547.俺は俺の生き様を
起きた異変がどんなものかってのは説明がしにくい。俺の何かが乱されたような、逆になんだか整えられたような。そのどっちにしろどっちでもねえにせよ上位者がやったってことに間違いはないが……。
「っ……おい、俺に何をしやがった?」
結んだ手を自分から放した上位者にそう訊ねれば、俺の警戒を他所にやつは小さく笑って答えた。
「ん、ちょっとした調整。と、それからプレゼントをね」
プレゼントだと? と訝しむ前にその正体が判明した。
『■ベ■■ッ■し■■■』
『レ■■■■プ■■■■』
『■■ル■ッ■■■■た』
『■■■■■■■■■■』
『レべ■■■■■ました』
「……!」
いきなり視界に表示されるその文言。所々黒塗りにはなっちゃいるが、見えてる部分だけでも何が書かれてるかはわかる。いや、たとえ全部が塗り潰されてても俺には理解できたはずだ。この感覚はもう何度も味わってきてるもんなんだからよ。
どうやら上位者にも俺と同じものが見えているようで、やつは「あちゃあ」という顔をしていた。……おい待て、なんでここでそんな顔をする?
「不便だろうから表示の仕方だけでも戻してあげようと思ったんだ。でもごめん、できなかった。もうちょっと本格的にやってみる?」
「……いやいいわ。なんかよろしくないことが起きそうな予感がするぜ」
「あはは! 【悪運】を持つゼンタくんだもんね。じゃあやめとこう」
ともかく、と上位者は楽しげに言葉を続けた。
「これで貴方もレベルにして100以上。マリアちゃんたちと同じくカンスト来訪者の仲間入りだ。と言っても、もうゼンタくんは来訪者じゃあないけどね」
「そうかい。今の俺の肩書きは何になるんだ? 『灰の者たち』を名乗るわけじゃねえんだろ?」
「そこはシンプルに管理者であり、使者かな。神の使者。上位者の意思を告げ、実行する者。来訪者と『灰』を足して二で割った感じ? それが貴方のお仕事になる」
ふうん、と俺は頷く。そんで手を開いたり閉じたり。……どうも感覚が妙だな。上位者のやつはバグの調整だけじゃなく、他にも色々とやったっぽいぜ。
もう来訪者じゃない。その言葉を額面以上に受け止めるなら、あの握手の一瞬で俺は『神の使者』へとランクアップさせられたと見るべきか――って、来訪者よりも上に使者を置いていいのかはよくわかんねーけども。
「最初は戸惑うかも。HP制度とSP制度の撤廃。一部スキルの削除及び発動条件と効力の変更。適用システムの仕様変更と個人裁定実施。とまあ、これまでとの違いは大きいからさ。一個ずつ詳しく教えようか」
「――今はいい。どうせおいおい慣れてくだろ。それよりこうして使者になったんだ。今後の仕事のことはともかく、約束通り俺のクラスメートを帰すための準備をさっそく始めてもらおうか」
「それはもうやったよ?」
「は……?」
言葉の意味がすぐには飲み込めず、間の抜けた声を出しちまう。そんな俺に上位者は続ける。
「だから、もう帰したって。帰還希望者は皆この『糸』から出たよ」
「今の、握手のときにか……!? こんなあっさりとできちまうもんなのか、それは」
「できるよ。だって私は神だもの」
「……、」
圧倒されかける。のを、なんとか持ちこたえる。上位者のやることのスケールにいちいちビビッてちゃこの先やっていけねえぜ。そんなことよりも、ちゃんと確認を取っとくべきものが俺にはある。
「おい、その帰還希望者ってのは誰と誰のことだ? こっちは帰還派と定住派で割れて揉めてるところなんだぞ。そこんとこお前は把握できてんのか?」
「勿論! えっとね、帰した子たちの名前を具体的に挙げようか……まずカルラちゃんでしょ。それからマチコちゃん。ルナちゃん。アケミちゃんに、マリヨちゃん」
カルラ……そうか、あいつも絶対に帰ると言い張ってたもんな。それに続いた名もあいつのギルドにいる女子たちで、カルラと一緒に帰りたがってる連中だ。今んとこ挙げられた名は帰還希望者に違いねえ。
「次は男の子だね。シイラくん、トモルくん、ピキナくん、タイチくん」
おっと、こいつらは……レンヤに従っていたあの男子たちか。ずっと名前を思い出せずにいたが、聞かされてようやく記憶と一致したぜ。てっきりカルラんとこみてーにこの四人もレンヤに心酔してんのかと思いきや、実は帰りたがってたのか……?
ま、あいつについてけねえって思う気持ちはわからんでもねえし、別に不思議なことじゃねえかもな。
他には誰がいる、と続きを待った俺だが。
「以上、合計九名を確かに元の世界へ送還したよ」
「――ちょ、ちょっと待て。それで終わりか? その九人だけ?」
「うん。他に誰がいると思うの?」
「誰がって……」
まるで俺に確証があるように聞かれても困るが。しかし、他にも帰りたがってそうな面子は思い浮かぶぜ。
「カルラんとこには他にも所属メンバーがいるだろ。ヨウカとシズクっつー双子だけどよ。あいつらはどうして含まれてねえんだ?」
「帰りたがってないからだよ」
「……じゃあ、俺んとこにいるヤチとユマは? あいつらも省かれてんのはなんでだ?」
「帰りたがってないからだよ」
「おい」
「疑り深いねー、ゼンタくん。ちゃんと把握してるって言ってるのに。帰りたいと思ってない子は残しているし、残りたいと思ってる子を帰したりもしてない。そこは信じてほしいけどな」
「なんだってそんな判別ができんだよ?」
「だって神だからね」
えへん、と胸を張る上位者になんとなくサラに似た気質を感じつつ、俺はまたそれかと首を振った。
「おいおい、お前にゃまさか読めるってのか? 人の心ん中とかがよ」
「まあ、それに近いかな」
「俺の心を読んでる様子はなかったじゃねえか」
「あー。これも神あるあるなんだけどね。興味を持てば持つほど読めなくなっちゃうんだよね。だから本当に神様に向いてるのはこの世の何にも心底興味がなくて、でも支配欲だけは神一倍あるような変わり者だね」
「お前はてんで向いてねーってことだな」
「あは。言うねえゼンタくん。でもその通り、私は神様向きじゃない神様だ。だから、助けてもらいたいな」
「――言われんでもやってやるさ。お前が約束を守ったからには、俺だって守るぜ」
クラスメートを帰すっつー悲願が気付かねえうちに叶っちまったのと、思いのほか残ろうとする面子がいること。
初めてこの問題をカスカのやつと話し合ったあの日からすると見事なまでに予想外な出来事だらけにはなってるが……そんときゃ俺も帰る気満々だったしよ。だがとにかく、大事なのはそれを成し遂げられたっていう事実だ。
もうカルラたちとは会えない。姉貴とも。ムカつく先生や反りの合わなかった施設の職員とかも、二度と会えねえと思うとなんだか寂しい気もする。だけどまあ、こりゃ小さな感傷だな。
この世界で生きると決めたのは俺自身だ。どこにいたって人生は選択の連続。だったら、そのひとつひとつで、なるだけ悔いの残らねえ選び方をしてくのが一番だろうよ。
もう十分に悩んだことだ。その末で出した結論なんだから――俺は俺の生き様を貫くぜ。
「まずは俺に何をしてもらいてえんだ?」
「初っ端から少しヘビーかもだけど、いいかな」
「勿体ぶらずに言えって」
似合わない様子で気を使ったふりをする上位者に苦笑いしながらそう言えば、案の定やつはあっけらかんとそれを口にした。
「『殺処分』をお願い。貴方の願いである淘汰の廃止のために、早めに削れるとこは削っておきたい。今のところ一番いらなくて邪魔なものが何か、わかる?」
「……とりあえず思い付くのは三つか。無数にいるらしいお前の実験生物。異界に閉め出してる暗黒時代の遺物たち。そんで――『灰の手』に加わった闇ギルド連合とかも、そうだな」
あは、と。
上位者は花開くように笑う。
「流石流石。挙がったものが全部じゃあないけど、どれも正解だ。特に後ろのふたつは是非ともゼンタくんに消してもらいたい。闇ギルドには貴方と仲のいいレンヤくんもいるけれど……できるよね?」
「…………」
目を閉じて、すぐに開く。そして。
「あたぼうだぜ」
こいつの目にも自信満々に映るよう、力強くそう答えた。




