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542.貴方なのかもしれない

「ふー……」


 小さな椅子の上で足を組む。一応、姿勢にはずっと気を付けていたが、行儀よくすんのも馬鹿らしくなってきた。背もたれに体重を預け、腕も組んで。いっそ挑発的な態度で俺は上位者を見つめた。


 衝撃的なことを言ったにしては、平然とした顔だ。なんのしこりも感じさせない表情で見返してきやがる……へん。そうだろうな。こいつにとっちゃ衝撃的でもなんでもねえ、ただの本心を告げただけに過ぎねえんだろうからな。


 嘘はない。そうとわかってても、確かめずにはいられない。


「ほんの少しもか」


「うん?」


「せっかく今日まで維持できてた世界が、明日いきなり滅びて全部おじゃんになったとしても。お前は本当に、ほんの少しも惜しいとは思わねえのか?」


「あー……、ちょっと語弊があったね。未練とか執着とかはあまり引き摺らない私だけど、それでも原神ほどドライにはなれないかな? あの子よりよっぽどこの世界を大事にしているって自信もある。人間を愛しているっていう自負がある――全てが終わってしまえば、そりゃあ、残念だとは思うだろうね」


「…………、」


 その「残念」の言い方は、マリアや魔皇の死に対するそれと酷似していた。つまり上位者からすればその程度でしかねえのか。こいつから見て優秀だった駒が共倒れになったこと。それを少し惜しんでるのと同じようにしか、世界の存亡に対しても感情を持てない。


 どうだっていいってわけだ。


 ……そりゃそうかもな。こいつが支配者をやってんのは完全に成り行きで、単なる気紛れでしかない。人間のことは好きだからちょっと助けてあげようかな。そのくらいの意気込みしかねえってんだから、最悪それが駄目になったとしてもそう大して落ち込むはずもねえ。


 たぶん――新米の神だと自称した上位者は、ならこう思ったんじゃなかろうか。


 原神がトンズラこいて自分だけになった際に、世界の管理ってのは面白そうだと。


 試しにやってみるのも悪くないな、と。


 神としての経験値稼ぎ。人間を救うって目的もそのついでなんだとしたら、ますますこの世界に拘る意味もないってことになる。なんせ上位者も鼠少女もそう言ってたように、この世に世界っつーのは無数にあるんだ。そして上位者はその神としての力で、鼠少女よりも自由に世界を行き来できる。


 だから上位者は『糸』が切れても惜しくないと言った。

 そんときゃ別の『糸』に移ればいいだけなんだからな。


「言うなれば、どうせ駄目で元々のチャレンジだったからね。目にしていないと想像も難しいだろうけど、あの頃の世界はそれはもう滅茶苦茶だった。私も呆れ果てるくらいに。こんなの改善できっこない、いつか核石が暴れて終了だ――そう覚悟しながら始めた支配が、思いのほか上手くいって自分でもびっくりしてるんだ。これを聞くとアリアちゃんはどこがだって怒るかもしれない。でも人類を中心に世界が存続してるってだけで本来は望外のことなんだよねぇ。ホント、家畜にすらなれていなかった頃の人間の姿を見せてあげたいよ。まあでも、大きな淘汰を実行しなくちゃならない間隔が縮まっているのは事実。残りの種族の数も流石にマズくなってきてる。先細りだっていう指摘は的をばっちし射ているけれど……そこはほら、どれだけ手を尽くしてもそうなってるわけで。どうしようもないんだよね、ぶっちゃけ」


「いつか世界が終わるのは確定事項だってのか」


「うん」


 ……マジで頓着がねえな、こいつ。絶望的なことをあっけらかんと認めやがって。と思ったが、そこで上位者は妙な具合に含みのある笑みを見せた。


「とまあ、私も達観の境地にいたんだけどさ。でも神にも欲目ってのは出てくるよねぇ。いや、神だからこそ人より欲深いのかもね。なんとなく予感もあったものだから」


「予感だと?」


「神とて世界の流れを全て見据えることはできないし、ましてや操れもしない。川の流れに掉さす程度はできたとしても、止めたり逆らったりできないのと同じようにね。だけど人よりはやれることも多い。波紋を見定めるのもその力のひとつだ」


 波紋、と口ん中で呟く。おうむ返ししかできてねえが、俺は悪くねえ。まったく理解できんことを長々話すこいつが悪い。おかげで相槌もろくに打てやしねえじゃねえかよ。


「貴方は川に投げ込まれた石だってこと。投げ込んだのは私だけどね。でもどんな形の石が、どこにどういう風に落ちるかは決まっていない。来訪者が世界に与える影響は小さくて大きい。それを楽しみにして私は観客・・になっていたんだけど――ね。手つかず森のことは覚えているかな」


「あぁ? 忘れるわけねえだろ。お前の言葉を借りるなら、あそこが俺の落ちた場所だぜ」


「あそこね、私の実験場」


「……、」


「核石の機能で命を生み出すのはちょっと難しい。とは言ったけど、だからってすっかり放り出したりしてないよ。なんとか世界に定着させられる新種族を生み出せないものかとあの手この手を尽くして――ま、それでもお手上げなのが現状だけどね。たまたま偶然、それも核石介さずの魔族が初めての成功例だし。そして成功例であり失敗例でもあるし。困っちゃうよねー」


 やれやれ、と腕を広げて肩をすくめる上位者に、俺はどうリアクションを取ったものかわからなかった。慰める……ってのは違うだろうな。だからって上位者の力不足を詰ったところで仕方がねえ。


 神であるこいつにできないことが、他にどいつができるんだって話だ。少なくともこの世界にゃどこにも存在してねえってこたぁ確かだぜ。


「実験場、ってことはあそこにいた魔獣たちは……?」


「そう、私が作ったのが大半だよ。核石が独自に生み出した生き物もいるけどね。ああ大丈夫、核石の悪意は私が抑制させてるから。異界に閉じ込めてるようなのが新たに生まれることはないよ。今のところはね。森の中でそんな危ないのとは遭遇しなかったでしょ?」


「してたら間違いなく死んでるっての」


「そうとも限らないよ。ゼンタくんはあそこの統治者の一匹に気に入られたじゃん? たぶん危ないのがいても守ってもらえて生き残れたんじゃないかなー」


「それって、あの牙が特徴的な巨大猫のことか?」


「そう、フランベルジュタイガーね。私が名付けました。あれは傑作。だけどちょーっと強すぎるのと知性が高すぎるから、増やすには適さないんだよね。分布を広めるには繁殖力もいまいちだし。そんな感じであそこにはあそこにしかいない珍獣でいっぱいなんだよ」


「お前が生み出しては、そこに閉じ込めてってんだろ? 手つかず森の由来はそういうことかよ……道理で誰も触れようとしないはずだぜ」


 危険度の高さとリターンの皆無さ。それを理由にポレロ周辺であの森はある種のアンタッチャブルになってた。こっちから刺激しねえことには森の魔獣も外には出てこないってんで、丸っきり放っておかれてたんだ。


 なるほどねえ。詳細は知らずとも、あそこら辺の住人も手つかず森が超級にヤバい場所だってのはちゃんと認識できてたってことだな。


「それでね。初めてだったんだよねー……実験場に落ちてきた来訪者は」


「!」


「助かりっこない砂漠のど真ん中とかに落ちないよう、セーフティーネットは設定してある。いきなりなす術もなく死なせるのは本意じゃあないからね。今回は人数を多くし過ぎて一人一人バラバラのところからになっちゃったけど、ちゃんと生存の目はあった。大抵が人とか街の近くに落ちたからそこは間違いない。手つかず森は実験場の中で唯一人里の近くにあるものだから、理屈としてはそこに落ちる来訪者がいてもおかしくはない。けれど。このピンポイントな偶然を果たした子がアリアちゃんと同じ『死霊術師ネクロマンサー』に選ばれていたことで、ますますこう思ったよね――ゼンタくん。私が待つともなしに待っていたのは貴方なのかもしれない・・・・・・・・・・、ってね」


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