541.ごめんね?
「――あ、一言だけ断っておくと。彼女たちが貴方に比べて劣っていたとか、そういうことじゃあないんだよ。彼女たちが『駄目』だったなんてことはない……けれどやっぱり、相応しくもなかったね。貴方とはタイプが違いすぎたから」
「タイプだぁ?」
「先代魔皇が討伐されてすぐ、私はあの子たちと会った。それは戦後の祝勝ムードにも流されず、違和感の積み重ねから類推した事実を突き止めてみせた――つまりは『灰』を自力で見つけ出してみせたマリアちゃんとアリアちゃんの不断の努力あってのもの。そう、あの子たちも貴方と同じく、私との『対話』を望んだんだよ。でもそこからが違う。よく覚えているよ。あのときは二人とも、ものすごーく聞き分けがよかったことを」
「いいこと、なんじゃねえのか? お前からすると来訪者の聞き分けがいいってのは」
「そうだね。とても都合のいいことだ。それでゼンタくんは、都合のいい子を私がわざわざ取り沙汰すと思うかな?」
「……思わねーな。だからマリアさんのことを飼い殺しみてーにしてたのか。でも、魔皇はどうなんだ? お前の下に就いたマリアさんと違って、あいつははっきりと離反の意思を見せたはずだぜ」
「うん、アリアちゃんは残念ながら『灰の陣営』には加わってくれなかった。それは独自に教会を組織したマリアちゃんも似たようなものだけれどね。どっちにしろ、二人の行動には私が許可を出した。『灰』が長らく静観してたのもそのためだよ。わかる? 二人がやったことは言い換えれば、諦めたってことなんだ。私と面と向かって会話をしておきながら、あっさりと屈しちゃった。一言二言の不平不満は言われたけれど、それだけだね。やんちゃなアリアちゃんも『灰』には歯向かっても私に対しては何もできなかった。聡明なマリアちゃんはそもそも最初から事を構える気も言い争う気もなかったみたい」
「俺だってお前に暴力は振るってねえぜ。口論だってしてねえ」
「でも質問攻めにはしてるじゃん? それに、私が世界の創造主じゃないと気付いたのも、何があってこの世界の支配者になったかを一から話せなんて要求をしてきたのも――言うまでもなく貴方だけだよ。タイプが違うってのはそーいう意味ね」
「…………」
「それも仕方ないんだけどね。私と対面した当時、あの子たちは今の貴方よりもよっぽど長く戦い続けてきて、年齢も五つか六つは上だったと思うから。ほら、若者にとってそれくらいの差ってとっても大きいでしょ? 特に、知人友人恋人との永遠の別れを何度となく繰り返してきたからには――そりゃ良くも悪くも達観するよね。悪く言えば、一番の武器だったはずのひたむきながむしゃらさを失って。良く言えば、感情や折衝の落としどころを見つけやすくする知恵を身に着けた。ってところかな。本当ははらわた煮えくりかえってただろうに、正面切って私に喧嘩を売らないだけの分別が彼女たちにはあった……それも私にとっては、残念なことかもね」
「もし喧嘩を売られてたら?」
「あはは、神が人に喧嘩を売られる。あり得ないことだし、あり得べからざることだけれど。もしもそんな、私の大大大好きな『あの子』みたいなことを、あの子たちがしてくれたのなら。私は喜んで彼女たちを未来永劫手元に残しておいただろうね」
「……そんじゃあやっぱ、喧嘩売らなくて正解だったな」
「あ、ひどい。でもまあその通りかな。仮に我を忘れて考えなしに襲い掛かってきたとしても、それだけじゃつまらないし、やっぱり相応しくない。今の貴方みたいに私に屈しきらず、けれど怒りも忘れず、なのに虎視眈々と。腕っぷしじゃ勝てないだろうからなんとか丸め込めないかと必死に考えるくらいの反骨精神がないと、ちょっと厳しいかな。私と仲良くお話するにはね」
「丸め込もうなんざ考えてねえよ。色々と思ってもみなかったことばかり知っちまって混乱してるだけだ。質問攻めもそのせいだから勘弁しろよ」
「何もかも私が悪いってわけだ。いいよ、その評価も受け入れる。約束した通りになんだって答えるつもりだからそれはいいんだけど――そうそう、マリアちゃんたちとは関係のない、もう一個の理由もあったんだ。それも教えよう」
「俺だけをここに呼んだ理由か?」
「いえーす。まず前提として、アリアちゃんが私に対して怒ってた理由は覚えているかな?」
「シナリオのために仲間が殺されたからだろ」
「うん、正解。だけど大正解は、そうまでして大事に管理してるはずの世界がどう見ても先細りだから、だね。それであの子はいつも怒りに怒っていた。ああちなみに、真の大正解はそこにマリアちゃんが賛同してくれなかったこと。それからこれはもっと以前からなんだけど、彼女が自分の物になってくれないことへの悔しさっていう八つ当たりもたっぷりとプラスされるんだけどさ」
「そこは言ってやるなよ……つーかさっさと本題を言え」
「ごめんごめん、つい。で、アリアちゃんの言ってた『先細り』のことだけど。これは当たってます。さっきも言ったけど、環境には常に変化が起きてなくちゃいけないし、その変化は概ね人間にとって害のあるものになる。それは世界の基盤である核石がそれを願っているから。核石は原神が残した資源であり爆弾なんだよね。私はその爆発を抑えながら人類の繁栄を願っているけれど――そしてそれは、こちらも概ね順調ではあったけど。でも摂理として、一定まではけっこう簡単に増えるんだよね。だけどそこから先が難しい。それ以上増やすのも、維持することさえも。増えたあとには必ず減る。そういう反発、撓み、揺り戻し。時化と凪の入れ替わりで世界は流れていくものだから。これはこの世界に限らずどこの『糸』もそうだよ。どのみち停滞は許されない」
「……時化と凪、ねえ。人類は増え過ぎてると誰かから聞いた覚えもある。どうしたって人間は減る、減らなきゃ核石のせいで世界そのものが危うい。そういうことなのか?」
「おお、いい理解力だぁ。というより、見たまま聞いたままを受け入れる能力が高いんだね。いくら必要な犠牲だと言ってもマリアちゃんやアリアちゃんは、表面上はともかくなかなか納得はしてくれなかったけど」
「俺も納得はしてねえっての。だがそういうもんならそういうもんなんだろうと受け入れはするさ。だってそれが事実なんだろ?」
「あは――そうやって神の言葉に欺瞞がないと確信できているのも、人には難しいことなんだけどね。まあそれはいいとして。どうしたって先細りを避けられないからには、その先の盛り返し方にこそ注力しなきゃいけないってことも、わかってくれるよね? わかってくれなくてもいいけどさ。とにかくこれもそういうものなの。だから淘汰がスムーズにいくかは割かし重要なんだよ。そこで下手打つと次に作る社会に影響が出ちゃうからねー。アリアちゃんも来たる新世界のことは承知していただろうけど、こんなやり方じゃいつか人類は滅びると。なまじ魔族の殆どを滅ぼした戦争の立役者だっただけに、そういう考えに囚われちゃったんだね」
「それが間違いかどうかは、まだ今んとこわからねえけどな」
「うーん、それなんだよ。正しいとか、間違いとか。そこに拘るのは人だからで、人の限界でもあるんだよね」
「あぁ? どういうこった」
「神の基準に正否はない。正しかろうが間違っていようがまったく構わない。我が力ことごとく我が為に。畢竟、ゼンタくん。私はこの世界が滅び、『糸』がぷつりと切れてしまったとて。なんら惜しいとも思わないんだよ――何故ならば。ここを放り捨てて去った原神と等しく、それが『神』という存在だからだ」
「……っ!」
「ごめんね?」




