしかなかった。




