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54.この白羽カスカよ

「サラ! メモリはどうしたんだ!?」


 カスカからメモリが倒れたという報告を聞いて駆け出した俺は、人だかりを押しのけてその中心へ入った。そこでは大量の汗を流してぐったりしているメモリとその容態を診ているらしいトードがいた。


「ゼンタさん……! メモリちゃんはたぶんキャパシティを超えて術を行使したんです。足りないぶんを補うために、ネクロノミコンに魔力以外の何かを捧げて……」


「そのせいでこうなったのか?」


 確かにあの術は普通じゃなかった。多少は他が入れれた傷もあったが、実質的にはメモリが一人でムカデを屠ったようなもんだからな。おそらくはネクロノミコンをゲットしたことで使えるようになったヤベー術なんだろうが、それは本当にただ使えるというだけで、使いこなせるようになったわけじゃねえんだろう。


 力の足りない所有者へ、ネクロノミコンは対価として何を奪ったのか。


 その答えをトードが教えてくれた。


「やはりネクロノミコン……死の呪文書の名は伊達じゃねえな。メモリの生命力が尽きかけている。リッチなんかの高位アンデッドがやってくる『ロスト』にそっくりだ。度合いで言えばあれよりキツそうだが」


 傷を治すポーションでは生命力そのものの消失は癒せないらしい。

 特殊なアイテムや魔法がないことには『ロスト』の効果は解術できない、とトードが言う。


「魔法でも無理なのかよ!?」


「魔法っつーのは大抵が攻撃用のもんだ。各属性ごとに回復へ転用できるもんもあるが、難度が高い上に効果もそこまで確かじゃない。冒険者の必需品にポーションがあるのはそのためだ」


 クエストでの損傷には基本、ポーション頼みってわけか……! 実際メモリに使ってくれようとしたんだろう、周囲の連中も手にポーションを持ったままで所在なさげにしている。


「ポレロにゃ教会もねえ。光属性のエキスパートの教会勢力がいりゃあなんとかなったかもしれんが――」


「私が使えます」


「なに……!?」


 胸にロザリオを握った手を当てて答えたサラに、トードが目を見開く。


「さっきの『ハイプロテクション』といい、お前さんはまさか……」


「今、祈りの力を高めているところです。もう少し時間をください。そうすれば『ヒール』でメモリちゃんを癒せます」


 そうだ、サラには光属性の魔力がある! テッカの火属性などとは違って、光属性ってのは少し特殊な属性らしい。攻撃手段は少ないが、そうじゃない部分で有用なものが多くあるとサラが言っていたのを思い出す。


 単に傷を治すだけかと思っていた『ヒール』だが、どうやらポーションよりも便利な魔法らしいぞ! これならメモリを助けられる!


 そう思って希望を取り戻した俺だったが、トードにそれを打ち砕かれる。


「どうにか時間をくれてやりたいところだが……『ロスト』に応急処置なんてもんはねえ。本人がどれだけ耐えられるか次第だ。だが、メモリを見る限り……正直言って、もうかなり厳しそうだ」


「「……!」」


 俺もサラも、絶句する。


 どうしようもねえってのか? 

 メモリが――死ぬ? 


 嘘だろ、こんなとこで、こんなことで! 

 仲間になったばかりのこいつが、ようやく冒険者として活動できるようになったこいつが……なんで死ななくちゃならねえんだよ!?


「トードさん! 何か、何か方法はねえのか! サラが祈り終えるまででいいんだ、どうにかメモリを持たせてくれよ!」

「ゼンタ……」


 頼み込むが、トードは何も言わない。ただ悲しげな目で俺を見るだけだ。


 そんな目をしないでくれよ……! 

 まるでもうメモリが死んだみてえに!


「誰か! 誰かいないのか! メモリを救えるならなんだってする! 頼むから……頼むからこいつを死なせないでくれ!」


「ええ、死なせたりしない」


 俺の言葉に応えたのは、周囲の誰でもない。それは上から聞こえた言葉だった。


 俺たちが一斉に顔を上げると、そこには翼を広げたカスカがいた。


「天使!」

「天使が来たぞ!」


 ざわめく集団からの視線を一身に浴びながらも、堂々たる振る舞いで降り立ったカスカは。


「人を導き、救うのが『天使エンジェル』。即ちこの白羽カスカよ。だから私がその子を助ける」


「お前にはあるってのか、カスカ! メモリを救う手段が!?」


「任せなさい。組合長、ちょっとそこを退いてもらえるかしら」


 高飛車にも聞こえる指示に、トードは素直に従った。すぐにメモリの傍から離れた彼に「どうも」と一言礼を告げたカスカは、一歩前に進んで。


「【清き行い】発動――『ホーリーフェザー』」


 メモリを包むように翼を前へ出したカスカはそこから羽根を降らせた。


 キラキラと光の粒子を零すそれは、ムカデの動きを鈍くさせた際とは様子が打って変わって――メモリを癒していっているようだった。


 羽根が体に落ちるたび、メモリの汗は引き、顔色も良くなり、荒い呼吸もどんどん穏やかになっていく。最後の一枚が消えると翼が畳まれた。それからじっとメモリを見たカスカは……やがて「もう大丈夫よ」と微笑んだ。


「そうよね、組合長さん?」

「ああ……そうだな。しばらくは目を覚まさないだろうが、これならもう命の心配はねえだろう」

「だって、ゼンタ。私に深く感謝なさい」


「ありがとうカスカ!」

「ありがとうございますカスカさん!」


「う、うん。あんたたちって、直球なのね」


 自分で感謝を要求しといて照れてやがる。変なやつだとは思うが、今はマジでありがとうしか言える言葉がねえ。カスカがいなけりゃ大変なことになってたぜ。


 メモリが死んでたってだけじゃなく、こいつが来てくれなかったらポレロごと俺たちみーんな死んでたかもしれん。

 事前に戦いに備えていたからこそムカデに勝てたんであって、いきなりアレが街中に出現なんぞしたら、未曽有の大パニックになっていたはずだからな。


 戦えるのもそうでないのも、多くの犠牲が出ることは避けられなかっただろうよ……そう考えると巷でこいつが天使って呼ばれてるのも、何も見た目だけが根拠ってこたぁなさそうだ。


 まあ、一番は自分でしょっちゅうそう名乗ってるからってのが大きそうだがな。


「すごいぞ、エンジェルカスカ!」

「ゼンタもえれぇこったぜ、ドラゴンゾンビが大活躍してた!」

「ゼンタのパーティもよく頑張った! MVPは文句なしでお前らだぜ!」


 メモリの無事が保証されたところで、拍手とともにそんな言葉が贈られてきた。

 叫んでいる大半は俺に絡んできたことのある冒険者たちだ。


 まったくこいつらは……本当に気のいい連中だぜ。


「うう……よがっだぁ……」

「わ、泣くことねえだろサラ。助かったんだからよ」

「だっでぇ……わ゛だじ、メモリち゛ゃんがじんじゃうどおぼっでぇ……」

「わーった、わーったから。今は存分に泣いとけ」


 さっきまでの気丈な態度はどこへやら、緊張の糸が切れてサラは涙腺が崩壊している。

 洪水みてえに涙を流しているもんで、言葉のほとんどに濁点がついちまってるぜ。


 何故か俺に縋りついてくるせいでタンクトップが涙と鼻水で汚れちまってるが……まー今回は許してやろうじゃねえか。泣いちまう気持ちはわからんでもないからな。俺だって、さっきは本気で怖かったんだ。


 なるべく優しい手付きを心掛けてサラの背をさすってやっていると、なんだかいやらしい感じでの笑みを浮かべてカスカがこっちを見ていた。


「あーらら、お熱いのね」


「んだよ。俺たちはそういんじゃねえっての」


「さてどうかしら。男なんてみんな狼だもの」


「このスケベめ」


「はぁー? あんたがスケベって話をしてんでしょーが!」


「そういうこと考えるほうがスケベだろ! 少女漫画に毒されてんだよお前は。知ってんだぞ、あーいうのって過激なもんばっかなんだろ」


「あんなの私の趣味じゃありませんー! 偏見で女子を見るのやめなさいよね!」


「もう! うるさいですよ二人とも! ここには泣いてる子だっているんですよ!? 少しは静かにしておこうとか思わないんですか!」


「「自分で言うな!」」


 ……最後はかなり騒がしくなっちまったが、とにかくこうしてポレロもメモリも守られたのだった。めでたしめでたし!


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