539.世界にとっての存在意義
俺の様子を見てどう思ったか、上位者は「ごめんね?」とちょっとした遅刻を詫びるような口調で言った。
「私の能力不足だと言われたら、その通り。否定のしようもございません。おかげでまぁバグるバグる。それを避けることはできなくても減らせないかと導入したのが来訪者なのに、結局そっちでもバグっちゃってさ。魔族なんてものが生まれちゃった」
淘汰を行うための道具が来訪者――その元々の理由は世界のシステムを歪めないための、強化パッチ。さっき言ってた継ぎ足しによる新システムの導入という名目だったんだろうが……そこにも歪みは出たってことか。
その最たる例が、バグった来訪者の子孫である魔族だと。
けっ。まさか逢魔四天たちも、自分らの先祖が人間だとは知ってても発祥の真実がそんなものだとは思いもしてなかっただろうな。……いや、そこまで魔皇の奴から教えられてた可能性もあるにはあるか?
「最初はあちゃあと思ったけど、すぐに嬉しい誤算だと思い直したんだよね。核石から私産の新種を生み出す試みがどうも上手くいってなかったから……生み出せはするんだけど、どうしても定着が叶わなくって。だから思いがけないところから出てきた核石を介さない新しい種族には、ワクワクもしたよ。システムへの影響も怖くはあったけど、それ以上にどう有効活用しようかっていう展望のほうがそのときは強かったかな……ま、その結果はご存知の通り惨憺たるものだったんだけど
「そーだろうな。でなきゃ魔族との大戦争なんつー淘汰を起こすはずもねえ。要はそこも管理しきれなかったってことだろ?」
「遺憾ながらね。世界に馴染んだのはいいけど、馴染み過ぎたね。一気に増え過ぎた。それぞれ始祖の来訪者ごとに別種族だっていうのに、『魔族』って呼称ができちゃうくらいにはそれはもう増えに増えた。亜人種みたいに生まれながらに強くて、なのに多くは繁殖性も人間に近いくらい持ってて。ってなれば、そりゃあ増殖するよね。なかなか死にもしないし、殆ど倍々ゲームの様相だよ。なんとか調整できないかと手を尽くした時期もあったけど、それじゃどうしようもないって気が付いてからは諦めて淘汰の対象に入れた。人類と魔族、その総数と立場が入れ替わる瀬戸際だってところで、とっておきの職業を持った来訪者の投入と合わせて戦争を起こさせた。先代の魔皇は粗野だけど賢しくて、だけど享楽主義な上に刹那主義でもあったから、『灰』や『灰の手』もやりやすかったと思う。シナリオの進展は極めてスムーズだったよ」
「結局のところ、魔族は世界にとって邪魔者にしかならなかったってことかよ」
「一概にそうとは言えないよ? 環境に変化があったことは確かだから……一番怖いのは停滞なんだよね。何かしらの変化が起きないと核石の修正力がどんどん強まっちゃう。それが爆発しちゃうとフォローしきれないからさ。私主導で新種族を作ろうとしてるのも核石の機能を封じ込める一環なんだけど、言った通りこれがなかなか難しい。魔族の暴れっぷりには頭を悩ませたけど、その間は核石もいつもより大人しかったのは助かった。戦争で魔族が負けて、ほぼ全滅に等しいほどに数を減らしてからもしばらくはその状態が続いていたから……まあ、まったくの無駄や邪魔でしかなかったなんてことはないかな。魔族にも存在意義はあったよ」
「お前にとっての存在意義か」
「世界にとっての存在意義だね」
「…………」
「あは」
黙った俺に、何を思ってかひと笑い。それから上位者は続けた。
「魔族の淘汰はスムーズだったと言ったけど。それは魔族側の事情だけじゃなくて、来訪者が優秀だったおかげでもある。当然、当時の『灰の手』くんたちが頑張ってくれたっていう前提はあるけれど、それを差し引いてもやっぱりマリアちゃん。それからアリアちゃんは飛び抜けて出来が良かったねぇ。二人ともあの頃はちょっと捻くれてて、でも熱血だったから。それに生死を懸けることに臆さない、どこか壊れた部分もあってさ。あの二人が新職業の『勇者』と『死霊術師』を引き当ててくれたことを、私は手を叩いて喜んだ覚えがあるよ。
特に勇者職は導入した職業の中でも大当たりのつもりだったから――適性検査と習熟条件を厳しく設定したぶん、ちょっとだけ強くなりすぎて、ちょっとだけシステムが狂いやすくなりはしたけれど。でもそうでもないと先代魔皇は倒しようがなかったと思うから、うん。そこは仕方ない。マリアちゃんは本当によくやってくれたよ。それを支えたアリアちゃんもね。あのときの勇者御一行様は皆すごく優秀だった。けど、生き残ったのはマリアちゃんとアリアちゃんだけなのは、さもありなんって感じだよね」
……べらべらとよく喋りやがるなこいつ。特に、自分の手が及びきってねえ部分を話すときには饒舌さが五割り増しくれぇになってる気がするぜ。神ってのはみんなこんなにお喋りなもんなのか?
聞きたがってるのは俺のほうで、実際こうやって話してもらわなきゃここまで来た意味もなくなっちまうんだが。それでもげんなりだけはさせてくれ。あまりにも観点と感性が違いすぎて、長話に眩暈までしてきやがるもんだからよ。
「あの二人のいいところは子供を作らなかったところにもある。どっちもバグってたからね。バグっていうのは要するに、人間のまま私のシステムで強くなってくはずの来訪者が、システムのせいでそもそも人間をやめちゃう現象を指してそう言ってるんだけど。魔族の祖先は皆そういう来訪者だし、マリアちゃんとアリアちゃんは過去のどんな来訪者よりもバグりにバグっていたから、もしも揃って子供を生んでたらって思うとゾッとするよね。アリアちゃんのやんちゃっぷりよりもそっちのほうが私はよっぽど気が重かった……だけど杞憂に終わってホッとしてるってのが正直なところかな」
「もしも家庭を持とうとしたら、お前はその阻止のために『灰』を動かしてたのか? 『灰の手』じゃあの二人の対処はできねえだろ」
「まさかまさか。そこを妨害したりはしないよー。二人は功労者だし、私は上位者だもん。そんな迂闊に世界に影響が出ることはしない。ささやかなせせらぎでも少し手を入れるだけでがらりと流れが変わってしまう……下手にそれを直そうとすると余計に酷くなっちゃうのは神のあるあるっていうか、何度もしてきた失敗だしね。子供ができたら目を離せはしないけど、祝福はしてあげるかな」
「だけどマリアさんは別にしても、魔皇のことは確実に消すつもりでいたんだろ?」
「アリアちゃん? うーん、まあ。それはあの子が始めたことでもあるしね。だけど私としては、せっかくだから次の大淘汰の足掛かりに使いたいなって思って準備してただけで、特別アリアちゃんを危険視して排除しようとしてたわけじゃないよ。新生魔皇軍の結成途中も結成後も横槍なんか入れてないし……むしろ初期は『恒久宮殿』への妨害をよくしてたかな。私のシナリオから逆算した『灰』の指示に、ローネンくんがいい具合に応えてくれてね。さすが、品種改良で生まれた特別な血筋だよね」
「協力者のリーダーにして政府長の家系……イリオスティア家ってのも、お前の試みが生み出した産物か」
「うん。『灰の手』内の思想、能力ともに極まった男女で子供を産ませる。っていう単純なことを繰り返しただけなんだけどね。ここでいう能力ってのは政治面でのことなんだけど、私が相応しいと判断して、屋号を与えたのが初代イリオスティア。彼女は『灰の手』の指導者になって、初の全土統治組織である統一政府の長にもなった。まさに人類の統率者だね。……まあ、ごく最近の話ではあるけれど、親子三代に渡ってけっこうな働きぶりを見せてくれているからには掛け合わせは成功ってことでいいと思う。人間以外にも使えそうな手ではあるんだけど――問題は、魔族とは逆にこのやり方じゃ繁殖させられないし、既存の種族の枠組みからは脱せてないってところだね。環境の変化って意味じゃちょっと弱い。核石も満足してくれないだろうから、半分成功の半分失敗かな」
「…………」
「と、こんな風に。私も手を変え品を変え、色々と努力に工夫を重ねてきたわけですよ。苦労自慢じゃないよ? 貴方が知りたがっていることを、ただ口にしているだけ」
ふ、と上位者は吐息をこぼした。




