545.理解と納得
「……いいんだ?」
「いいんだ、ってなんだよ。せっかく気持ちよく了承してやったのに」
鈍い反応に俺が笑ってそう言ってやれば、「だってさ」と上位者は不思議そうに返した。
「貴方は私の言う通りにすることを良しとはしないだろうと思ってたから……その警戒がなかったとしても、今後の諸々を思えばもっと悩んで然るべきだったんじゃないの?」
本当にわかってるのか、と上位者の目は物を言う。
俺はすぐに頷く。きっとそれは鷹揚な仕草だっただろう。
「人生を左右する決断を下したっつー認識はちゃんと持ってるぜ。そのうえで言わせてもらうが――お前のその提案は。元々俺の側から提案しようと計画してたもんでもある」
「へえ、そうなんだ。物申すつもりかと思えば、貴方は初めから私の道具に志願しにここまでやって来たってこと?」
「『灰』になろうなんざ思っちゃいねえよ。ただ、色んなもんの面倒を見切れてねえってこたぁ察してたからな。それがお前の手抜きなのか、それとも手を尽くしてなおそうなっちまってんのか、どっちなのかわからなかった。前者ならもうどしようもねえが、もしも後者なら。『手伝ってやるしかねえな』って考えてたよ」
「手伝う。つまり善意の協力だ」
「ああ。神さまのお前は現場に出ねえし。『灰』も実行役にはなろうとしねえ。世界中から見ればごく少数の『灰の手』がどんだけ尽力したって、その他一切を管理するなんてそりゃあ無理だ。手が回らなくて当然だぜ。だからこう忠告してやるつもりだった――『もっと味方を増やせ』ってな」
あはは、と上位者は口だけで笑う。
「面目次第もないね。でも、迂闊に『神の手』を増やせない理由もわかってくれたんでしょ?」
「まあな。お前は勿論、『灰』も強すぎる。お前が一から作った存在はだから『神の手』に相応しいが、だから容易には動かせない。世界に与える影響が大きすぎるからだ。それを知って思ったよ。今の俺はもしかすると、想像以上に奇跡的な存在なんじゃあねえかとな」
俺の質問に、今度は上位者が鷹揚な肯定を見せた。
「まさしくね。来訪者の利点は由来が私でも核石でもないこと。特別な力を持たない人間をシステムで保護して、強く育てる。名案だと思ったよ。『灰』の影響力を削いで、駒という自認も与えず、存在の規模を縮小させたからこそ成り立つ『使い捨ての主役たち』。『灰』の強度との乖離は著しかったけれど、特に不都合もなく。地道な調整を重ねたことで今、来訪者システムは一応の完成形にあると言ってもいい……それは言い換えればもう先がないってことだけどね」
「マリアさんに来訪者の到達点を見たってんだろ? あとは魔皇にもか。あの二人をちゃんと囲い込めなかったことに、お前にも少なからず自省の念があるらしいってのは感じたぜ。だから今度は唾を付けとこうとしたんだろ。こんな脅迫めいた勧誘までしてよ……そんぐらいに勿体ないわけだ。俺がただの来訪者でいることを選んだり、あるいは元の世界へ帰ることを選んじまうのは――お前にとってそんなにも手痛いことなんだな?」
「………………」
無言のままに上位者は俺を見つめる。そこには確かな同意と疑問があった。それを読み取ったからには、もう一度俺が頷く番だった。
「『灰』が言ってた『期待』の意味。きちんと理解したぜ、俺ぁよ」
「――なんだ。そっちもわかっていたんだ。わかってくれて、いたんだね」
「そりゃそうさ。お前は俺が思っていたより酷い神じゃあなかった。原神が世界に背負わせた負債もお前だからどうにかなってる。もしも世界が明日滅んだら、そんときゃ仕方なかったで済ませるんだろうが――そうさせないように改善しようともしてる。だったら俺もそれに協力したい。お前に言われたからじゃなく、俺自身の意思でそうするんだ」
「システムの限界を飛び出した貴方は、例えるならデチューンされた『灰』に等しい。核石を刺激せずに世界の停滞を打破できるとても貴重な戦力になる……そんなゼンタくんが、欲しい。是非とも手に入れたい。うん。私は心の底からそう願っていた」
「だろうな。仲間の命どうのこうのと言い出したときにゃあ一瞬、お前の提案も顔面も蹴っちまおうかと本気で悩んだがよ」
俺の言葉に、上位者は小さく首を振った。
「さっきまでは本当に、貴方の要望を叶えてあげるつもりだった。お友達のことは当然として貴方自身も帰還を望むなら――そうはならないだろうと思いつつも、万が一にもそれを願われたらどうしよう。なんて不安になったのがいけなかったね。私だって貴方の自主性を大事にしたかったのになぁ」
「俺から言い出してた場合のほうが今後縛りやすいからだろ?」
「あは。大概の神に人の心なんてないけれど、でも私は人から出た新米の神だよ? そこまで悪辣な計算はしてないよー。純粋に、天秤を突き付けたのは良くなかったなって落ち込んでいるだけ」
眉尻を下げて苦笑する上位者は、確かに自分の行いを深く後悔しているように見えた。明るく朗らかに。どこまでも明け透けに。何も隠さずに喋っている割にはちっとも中身が覗けない上位者も、今このときばかりは俺の目線にいるようだった。
「言い切った手前、なるだけの協力はする。だけど今のままじゃ足りねえな」
「え?」
「俺からの条件もつけるぜ。それでフェアだ」
「ああ……うん、いいよ。これから一緒に頑張っていくんだもん。契約段階で不公平なのは良くないね。ゼンタくんがそう感じて不満を持つことは、私も悲しいから。だからいいよ。貴方は何が欲しいの?」
「欲しいもんはない。だがいらないものならある」
「いらないもの――?」
「不自然淘汰だよ。俺が加える条件はたったひとつ。淘汰をやめろ――これだけだ」
「…………」
またも無言。俺を見る上位者の視線の種類が、少し変わった。
軽く居住まいを整えて、足を組み直して。俺の真意を訊ねるように上位者は言う。
「なんで? 淘汰は必要不可欠なものだって、もう何度も言ったよね? そこに散る命も必要な犠牲で、この世界を壊さないための最小限度のコストだって。貴方はそれも理解してくれているはずじゃなかったのかな」
「理解と納得は別だって知ってたか」
「貴方の納得が世界を守るの?」
「守ってやろうってんだよ」
「どうやって」
「わからん」
はあ、と上位者はこれ見よがしにため息をついた。
「話にならないよ。私が淘汰を楽しんで実行していたと思う? いくら貴方という現状最良の駒が手に入ったとはいえ、それですぐに停滞の問題が解決するわけじゃあない。そもそもわかってる? 私の手になるってことはつまり、貴方が『小さな淘汰』を遂行していくってことだよ。『灰』や『灰の手』にできなかったことをゼンタくん、貴方がするの。その結果『大きな淘汰』は減って、先細りの現状維持だってもう少し緩やかな落ち込み方になってくれるだろうと考えてもいる――でも決して淘汰そのものはなくせないよ。それだけは確かだ」
「いいや違うな。この世に確かなことなんてねえよ。世界のために苦労してきた神さまにこんな講釈垂れるのは気が進まねえが、それでも言わせてもらうぜ。世界はお前の物じゃねえ」
「……!」
「お前も含めて、この世界を生きる俺たち全員の物だ。共有財産ってやつだぜ。大事に守ってくにはお前だけが責任を背負ってちゃいけねえ。お前一人に何もかもを決めさせるわけにはいかねえんだよ」
「じゃあ、どうするつもり?」
「まあ、ひとまず。俺が背負うしかねえか」
「…………、」
「んだよその顔は。お前も俺にさせる気だったんだろ? 淘汰を初っ端から消し去れるとは思ってねえよ、だから――そうだな。先んじての犠牲はどうしたって要るわな。それを『小さな淘汰』だけに抑えたい。文明までリセットしちまうような『大きな淘汰』だけはなんとしても今すぐになくしてえ。つまり」
「つまり?」
「やるべきは時間稼ぎだってことだ」




